これからの事

「困ったことになった」


 魔王城最深奥、作戦会議室。

 戦時中は幾度となく将軍や魔王が活用した魔王城の心臓部。

 盗聴対策はもとより物理、魔法にも強い魔鉱製の最新鋭の防御構造を用い最終的には旧人族の王都『ヘイムダル』へ攻め入る際、エルフ、ドワーフ、人間、魔族が手を取り合った初めての場所でもある。


 まあ、今となってはその防御性能をとある一人の令嬢のために貸し切り中なのだが……。


「いかがでしょう執事長様、僭越ながらラーズグリーズに案がございます」

「却下だ」

「今すぐお嬢様の首を空挺騎士のドラゴンを借りてラデンベルグに届けて、私とヘリヤ、お嬢様の三人で焼け野原に変えるのです。もちろん民の皆様にはご避難いただきまして、メッタメタにするのはあの忌々しい勇者のみでございます」

「……却下だラーズグリーズ。私怨ではないか」

「ちっ」

「お嬢様の前で舌打ちはいかがなものかと思うぞ、まあ……勇者に一番コテンパンにやられたのはヘリヤとお主じゃからわからんでもないが」


 髭を撫でながら片眼鏡の位置を直す執事長、左側の角が折れているがそれでもなお未だに魔族でも屈指の実力者である。

 そして、魔王亡き後……魔族を統率するものとして有名な人物だ。


「どうしてこうなってしまったのでしょう」

「なに、些細ささいな行き違いは世の常……ヘリヤの予想が当たってほしくはなかったが……まずはセリス様の傷心を癒すのが先決。アイゼン陛下は勇者と違い聡明で理知的である。ヘリヤもああ見えて交渉事には強い、向こうは後回しで良い」


 実際、亡き魔王もアイゼンには一目置いていてはかりごとについては自分すら凌ぐと執事長に漏らしていたこともあった。

 短絡的な解決方法は決して選ばないだろうし、なにかやるにしても自分たちに相談はあるだろう。


「セリスお嬢様。まだ起きませんね」

「それはまあ、あれだけ泣けばなぁ」


 会議室のテーブル、その上座の位置にセリスの頭は鎮座していた。

 先程まで大号泣しながら「あんまりだわぁぁ!! もうある意味死んでるようなものなのに! これが本当の死体蹴り……ふふふ、あはは……ではありませんわぁぁぁ!!」と今まで聞いた事が無いような言葉を叫びまくって……つい1時間ほど前に泣きつかれてすやすやと眠っている。


 両目は赤く腫れぼったくなって、頬には二筋の跡がついたままだ。


「両思いだと思って首を落としてまで傍に居たいと向かったら、一騎打ちを挑まれてしまうだなんて……私だったらその場で自害しますね」

「縁起でもないことを言うなラーズグリーズ、さて……ご機嫌取りに何を作ろうか?」

「やはりクッキーではないですか? 執事長のクッキーはお嬢様の大好物です」

「クッキーか……わかった。ここは任せてもよいか?」

「畏まりました、ご安心ください」


 とりあえずご機嫌取りにクッキーを作るため、執事長は出口に向かう……その耳にすぅ、すぅ、とセリスの穏やかな寝息が届く。


「美味しいクッキーを持ってくる、今は眠れ……セリスよ」


 ぽつりと、ラーズグリーズにも聞こえないほど小さな声でつぶやきながらドアを閉めた。

 ところどころ老朽化したとはいえ、執事長も含めて毎日清掃に勤しんでいる魔王城はチリ一つ無い。かつては活気があり人々が行き交う城の廊下を懐かしみながら執事長は進む。


 そうして、たっぷり作戦会議室から距離を取った頃。


「不甲斐のう御座います。陛下……儂がもっと、あのあんぽんたん脳筋勇者を事前に把握していれば」


 こつん、と廊下の壁に頭を当て……愚痴をこぼす。

 魔王の遺言に異論など無い、エルフもドワーフも当時の人族の王に騙されていただけで……勇者一行が魔王と対峙した際に誤解が解けた後はとても頼もしく、今では魔王領が飢えぬようにと食料支援や移住のための準備を続けていてくれていた。


 だからこそ、魔族は国家を捨てる決断ができたのである。


「根が素直にも程がありましょう……あれではセリス様がむくわれませぬ」


 想像をはるかに超える勇者の朴念仁というか的はずれな考えに、執事長も軽く……こう、得意な大鎌を素振りしたくなったが……悪人ではない。でなければ魔王も彼を戦友だと認めなかっただろう。


「この老いぼれの命でもなんでもくれてやる。セリスが幸せになるためならば……何かいい手は」


 そんな魔王の忘れ形見、セリスの幸せは魔族にとっても待望される。かの英雄である勇者との婚姻はきっと魔族にとっても希望となるはず……だった。

 

