第二章? 消えた記憶

「そして、次に目を開けたとき……、母の首に包丁が刺さっていました」


 地獄のような惨劇を聞いたとき一つの疑問が浮かんだ。どうして母親は自分の子供に『道連れにしてやる』と言ったのに自分の首に包丁を刺したのだろうか。いや、そもそも十三年前の話しだ。少し違っても仕方が無い。悩んでいると葉月さんは続けて話した。


「次の五年前の火事の事故について話します。僕は当時、叔父さんに引き取られていました。しかし、事故当日は叔父さんに襲われたんです。犯されそうになったんです。そして、何とか逃げたんですが詳しい事を覚えていないんです。気付いたときには家は全焼していました」


 記憶が無い。どうやって紐解けと……。


「全く分からん」


「それが、お前の仕事だろ」


 啓治の言うとおり、俺の仕事だ。でも、もう少し情報が欲しい。


「えっと……、つまり記憶が欠損している所に何かがあったと……」


「はい、そうです。私が燃やしたかもしれません。それを言えば私が母を殺したのかもしれません」


 十三年前は目を閉じたときから記憶が無くなり、五年前は逃げている途中で記憶が無くなった。こんなことが本当にあるのだろうか。


「ちょっと、時間を下さい」


「逃げるつもりか?」


 嫌みな感じで啓治が言ってきた。


 この事件と事故の葉月さんの関与を証明しなければいけない。そもそも、何故記憶の欠損があるのだろうか。その事件と事故の事を丸々忘れる事は起きたりするだろう。でも、一部しか消えていない。ならば、第三者の介入か。そもそも、今更こんな事件と事故の事を掘り返して何の意味があるのだろうか。とりあえず、まだ情報が必要だ。


「情報が欲しいので、一度現場に行きませんか?呼び覚まされる記憶もあるかもしれませんし……」


「そうですよね……、情報が足りないですよね。分かりました。後日行きましょう」


「話しがまとまったようだな。俺は別件があるから先に帰るぞ。小川、せいぜい探偵らしく推理するんだな」


 こうして、この日は解散となった。とりあえず、俺は第三者の介入があった前提で考える事にした。



 次の日もまた喫茶店が集合場所となった。相変わらず、葉月さんはティーカップを持つとき小指をピンと立たせている。


「アパートは既に取り壊されているらしいですが……、精神的に堪えると思うのでキツくなったら言ってください」


「お気遣いありがとうございます。僕は多分大丈夫だと思います」


 多分と言う言葉に少し心配になった。でも、葉月夕白という人間は過去のことを語るときは流石にキツそうだったが、それ以外の時は、何というか……、達観しているというか、つかみ所が無いという感じだ。葉月夕白の本質が未だに分からない。


「ん?」


 スマホがスーツのポケットで震えている。


「ちょっと失礼」


 葉月さんとマスターに断って電話に出た。


「はい、もしもし。小川です」


『俺だ俺』


 啓治の気の抜けた声が聞こえてきた。


「警察の人間が何言ってるんですか……」


『現地調査の諸々の許可取れてるから先に向かってろ』


「了解」


 電話を切ると葉月さんがこちらを見ていた。


「諸々の準備が出来たので、先に向かいましょう」


「分かりました。本日もよろしくお願いします」


 本当に丁寧な人だ。特に誰かにお礼やお願いを言うときは礼儀正しいのだろう。啓治も見習って欲しい。そんな愚痴を思いながらタクシーを呼び、現地へと急いだ。



 葉月さんはタクシーの中では手帳を確認していた。きっと、現地で確認したいこととかをメモしているのだろう。探偵の俺より真面目だ。


 おもむろに外を見ると住宅街の中だ。通勤通学の時間は過ぎて人はほとんど歩いていない。タクシーは住宅街にぽつんとある空き地に止まった。


「お示ししていただいた住所はここだと思いますよ」


「ありがとうございます」


 料金は二人で割り勘した。タクシーを降りて辺りを見回した。これと言って変な所は無い。強いて言うなら、アパートはきれいさっぱり壊されてる事だ。


「これじゃあ、思い出せないですよね……」


「いえ、それでも過去と向き合うには必要な事ですから」


 何処か遠くを見つめる葉月さんは敷地の真ん中の方に歩いて行った。


「さて、俺も調査しないと」


 まずは、このアパートは南向きに窓があったと。周りを見る限り、その南側は道路になっていて、プライベートを守るにはカーテンが必須条件。つまり、事件当日はカーテンが閉まっていた。と言うか、夫婦仲は最悪だったことぐらい周りの住人は知っているか。この事から考えると、通報が二人の息が途絶えてからでもおかしくないと言う事だ。ここまでは資料と合致している。落ち着け、資料に惑わされるな。


 今一度、目を閉じて息を吸う。


 次の瞬間、誰かに肩をドンと叩かれた。


 

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