第15話

 涙目になって頭を抑える彼女からリングを取り上げようとしたけど、今後こそちゃんとするからと涙目のまま言うので、最後にチャンスをあげることにした。

 そうして、私の右手の小指には、やっとピンキーリングが輝くこととなった。さなは私の指を見て、「美人」なんて意味の分からないことを言っていたけど、もしかすると、私が彼女の手を見て「可愛い」と言ったのと同じ感覚なのかもしれないなんて思った。

 私は、ちょっと勇気を出すことにした。聞きたいことを聞く。怖いからスルーしようかとも思ったんだけど、この指輪のやりとりで確信した。この子、半分ガチだ。私の記憶操作の影響だって分かってるんだけど、それだけじゃ説明がつかない気がしてきた。


「……さなは、なんでそんなに私が好きなの?」

「分からない。あたしも自分で困ってるんだぁ」

「えっ」

「だって意味わかんなくない!? ほとんど接点なかったじゃん!」

「ま、まぁ……」


 私が魔法少女になって連れ回してるときのことが関係してると思うけど、それは言えないし……。今まではなんとなく、記憶を失っても魂に刻まれた何か、例えば感情のようなものが作用してるのかなって思ってた。前にも言われたし、どこかで知り合っていたような懐かしい感じがするって。それを言われたときに私は、心のどこかで覚悟をしていたんだ。きっと、さなにはずっとそのよく分からないもやもやとした気持ちを抱かせ続けることになるだろうって。

 でもさ……なんか……もやもやを通り越して、普通に私のこと好きになってない? さっきから付き合うとか結婚とか言ってるし。よくあるごっこ遊びみたいなノリとはちょっと違う感じがして、どう接していいのか分からない。そりゃ仲良くなりたいとは考えたけど、なんか違わない?


「あたし、結構マジメに考えたんだよね」

「どうして好きか?」

「そう」

「分かった?」

「仮説は立てたよ」

「仮説……」


 一応これも女子高生の恋バナ……とは言えないかもしれないけど、それに近い話だと思う。だというのに、どう考えてもという単語が、このシーンにそぐわなくて引っ掛かる。しかし、そんなところに引っ掛かって気になっているのは、当然私だけだ。さなはまだ真剣な表情を崩さない。


「リカちゃん、あたしだけに効く変なフェロモン出してない?」

「逆に聞くけど、本当に出してると思う?」


 何を言うのかと思って、少し緊張して損した。言うに事欠いて、フェロモンとは。出してないよって言いそうになったけど、もっと遡って否定しなきゃ。出す出さないじゃなくて、私の身体には彼女にだけ効く特殊なフェロモンを生成する器官はそもそも無い。さながそんな突飛な考えに至ってしまうのも、分からなくはないけど。


「はぁ……ホントにごめん。あたしも最近、本当に変だなって思ってるんだよ」

「ま、まぁ。私に実害は無いし」

「リカちゃんが歩いてるのを見つけた時とか、たったそれだけなのに、得したなーって気持ちになるんだ」

「そうなんだ」

「なんだろう、これ。恋かな?」

「……どうだろう?」


 え……? 本人を目の前にして他人みたいなテンションでそんな相談されても困るんだけど……? 私に恋してるかどうかって、できれば私じゃない人に聞いてみて欲しいな……?

 私はこっそり困惑しているけど、さなはやっぱり真剣な顔をして腕を組んでいる。そして、ぱっと腕を解いて自分の左手の指輪を見ると、蕩けるように表情がほぐれる。まぁ、あんなに喜んでもらえるなら、あげた甲斐あるけど……。


「リカちゃんにお願いがあるんだけど、いい?」

「うん。あ、あの大きいぬいぐるみはダメね」

「あはは! 違うよ、タダで出来ること」

「うん?」


 屈託なく笑って、さなは首を傾げた。ボトムにボリュームがある彼女の茶髪が重力に揺れる。ちらりと見えた耳にはピアスが付いていて、サファイアみたいな色の石がきらりと光った。いけないものを見た気がして、また視線を逸らす。こんなに可愛いのに、どうして私のことなんかが好きなんだろう。


「ぎゅーってしてよ!」

「……いいけど」


 さながあまりにも無邪気だったので、私は勢いに負けて、彼女が首に手を回すのを受け入れた。実を言うと、抱っこして走ったこともあるんだけど、あのときのことをさなは覚えていないし、きっとこれからも思い出さないだろう。