「執事長?」


 そんな彼に一人の侍女が声をかける。

 ちょうど廊下を掃除中だったのだ。


「む? ああ、掃除中であったか。いつも綺麗に掃除をしてくれて魔王様も喜んでくれているであろう」

「ふふ、ありがとうございます。どうなされたのですか? こんなところで」

「いやなに、セリスお嬢様にクッキーを焼こうと思ってな」

「まあ、素敵ですね。そう言えばもうそろそろヘリヤメイド長がセリス様の体と共にラデンベルグにご到着される頃でしたか。人族の皆様驚かれるかと思いますが……きっとセリス様のお優しさやお人柄、受け入れてもらえますよ」

「もちろんだ。では、儂はこれで……」


 そそくさとメイドの脇を通り抜け、執事長は早足で大食堂の厨房へ向かう。言えない、婚約相手に決闘を挑まれて大失恋の真っ最中だなんて。



 ◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇



 場所は戻って、ラデンベルグの魔導通信所。


「急な連絡だったな……どうしたメアリア、デルピア」


 大きな水晶の板に映し出される2つの映像、左側には穏やかな顔つきで左耳に大きな火傷の跡が残るエルフ国の女王、メアリア。右側には頭を剃り上げ、豊かな黒いヒゲを蓄えたいかにも戦士といったドワーフ、デルピアだ。


「聞いてよアイゼン、ものすごく可愛い娘ができたのよ!! お母様だって!! きゃああああぁぁぁ!!」

「聞けアイゼン、俺はあの二人に国を譲る。きっとドワーフの国は更に発展する!!」

「……順番に話せよ、理由がわからん」

「「魔族の件だ(よ)!!」」


 興奮した二人の戦友をなんとかなだめ、聞いてみると……アイゼンの胃がきりきりと痛む。

 なんと羨ましいことだろう、エルフの国では女王であるメアリアの長男、つまり王子と魔族の婚約者が早くも仲睦まじく……国中のエルフに受け入れられたという。


 なんと喜ばしいことだろう、ドワーフの国では王であるデルピアの一番弟子の鍛冶師と魔族の婚約者が早くも意気投合し……デルピアが生涯をかけて挑む神鋼の制作を始め、一気に成果が出始めたのだ。もちろんそれに嫉妬するデルピアではない、己も加わりまるで親子のように鍛冶場で鉄を打つ姿はドワーフの名物になりそうだという。


「で、セリス嬢はどうなんだ?」

「あの唐変木、ちゃんと告白を受け入れたのかしら? 見たかったわぁ」


 成功を疑ってない戦友二人に、アイゼンの目が死ぬ。


「「どうした?」」

「セリス殿は、傷心中であのバカは自宅謹慎処分にした」

「「……え?」」

「首まで落として我が国を重んじてくれたセリス殿に、アイツ……アイツ、一騎打ちの勝負を挑んだ上に……生涯のライバルだと言い切りやがった」


 お通夜のほうがマシ、物理的に重いのではないかという位の空気に押しつぶされそうになる三人はしばらく絶句して……。


「魔王殿にあの世で殺されるな、アイゼン」

「その前にあの執事長に首を跳ねられますわね、アイゼン」

「諦めるなよ!? 助けろよ!! セリス殿が幸せになるなら何でもしてやりたいが詰んでるんだよこっち!! 初手チェックメイトなんだって!!」

「「無理だろ」」

「だよなぁ……」


 そもそも一番安牌だったはずのセリスの婚約、セリスはヘイズに恋心を寄せ、聡明で人間の事を良く学び国のためになりたいと何度も書簡でやり取りをしていただけに……根本的に勇者そのものが脳筋で倒そうとしているだなんて予想もつかなかった。


 魔王からも「娘を頼む」と頼まれていた際「俺にしかできない、任せろ」と自信満々だったのだ。ああ、これはいい夫婦になるとその場に居た誰もがそう思っていたのである。


 まさか、俺にしか倒せない、確実に倒そうという意味で請け負っていたとは魔王ですら思っていなかったであろう。草葉の陰でハンカチを咥えて泣いているかもしれない。


「べ、別な方と婚約するのは? どなたか良い方は居られませんの?」

「エルフやドワーフと違い人間側の魔族への遺恨はいまだ根強い……そう簡単に見つかればいいが」

「だろうな、だからこそセリス嬢に白羽の矢が立ったのだからな……あの子ほど自愛に満ちた者もなかなか居ない。魔眼とあの魔力さえなければ死の令嬢など言われることもないのに」

「というわけで絶賛アイディア募集中だ。このままでは俺は3日足らずで鬱になる」


 ぶっちゃけ怖くて、まだ魔王城へ連絡を取ってない……ヘリヤの話ではこちらの状況は伝わってるのでなお怖い。

 三人寄れば文殊の知恵とは言うものの……結局いい案は浮かばないまま夜は更けてゆくのであった。

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