灰の花③・ホーリーエッジ。


人間なんとかなるかも知れないと思ったら、元気が出るものだ。

それが髪の毛ほどしかない細い細い希望の光であってもだ。


まずポーチから卵の容器を取り出す。

中身をナイフの刃にかける。濡れたナイフがキラキラと光る。


スケルトンが8体も接近してくる。これはバレているな。

僕は木の陰から出て、手前のスケルトンに斬りかかった。


腕の骨に当たった。たったそれだけだ。

スケルトンが霧散する。


「はあ!?」


なんだ。なんだ。いやなにかの間違いだ。

僕は2体目の槍を持ったスケルトンの腰が入った突きを避けてまた腕を切る。


避けるのはギリギリだった。

ここのスケルトンはただのスケルトンじゃない。


だがその強い槍のスケルトンは露となった。

たった掠り傷程度で……スケルトンを。


いいや。こんなの信じられない。

何かの間違いだ。僕は困惑と疑念を待って膨らませる。


そして無謀にもスケルトンの大群に飛び込んだ。

100体ほど倒す。


まあまあ大変で死にかけたりもしたが、それでも達成できた。


「……さすがエリクサーだな……」


これが最上級の伝説の回復薬の威力。正直引く。

あまりの威力にドン引きだ。


強すぎるなんてもんじゃない。

チートだ。


たった一筋の細い細い髪の毛ぐらいの希望の光だった。

それが一瞬で爆発して太陽みたいに輝いてしまった。


なんかもう負ける気がしない。

生死の緊張感が薄れていく。っとそれはダメだ! 


それが一番危険だ。

危機的状況は変わらない。


もはや見渡す限りスケルトンの海だ。

100体なんてこの海の波に過ぎない。


こんなの生きて帰れるわけがない。

だが、だが。


今の僕なら泳ぐことも出来るが。

なんなら潜ることもできる。


サーフィンしてもいいぞ。

白骨の海でカリフォルニアドリームだ!


「……なに言ってんだ?」


急に冷静になる僕。

スケルトンの海を泳げるわけないだろ。


しかもカリフォルニアドリームって。

なんかハイになっていた。


思えばこんなピンチは初めてだ。

慎重に生きてきて初めての最大の危機。


この世界は厳しく過酷だ。

でもそれは今のような状況のことじゃない。


ファンタジーならではだけど、これは僕の過失だ。

興味が無いのが裏目に出た。


そして唐突に訪れる人生最大の愉悦感。

今の僕はおそらく負けることがない。


さっきまでは死にゲーの真っただ中だった。

でも今は死ぬかもしれないけど初心者向けアクションRPGになっている。


深呼吸する。

落ち着け。落ち着け。


「すぅーはぁー……スゥーハァー……」


繰り返すと冷静になった。

よし。気を取り直して、隙がある今だ。


「【フォーチューンの輪】」


別に唱える必要はないが口に出す。

僕は勘違いをしていた。いいやすっかり忘れていた。


レリック【フォーチュンの輪】はアイテムを見つけるレリックじゃない。

幸運を光で教えてくれるレリックだ。


その輝きは僕にとっての幸運。

光は三つ。緑・黄・青。


緑の光はレア。黄色はスーパーレア。

青は滅多に無いウルトラスーパーレア。


光が見えた。

スケルトンの海の向こう。青い確かな輝きが見える。


そこに何があるか分からない。

なにが起きるのか分からない。


でもあれは僕の幸運の光だ。

あの光に向かうのが今の最善だ。


ただ濡らしただけなのにまだずっと輝くナイフを構える。

これって永続付与じゃないよね。


一抹の不安を抱えてスケルトンの海へ僕は飛び込んだ。

光へ光へ。ただそこに辿り着くことだけを考える。


スケルトンの海を越えた。

時間は思ったより掛かった。


エリクサーナイフがあったのでどんなスケルトンも一撃だ。

それでもスケルトンは強かった。


死ぬかと思った事もあったし疲れた。

その疲労はエリクサーで無くなる。


不思議なことに超えると、まだかなり残っているのにも関わらず。

スケルトンたちは追って来なかった。


僕はそこで気付く。森がない。

あれだけあった木々と墓標がひとつも無い。


そういえばスケルトンの海と戦っていたときも無かった。

ひょっとしてこれが本来のこの場所の姿なのか。


「……幻覚か。幻惑か」


考えてもたぶん分からない。

僕の前には細い道が続いている。


その道の先に青く輝くひとつの光がみえる。

試しに僕はレリック【危機判別】を使った。


真っ暗だ。白い道と青い光以外は全て真っ暗だ。


「…………橋だ」


粗末な木の橋があった。アーチ状の橋だ。

その半場に黒い全身鎧を身に着けた騎士のようなモノがいた。


僕より頭三つ分ほどの背丈。大人だ。

黒い重々しい鎧には見事な金縁が施されて抜き身の剣を持っている。


兜は突き上げるような角が付いていた。

所々に黒紫の不気味な炎を纏う。


兜の髑髏を象った面通しの奥は赤く禍々しい光る双眸をしていた。

僕を見る。


瞬間、直感する。

無理だ。


この謎の鎧騎士に話は一切通じない。

この先に行くには戦って勝つしかない。

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