第10話

 結局、館内はどこも生徒の目があったので、私が足を止めたのは体育館の裏手、つまりは外だ。館内を引きずり回した挙げ句、こんなところまで連れて来てしまったというのに、さなは嫌な顔一つせず、私の顔を覗き込んで「どした? 大丈夫?」なんて言っている。自分だって疲れているだろうに。お人好しにもほどがあると思ったけど、今後態度を改められて困るのは私なので言葉を飲み込んだ。


「リカ! 変身して! 早く!」

「あぁもう!」


 黙ってろって何回言ったら分かるんだ、こいつは。ウガツに発破をかけられた私は、じっとさなの目を見つめて言った。


「あの……」

「なに?」

「私、魔法少女なんだ」

「あはは! 何それ! 面白ーい!」


 こっちは1ミリも面白くないんだよクソ。だけど、これで準備は整った。コスチュームに変身するのを待っていると、ウガツが困った声を出す。


「あの、リカ。合言葉言わなきゃ。録音したやつ」

「あ、あぁ。そうだった」


 そして先日のことを思い返してみる。私は、一体何を合言葉に設定したんだろう。さなに聞こうにも、彼女の記憶は私が消してしまっている。断片的にぼんやりと記憶が戻りかけることがあるとはいえ、魔法少女の根幹に関わる部分を思い出している可能性は低いと考えていいはずだ。


「えっと……?」

「ちょっと聞いてみましょうか!」


 ウガツが言葉を発していることに、さなは何もツッコまなくなった。それとも、これもオモチャの機能だと思ってくれているのだろうか。もうすっかり慣れてしまったようで、ウガツを見て「なになに? なにするの?」なんてはしゃいでいる。無邪気でちょっと可愛いと思ってしまった。ウガツとさなが逆だったら、絶対ムカついてたと思う。


「これ!」


 そして私達の目の前に出されたのは、ボイスレコーダーだった。ウガツより大きなそれが体積を無視して現れたことにさなは驚いた顔をしてみせたけど、今はそれどころではない。

 再生してみると、私が魔法少女、と言った直後に大きな雑音が入っている。これは、そうだ。あのとき、地下道が崩れて……直後に私は変身出来たんだけど、自分の声を吹き込むことはなかったんだった。


「……なにこれ」

「ど、どうしよう……!?」


 ウガツですら取り乱して私を見上げている。だけど、私にどうすればいいのかなんて、分かるわけが無い。とりあえず、魔法少女、という単語で変身ができないか試してみようと言おうとしたところで、さなが言った。


「ドカドカー……バキン! って感じだったね!」


 何を楽しそうに……だけど、確かにそんな風に聞こえた。最後のはレコーダーが破損した音だろうか。だけど、今は綺麗な状態でウガツの手元にある。魔法というのはなんとも便利なものだ。


「……リカ、言ってみて」

「は、はぁ? 嫌だよ」


 嫌だ、嫌に決まってる。大体、魔法少女ドカドカバキンって何? 魔法少女の名前にそんなに濁点付く?

 私達が話をしている間に数回、中からすごい音が聞こえてきた。ガシャンとかガラガラガラとか。ハートを患った体育館が暴れているのだろう。

 正面玄関の方から悲鳴と足音が聞こえてきて、駅での出来事がフラッシュバックする。みんな、建物の中にいると危険だと判断して出て来たのだろう。一刻の猶予もないのは、火を見るより明らかだ。


「くっ……魔法少女、ドカドカバキン!」


 唱えた瞬間、体に力がみなぎった。ぐおーという感じで体が熱くなって、一瞬で体操着が軍服になっていた。

 さなは手品でも見るかのように目を輝かせ、「お〜」と言って拍手をしている。見せ物じゃないんだけど。まぁ、楽しんでくれたんだったら良かった。

 変身を終えたのは、あくまでただの準備だ。私はこれから、ハンマーを振るいまくらなきゃいけない。そのために、必ずしなければいけないことがある。それは、人払いだ。こんな姿を学校の子達に見られたら、色んな意味で死ぬ。そして、見られなくても、さなをみんなの元に帰してしまえば、同じ未来を辿る可能性がある。つまり死ぬかもってこと。


「さな。ついて来てくれるよね?」

「お、おー! でも、どこに行くの?」

「あそこ」


 私は壁のずっと上、二階の窓を見上げて笑った。そして、さなの返事を待たずに彼女を抱きかかえる。お姫様だっこ、されるよりも先に、することになるとは思わなかったな。


「へ!?」

「捕まってて!」


 高く跳んで、迷うことなく窓に体当たりをかます。ぶつかる直前、私の首に腕を回すさなの力がちょっと強くなった。

 派手な音が鳴って、だけど私は目を瞑らなかった。室内への着地よりも先に、ここがさっきまで私達が居た二階席だと知る。さっきまで生徒達がバレーやバスケをしていたアリーナは、緑色のヘドロみたいな色をして、ぐねぐねと蠢いていた。