「……」

「……」


 私の方がさなよりも少し大きい。少し。私は170センチは無いくらいで、さなは多分、155センチくらい。私達の差が少しになるなら、平均的な男女のカップルの身長差も少しってことになるなって気付いて、そっと辛くなる。ベンチに座っていても歴然としていた。


「……」

「……」


 人とハグなんてしたことがないから、何をすればいいのかが分からない。さなは迷いなく私の首に腕を回して私を抱き寄せて、そのまましっかりと私を捕まえて離さないけど。

 私はというと、なんとなくさなの背中に手を回して、どれくらいのしっかりさで背に触れればいいのか分からずに居た。

 自分で言うのもなんだけど、こういうのが分からないって、すごく気持ち悪いな……。肩甲骨の辺りに触れていた手は、位置が正しくない気がして、そっと腰の方に移動させてみた。だけどそっちの方が変な感じがして、また元の位置に戻した。自分のキモさにがっかりしながら、あることに気付く。


「いや長くない?」

「えぇ!? もう終わり!?」

「かなり長い時間抱き合ってたし!」

「あたし、気付いちゃったんだよね……リカちゃんの匂いも好きだなって。だから全然足りない……」

「まぁ、私も、さなの匂いは、いい匂いだと思ったけど」

「ほんと!?」

「うん。何か付けてるでしょ」


 これはお世辞じゃない。本当のことだ。さっきの私はただ、手の位置が分からなくてテンパってただけで、頭の片隅では、いい匂いだなーって思っていた。


「香水は付けてないんだけどなぁ……あ、ボディクリームの匂いかな」

「あー! 確かにそれっぽい匂いだった!」


 私はさなの言葉に相づちを打ちながら、爪や髪のケアだけじゃなく全身に気を遣ってるの? と小さく畏怖していた。私だってその手のケアは興味がないワケじゃないけど、なかなか続かなかったり、高くて購入を先延ばしにしてそれっきりだったりすることがほとんどだ。すごいなぁ、さなは、根っからの女子だ。


「リカちゃんは? 香水とか付けてる?」

「ううん。うちは結構そういうの厳しくて」

「あ、そうなんだ……」

「うん。だから、さながいい匂いって言ってるのは、多分シャンプーの匂いかな? あと柔軟剤とか」

「多分だけど、リカちゃんの体臭だと思うな」

「悪い意味で言ってないのは分かるんだけど、体臭について言及されるってめっちゃ恥ずかしいから今すぐやめてほしい」


 やめろと言っているのに、さなはすんすんと鼻を鳴らして、私に顔を寄せてくる。言っても聞かないので、ファイティングポーズを取って、軽く腰を捻って腕を引いてみた。すると、さなは背筋を伸ばし、無言で手を膝の上においた。多分、さっきの側頭部パンチがかなり効いたんだと思う。


「あぁーヤバいー……」

「どうしたの?」

「指輪おそろいなの、めっちゃ嬉しい……」

「そう」


 さなは喜んでいるようだけど、私は複雑な気持ちだった。今の私は、さなを騙して洗脳しているのと何が違うんだろうって。私は我が身がかなり可愛いから、他人が多少不利益を被ったって構わないって思ってたけど……。まさか、さなが私のことを、ここまで好きになってしまうとは。

 問題なのは、さな自身でさえ、どうして私に惹かれているのかを答えられないことだ。本人の中で説明がついてるのなら、もう少しライトな気持ちで受け止められたと思う。だって、これじゃ……さなの心がちぐはぐで可哀想だ。

 もしかしなくても、さなの記憶を消すの、やめた方がいいのでは……? だけど、今更そんなことをしても……。私に関わっていた記憶を根っこから、魔法少女になる前のものから消しちゃうっていうのはどうだろう。根っこから絶ち切ってしまえば、あるいは……。

 ぼんやりとベンチに座り、勝手なことばっかりを考えていた。それに気付いた私は、誤摩化すように立ち上がった。さなに手を差し伸べ、園内をもう一周しようと声をかけた、そのときだった。


「……ん?」

「リカちゃん? どした?」

「……いや」


 このイヤな感じ。間違いない。これは、ハートに冒されている建物が、近くにある。

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