第17話

 どうやってさなを説得しようかと迷っていると、すれ違った人達の会話が聞こえてきた。


「ゆう君、私のこと置いて逃げた! お化け屋敷なんて怖くないって言ってたくせに!」

「ごめんって言ってるだろぉ!? あんなに怖いと思わなかったんだよ!」

「もうやだ! 嫌い!」


 なんてタイミングでなんて会話聞かせてくれとんじゃ。若いカップルの会話を聞いて、さなは今にも吐きそうな顔をしていた。


「普通のお化け屋敷でも怖いのに……」

「いや、あれは」

「大体、カップルでお化け屋敷入るって、「きゃーこわーい!」「ふふ、俺がいるから安心しろ」ってやるためでしょ? それを放棄して逃げ出すってもうヤバいじゃん」

「偏見が多分に含まれてるけど、まぁ私もそう思う」


 何故か私が申し訳無さそうな顔をする羽目になってしまった。その間も私達の足は、ゆるゆるとその場所を目指して歩いていた。そして今、お化け屋敷の入口を見上げている。これまで聞いたどんな悲鳴よりも鬼気迫る悲鳴を聞きながら、私達は立ち尽くしていた。


「あの、あたし、ここで待ってるから……」

「さな。私は、さなに来てほしい」

「で、でも……」

「大丈夫。何があっても、絶対に私が守るから」

「……一つ聞いていい?」

「さながついてきてくれるなら何個だって聞いてくれていいよ」


 できるだけ優しい声色でそう言うと、さなはぽつりと言った。


「本当はリカちゃんも怖いんじゃないの?」

「全然。時間の無駄だと思ってたし、行きたくない人がいるのに無理して行く必要無いなって思っただけ」

「つ、強い……」

「さなが、一緒にいる人が怖がってるのを見てさらに怖くなっちゃうタイプなんだとしたら、私に限ってそれはないから安心して」

「……分かった! あたし、リカちゃんを信じる!」


 さなは私の返答に満足したのか、付いてきてくれる決心を固めたようだ。

 私の腕にぎゅっと抱きついて、ささやくように「絶対に守ってね」と告げられる。私は力強く頷くと、ようやく歩き出した。


「お二人様ですか?」

「はい」

「このまま少々お待ち下さい、前の組との間隔の調整が」

「ぎゃああああああああああ!!」


 入口専用の扉だったはずなのに、前の組はそこから出てきた。猛ダッシュで。その様子を見ていたさなの手に力が籠もる。ぐずられたら面倒だったので、私は「さなは大丈夫だからね」と言って、頭を撫でてみた。撫でながらさすがにキモかったかもなんて後悔をしたけど、さなの緩んだ表情が杞憂だと告げていた。