「誰も、いない……」

「だね。良かった」


 誰かに見られていたら、ハートよりも先にその対処に追われるところだった。逃げ遅れた生徒がいないかを見回る為に、先生くらいは残ってるかもしれないと思ったけど……よほど危険だと判断されたのか、大人すら見かけなかった。


「さな」

「なに?」

「何があっても、絶対に守るから」

「何があっても、そばにいるよ」


 どきっとした。確かに、そばに居てって、言おうとしたけど……。はっとして顔を上げると、さなは妙に悟った表情で、優しく微笑んでいた。


「なんでだろ。そう言われるって思った」

「……そっか」


 これも前回の記憶の欠片だろうか。私はちゃっかり胸ポケットに収まっているウガツに呼びかける。


「こないだと同じ感じでいいの?」

「まさか! ダメに決まってるじゃない! 元々こんなに広い空間のある建物なのに、これ以上どことどこを繋げるっていうのよ!」

「えぇ……」


 訊きはしたものの、おそらくは「そうよ! やっちゃって!」と言われるだろうと高を括っていたのでかなり驚いた。しかし、よく考えてみればウガツの指摘は正論だ。この建物がもっと広々とした空間を持ちたいと思っている可能性は限りなく低い。欲張りすぎ。そんな施設、私には多目的ドームくらいしか思いつかないかも。敷地面積を広げるのは流石に無理だよ。


「じゃ、じゃあどうするの!?」

「魔法少女の魔力は、その場に適した力を貸してくれる! あちしに騙されたと思って、両手に力を込めてみて!」

「……わ、分かった!」


 騙されたと思ってっていうか、初日にただのマスコットのふりをしているウガツに騙されてるんだよな。あたかも私を騙したことなんて無いみたいな言い方をしてるけど。

 私とさなは二階席から下のアリーナに通じる階段を駈け降りる。さなには前と後ろ、どちらを走らせようか、かなり迷った。どちらがより安全か、分からなかったのだ。だけど結局私が先導した。

 アリーナに降り立つと同時に、手を横に伸ばして意識を集中させてみた。魔法の使い方はまだ適当だ。こんなとき、何か言葉を添えた方がいいのかもしれないけど、それすら思いつかない。

 私が力を得るよりも先に、バレーのネットがこちらに飛んできた。アレに捕まったらヤバいって、猿でも分かる。


「くっ……!」


 私達を確保しようと、ぐわーっとネットが広がり始めるのとほぼ同時に、やっと手中に何かの感触があった。横目で一瞥して、とりあえず縦に細長い何かであることを確認した私は、上からそいつを振り下ろした。


「やあぁぁー!」


 ずばん! と大きな音が鳴り、ネットが左右に真っ二つになる。私に斬られたネットは、力なく緑色の床へと落ちた。


「リカちゃん……! かっこいい!」

「え、あぁ。……なんだこれ」


 私が手に持っていたものは、大きな羽根ペンのような形をしていた。ペンというかアレだ。漫画家が使ってる、原稿用紙用の箒によく似てる。


「羽根箒が武器ってことは……」


 ウガツは何かに気付いた様子だったけど、それどころではない。なぜなら、ネットを斬られた仇討ちのように、ネットが結ばれていたポールがこちらへと向かっているからだ。それも二本。あれに体が当たったら、拘束される云々のレベルじゃなく、動けなくなる。っていうか、打ちどころが悪ければ死ぬと思う。


「んのやろっ……!」


 先程と同じ要領で、羽根箒を振る。羽根から放たれた鋭い真空波のようなものが、ポールの一本を見事に両断した。


「よっしゃあ! ……あ、え。うそ、ヤバいかも」


 だけど、それだけだ。短くなったポールが二本、そのままのポールが一本。私達を襲うべくこちらに向かってきた。

 考えずに攻撃してしまったせいで敵が増えてしまった、ということ。さらに攻撃をすれば、さなに危険が及ぶ可能性は一層高くなる。私の一番の心配事はそれだ。

 さなが怪我をして、もう私と一緒に居たくないと言った時のことを一瞬でシミュレートしてみる。私の魔法少女にまつわる記憶を消したときのように、怪我をしたときの記憶を消すというのは……いや、駄目だ、そんな最悪の状況を考える暇があるなら、どうにかしなきゃ。


「うらああああ!!」


 腕が千切れそうに痛い。攻撃を受けているわけじゃない。腕を動かすスピードに、私の体の耐久度が追いついていないんだ。

 羽根箒から放出された無数のかまいたちがポールを次々に細切れにしていく。どんどんと小さくなったそれらを睨みつけて、野球のバッティングみたいにマジカルアイテムもとい馬鹿デカい羽根箒をフルスイングする。小さくなったポールのカケラ達は、私が巻き起こした暴風に吹っ飛ばされて、そのまま壁にめり込んだ。

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