第28話 懐柔

 俺はクラフト部屋の前まで勇者を案内した。


「ちょっと待っていてくれ。この部屋は俺専用の部屋だ。あまり部外者には立ち入って欲しくない」


「ああ。わかった」


 勇者はなんだか入りたそうにうずうずとしている。


 まあ、勇者は民家に勝手に入って強盗しても正当化される人種だからな。


 自分が立ち入れない領域というものが気持ち悪いのだろう。


 でも、クラフト部屋には色々な素材が置かれていて下手に他人に見せたくはない。


 万一盗まれでもしたら大変だ。


 俺はクラフト部屋に入り、かまどを使い始める。保存してあった魚を焼いてその間に小麦からパンをクラフトする。


 ついでにブルーベリージュースもクラフトしておくか。


 パンだけでなく水分も欲しいだろう。


 クラフトしたパンに切れ目を入れて焼き魚をサンドしてフィッシュバーガーの完成だ。


 これで勇者が気に入ってくれるといいがな。


「ほらよ。勇者」


 俺は勇者にフィッシュバーガーとブルーベリージュースを渡した。


 勇者は俺が渡した食べ物をくんくんとにおいを嗅いでいる。


「これ毒とか入ってないだろうな?」


 自分が見てないところで作られた食べ物を見て勇者はやはり少し心配なようである。


「心配するな。そんな下衆なことはしない。何だったら俺が毒見してやってもいいぞ」


「いや、そんなことしなくても良い。量が減ってしまう」


 そこは気にするのか。意外とケチくさいな勇者。


「それに俺は解毒魔法が使えるからな。毒なんかでは死なん」


 そうだった。割と例レベルの段階で解毒の魔法を覚えるんだよな。こいつ。


 勇者がフィッシュバーガーにかぶりついた。ゆっくりと咀嚼をして俺の方を見つめている。


 勇者が咀嚼すること十数秒後、勇者は目を見開いて俺の肩を掴んだ。


「う、うわ。いきなりなにする」


 自分よりも圧倒的に強い相手に詰められて俺は思わず身構えてしまう。


 心臓がバクバクと鳴って手に汗をかいてしまう。


「うめえ! なんだこれ! こんなうめえもの初めて食ったぞ!」


 勇者がまたフィッシュバーガーを食べる。


 そんなにこのフィッシュバーガーがうまかったのか。


「お前……天才だな! よくこんなうまいものを作ってくれた!」


 今度は勇者がブルーベリージュースをぐびぐびと飲んだ。そして、また俺の肩を掴んだ。


「お、おい! これすげえ! スッキリとした甘さでうめえ!」


 あんまり語彙力がないなこの勇者。でも、気に入ってくれたようで良かった。


「よし決めた。俺はこのダンジョンを第2の故郷にする!」


「……は?」


 いや、この人急に何を言っているんだ? 第2の故郷とか言われても、ここは俺の生活区域なんですけど。


「別にダンジョンは他にも色々とある。他のボスの首を刈ればそれで名を上げることはできる。わざわざ、人間に敵対せずにうまい食事を作れるやつを殺す必要もないな」


 完全に勇者を懐柔に成功することができた。


 これで俺の生命を脅かす存在はいなくなったというわけだ。良かった。良かった。


「それじゃあ、もうここには用はないし、俺はそろそろ行く。またなにか近くに立ち寄る機会があったら寄らせてもらうけどな」


「そうか。じゃあな」


 勇者は別れを告げてダンジョンから去っていった。


 勇者の姿が見えなくなった後に俺は小躍りを始めた。


「う、うおぉおおお! いよっしゃあああ!」


 嬉しい! こんなに嬉しいことはあるか!