「……あ、とりあえずこれで前の組が、というか全ての組が逃げ出したので、もう入って大丈夫です」


 全ての組が逃げ出したって、それ逆に大丈夫じゃない気しかしないんだけど、早く中に入りたいので黙っておく。私は係員に会釈をして中へと進んだ。

 建物の中は真っ暗だった。そして、ハートに冒されている建物特有の嫌な感じがビンビンした。ビンゴだ。私はさなではなく、ウガツに話しかけた。


「どうやら、合ってたみたいだね」

「そうね! 真っ暗だし、変身済ませちゃえば?」

「それは名案だね」


 ウガツにしてはいいことを言う。私は言われた通り、小声で自分の名前、というか魔法少女名を呟き、コスチュームに変身する。


「魔法少女、ドカドカバキン……」

「え? ドカドカ、なに?」

「気にしないで」


 イカれたフレーズだったはずだけど、さなはそれ以上言及しなかった。いや、ずっと私の左腕にくっついているさなは、私の服の変化を見逃さなかったというべきか。


「あ、いま、変身した?」

「うん」

「えぇ。見たいなぁ。ねね、どんななの?」

「えっと」


 自分のコスチュームを言い表す言葉を探していると、斜め後ろ、さなの横辺りから、声が聞こえてきた。


「恨めしやぁ~」


 慌てて振り返ると、そこには三角のはんぺんみたいな白い頭巾を被った女が居た。私もこいつと同じ黒髪だけど、こんなにボサボサではないな、なんて思った。


「っぎゃああああああああああ!!」

「痛い痛い痛い痛い!」


 突如現れたお化けに驚いたさなが、私の腕を千切れるんじゃないかってくらいの強さで、遠慮なくぐいぐいと引っ張る。取れるから。

 青白い光を纏った女は、作り物やスタッフには見えなかった。多分、ハートが作り出した幻影のような何かだ。


「まさか、これがハートの……!?」

「リカ! 道具出せる!?」

「や、やってみる……!」


 私はウガツの声に反応し、無事な方の手を前にかざして力を出すように念じる。だけど、何も出てこなかった。ハンマーでも羽根箒でも、なんでもいいから出てきてほしかったのに。

 道具はハートの症状に合わせて発現するはずだ。今まではそうだった。それが出ないとなると……。


「ウガツ、何も出せない」

「やっぱり……」

「やっぱりってどういうこと?」

「耳を澄ませば分かるはず」

「……?」


 ――ようこそ。死霊の館へ


「わぉ……」


 道具を使わずに、歩いてここを突破しろ、ということか。

 私は過去にここを訪れたことがある。本当に小さい時、小学生の頃の話。あの時は、両親と来た。細かい仕掛けまでは覚えてないけど、絶対にこんなに本格的な作りではなかった。


 ――俺たちに、本気を出させてくれ……!


 つまり、ハートの正体は、アトラクションとして本気を出せなかったことによるフラストレーション。本気で来場者を怖がらせることが出来なかったお化け屋敷の無念、ということだろう。来場者の「大したことないじゃん」って気持ちが伝わって悔しかったのかもしれない。そう考えると、小さい頃の私も加害者の一人と言えなくもない。別に好きに全力を出せばいいじゃないと言いたいところだけど、さっきみたいにお客さんが逃げたら元も子もない、か。

 道具は、出せなかったんじゃない。元より必要なかったんだ、きっと。向こうがこちらを傷付けないという最低限のルールさえ守ってくれるなら、臨むところだ。


「来なさい……! 私が全力でっわああぁぁぁ!!」

「なにいい!!?!?」


 何かに足を掴まれて大声を出してしまった。咄嗟に足を振りながら後ずさる。床の石材を突き破って姿を現したのはゾンビだった。映画で見るようなやつ。

 だけど、映画のゾンビは、当たり前だけど臭くない。こいつは、包み隠さず言うと、ものすごく臭い。嫌がらせか? ってレベルで臭い。


「っきゃあああ!!?」

「お、落ち着いて! さな!」

「無理、だっ、だって! ゾンビ! あれゾンビだよ!?」

「大丈夫! ただ人間が腐って動いてるだけ!」

「それ大丈夫じゃないよねぇ!?」


 分かる、全然大丈夫じゃない。元々私は、お化け屋敷みたいな子供騙しが怖くないだけで、目の前にいるのがみんな本物だとしたら、普通に怖い。だけど、今はさなを連れてこの館を攻略しないと……!


「ついてきて!」

「ごめん……無理……足、動かない……」

「じゃあ、連れてくまで!」


 私はさなを抱えた。なんか、毎回この子を抱えている気がするけど、気のせいかな。いや、生身の人間がハートに冒された建物の中で自由に動けるわけがないんだから、当たり前なのかも。


「リカ! 後ろ!」

「今度は何!」


 ふよふよと飛んでついてくるウガツの言葉に振り返ると、そこにはドロドロに腐った何かが居た。そう、何か。

 人の顔がいっぱい付いていて、腕がたくさん生えていて、その腕で這うようにゆっくりとこちらに近付いてくる、何か。


「っわぁあぁぁぁ!?」


 私は前を向いて走り出した。本能が告げている。アレに触れたらヤバいって。

 さなは「え? 後ろに何かいるの? 何……!? え、やだやだやだやだ……!」なんて言ってるけど、アレを見せたら失神しそうだから黙って走る。魔法少女の力を使って、全力疾走した。

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