イデア論争世界理論
凛月
継承者たち
「はぁ!? マジで今のでもナンも無いって何!!!!」
「キレた」
「キレましたね。律鬼、暴れるなら物壊さないようにだけお願いしますよ」
放課後の教室に揺れるのはまだ幼さの残る3つの影。夕闇に消えてしまう前にと、しかし急ぐ様子のない話し方をする彼らはのんびりとその音を作り出す。
机に広げられたノートにはこれでもかと言うほど文字で埋め尽くされている。
「ハァ〜…でも本当にどこいるんだろうしょうか。僕ら三人は幼馴染だったっていうのに」
「こればっかりは俺らにもどうにもできないしな」
窓を通して彼方を見つめる
彼らの探し物とはすなわち人間。たった一人の人間をこの80億人の中から探し出さなければならないのだ。と言ってもヒントがないわけではないのだが。
「にしても自覚のない可能性がある能力、ね。伝承者は何をやってんだか」
「漣、一応そうと決まったわけではないですからね?予測は予測なんです。決めつけすぎちゃダメですよ」
「わかってる。あくまで現段階じゃ予測しか立てようがないし」
ヒントは伝承。伝承によれば彼らの探している人間は彼らのいわば運命共同体とも呼べる存在なのだ。そちらから接触があっても不思議ではなかった。
それでもこの17年、接触してくる者たちの中に求めていた人間はいなかった。そこから予測するに彼、彼女は自らが自分たちのの運命共同体だと知らないのだという結論に至っていた。
とはいえ藍都のいう通り予測は予測。決して確信ではないことは周知の事実だ。
それでも予測を立てるのは怠りはしないが。それがなければ探す場所など手に取れもしないのだから。
「マジで異様なほどに手がかりすら見つかんないな」
「……ねぇ、リリーってイーターのそばに必ず現れるんだよね?」
「そうですね。ただ時期は決まっていないようなので、今そばにいるのかと聞かれれば微妙ですが」
三家(本来であれば四家)にとって伝承は絶対。従わなければならない最大の掟だった。
掟を破った者に何かあるわけではない。ただ、世界を巻き込んだ天災が怒るだけだ。これだけで能力者たちが掟を守るには十分だった。彼ら三人も例に漏れない。
「伝承にもイーターのそばにはリリーが絶対いるってあったのにぃ?」
「えぇ、ですが幼い頃から共にいたと言う時もあれば今の僕らぐらいまで見つからなかったことはあるようですよ。主にリリーの話ですが」
「うっわ面倒臭っ!」
藍都の言う通り、リリーやイーターが姿を見せる時期はその時代や能力者の性格により大きく左右される。
コーラーやメサイアは例外なく、どちらかの親しい者がその能力を自然と受け取るようだ。ただし能力の継承が可能なのはアトランティスの血を受け継ぐ者に限られるのは確かなようだった。
能力は生まれた時点であるのだから、生まれつきどちらかのそばにいると考えていい。現状、イーターを排出する漣の家系に連なる藍都や律鬼の家系が主なコーラーとメサイアの排出家系となっている。
さらにリリーは伝承のどこかで必ず逸れてしまっている。そのため他の三家は能力が使用の限界を迎える前に必ずリリーを探し出さなければならないのだ。
「でも探す他ないんだわ。俺が動くのに制限かかってんだから」
「えぇ、漣に制御がある以上、必然的に僕らにも制限がかかりますからね」
「そーなんだけどさぁ!」
「そう、だからもう面倒臭いとか言い出すなよ」
漣の瞳に見えたのは薄藍の色。その色の頼りで即座にフォローを入れる辺り、いつものことなのだと判断がつく。
「……もぉよくない?どーせ漣は感情、見えてるんでしょ?」
「色だけな」
淡々と告げる蓮はイーターの称号を持つ能力者だ。コーラーは藍都、メサイアが律鬼だ。イーターは他人の感情を色として認識することができるのだ。
「じゃあなんでリリーがいないと能力全開にできないのさ!? 別にいいじゃん! ねぇ?」
何を言い出すかと思えば、それでは本末転倒になると理解していないのか。
漣は律鬼がその結論に辿り着きことは予想できていたらしく、大して気にも止めずにもう1度とノートへ目線を移す。
「……まぁリリーを探すのは必要過程だ。異論を唱えるなら先祖たちに言え。俺が決めたことじゃないんだよ」
「ちぇ〜……でもこれ無理ゲーじゃん!」
「まぁ規則ですからね」
「規則って言っても家の掟みたいなもんじゃん? 破ったところででしょ!」
「おい」
自由気儘な発言を繰り返す律鬼は、しかし漣が顔に青筋を浮かべれば即座に押し黙る。
とは云え、漣としても不満がないわけではない。律鬼が喚き散らかすことより、家紋を敵に回して大事にする方が面倒なだけだ。
ここで恐怖の言葉を綴らない辺り、肝も据わっている。
「規則は絶対だ。大して生活に影響があるわけでもないんだ、いいだろ」
「確かに面倒臭いだけで僕らにはあまり影響はありませんが……」
「ならいいだろ」
そう、いくら能力に制限がかかるとはいえ藍都たちにとっては大して問題のないことなのだ。それでもリリーを探すのは規則だからか。
律鬼に関してはもう既に諦めモードに入ろうとしているが、しかし漣はそれでも探し続けるだろう。
ならば律鬼も藍都も最後まで付き合うのが筋というもの。3人でやると決めたのからには既に引くに引けないのが律鬼だ。藍都は特に反感していないので割愛とする。
「……ねぇ漣。伝承、どんなのなんだっけ」
「世界が白き光に呑まれる時、導くのは影の道」
漣により散々口にされたその言葉に、律鬼は意味合いを理解できないのだろう。せめてもそんなものだったか程度だ。理解する気もない。これに関しては漣が理解していればいいのだから。
「普通逆じゃん?光が影を導くんでしょ」
「確かに、一般的な感覚で言ったらそう言った方が分かりやすいはずですしね」
それは自らの先祖たちが一般的でないと言っているのと同義だが、そこは誰も気にしない。
元より他者と違う能力者なのだ。感覚が違うのも当たり前だと捉えている。
かく云う彼らも普通とかけ離れた感覚を自分たちが保持していることを理解している。理解して、使いこなしている。
理解しているからこそ日常生活にて支障をきたさない程度に動けるし、ストレスすら溜めない過ぎないように発散するという器用なことができているのだから。律鬼を除き。
自らを理解し、仲間を理解して制す。彼ら三人だからこそ簡単にやってのけてはいるが一生できない人間も多いことだった。これを17年しか生きていない彼らがやってのけるのだから末恐ろしい。
「……地では赤青黄で黒。赤青緑で白だろ」
「え、急にどうしたの。絵の具かなんかの話?」
端的に告げた漣はそれ以降を口にしない。つまりは自分で気付けということなのだろう。
漣も伝えなければいけないことを渋ることはない。それでもこれだけは自分で気がつく必要があると考えていたのは確かだ。
「……時間だな。俺はもう行くけど」
「あーマジか。もうそんな時間なんだ」
「僕らはもう少し調べてから帰りましょうか。漣、夜に呑まれないように」
「わかってる」
既に定型分とされているであろう別れの挨拶を軽く受け流す。
いつものことだと2人も既に気に留めていない、留める気もない。それが命に関わることさえなければ受け流すのが三人の主流だ。
次の更新予定
2024年12月6日 15:00
イデア論争世界理論 凛月 @ra-rirarun
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