 俺が生き残るのに唯一の懸念点であった勇者。それに見逃してもらえた。


 イビルハムは勇者に倒される運命。それはゲームでは避けられない事象だった。


 しかし、俺はやってやった。この最弱のボスなのに勇者から逃れられるという快挙。


 これで俺の将来は安泰だ。


「イビルハム様! 勇者はどうしたんですか?」


 モンスターたちは心配そうにしている。勇者のあの強さを目の当たりにしたら無理もないだろう。


 モンスターたちは俺が勇者を力で対決していると思っているから、もしかしたら負けると思っていたのだろう。


「勇者は……俺が撃退した」


 ちょっとかっこつけてモンスターに報告してやった。実際はただ単に飯をクラフトして渡しただけなのであるが。


 俺の報告を受けてモンスターたちは目を丸くして驚いている。


「な、なんですと! あ、あの強い勇者を撃退したんですか!?」


「流石です! イビルハム様!」


「イビルハム様最強! イビルハム様最強!」


 モンスターたちが俺を称賛する声が気持ちいい。


 この称賛の声だけを浴びていて生きていきたい。


「まあまあ、そんなに褒めるなよ。まあ、俺くらいの実力になれば勇者程度撃退するのはたやすいことだ」


 撃退したのは飯の力によるものだけど、その飯を作ったのは俺だ。つまり、実質俺が撃退したようなものだ。


 嘘は言っていない。ただちょっと表現を誇張した部分があるだけだ。


「いいか。これから侵入者が来たら自分たちで手を出すんじゃないぞ。必ず俺に報告しろ」


 こいつらが勝手に侵入者を攻撃すると今回の勇者みたいなことになりかねないからな。


 先に手を出したせいで説得もちょっと困難になったし。


 それに相手が弱かったとしても、こちらが先に手を出してしまったらこのダンジョンが危険だと人間に教えてしまようになる。


 そうなると勇者気取りの冒険者がやってきて俺たちを討伐しようなんて考えのやつらいるかもしれない。


 実際、勇者が来てしまったのも侵入者を暴力で撃退してしまったせいだしな。


「了解しましたイビルハム様!」


「流石です! イビルハム様!」


「一生ついていきます!」


 こうして俺は勇者を撃退することによって、安全とモンスターの尊敬を集めることに成功した。


 ボスとしての格が保てたのは大きい。やはり上に立つ者。リーダーは下の人間に舐められたら終わりなのだ。


 俺にはもう怖いものはない。後は思う存分このダンジョンでスローライフをしてウィニングランをするだけだ。



 勇者を撃退したから俺はダンジョンのクリスタルに触れてみた。


「はっ……え?」


 ダンジョンポイントが10000以上増えている。これは一体どういうことだ?


 俺がやったことと言えば勇者に飯を食わせて帰らせただけだぞ……


 あれ? もしかすると勇者を撃退したことでDPが大量に入ったとかそういうことなのか?


 それとも勇者はそれだけ力を秘めている存在だから、飯を食うだけでもポイントがかなり入るとか。


 DPはダンジョンの住人が満足したり、敵を倒したりすることでポイントが入る。


 一応ダンジョンにいた勇者もジート同様に住人判定されて満足の判定があったのか。


「マジかよ……勇者。もっとこのダンジョンに滞在してくれたらいいのに」


 勇者のコスパが高すぎてずっとこのダンジョンにいて欲しいとすら思ってしまった。


 でも、自分の支配下にない人間で自分より圧倒的に強い存在がいるというのも中々にリスクのある話だ。


 だから、俺はさっきまで勇者には早く出て行って欲しいと思っていたけれど。


 こうなってしまっては、勇者にもう1度来て欲しいとすら思ってしまう。


 いや、待てよ。そうだ。いいことを思いついたぞ。


 勇者がこのダンジョンに来て飯を食べたからDPが増える。


 だから、強い冒険者をここに集めて飯を提供すればDPを稼げるのではないか。


 DPが強さに応じて効率をあげるという仮定が正しいとすれば、勇者ほどではないにせよ強い冒険者がたくさん来てくれればDPを効率的に稼げるかもしれない。


 これはありえるのか……? 人間との共生が。


 とりあえず、今はこのいきなり入ってきた10000DPをどう使うかを考えないとな。


 事業計画をしっかりしないと破綻してしまうのは世の常だ。

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チュートリアルダンジョンのボスは静かに暮らしたい 下垣 @vasita

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