第27話 駆け引き

 勇者の提案にモンスターたちが憤慨している。


「ふざけるな! どうしてイビルハム様が殺されなきゃならないんだ!」


「そうだそうだ! イビルハム様はまだ手を出していない。殺すんだったら俺にしろ!」


 勇者は耳を塞いでモンスターたちの抗議の声を遮断している。


「あーあーうるさいうるさい。それを決めるのはお前らじゃない。そこのボスとやらだ。雑魚は引っ込んでろ」


 こいつ……勇者と言う割には傲慢だな。


 まあ、元になったゲームは比較的自由度が高くて勇者なのに悪行をすることができる。


 見知らぬ民家に侵入してタンスをあさったり、ツボを割ったり、そんなことをするような勇者ならこういうことを言っても不思議ではないか。


「それでどうする? お前の命を対価に部下を助けられるか?」


 勇者は俺に向かって剣を突き立ててくる。


 こいつ本気で言っているのか。


「先に手を出したのはこっちだ。それに関しては本当に申し訳ないと思っている。だが、俺も部下も死ぬわけにはいかない」


「それがお前の答えか? その答えを通すんだったらお前が俺を倒すしかないな」


 やはり戦闘は避けられないのか? 敵対関係になってしまった以上は俺がこいつを倒すしかなさそうだ。


 でも、本当にそれでいいのか? まだ他に説得できる方法はないのか?


「悪いが俺はお前と戦う気はない」


「自分が死ぬ気もない。部下を死なすつもりもない。そして、俺を倒す気もない。か。随分とワガママな結論だな」


「過失はこちら側にある。謝罪の言葉だけで許してもらおうだなんて思わない。だから、別の形で対価を払う。それで満足してくれないだろうか?」


 結局のところこの勇者が求めているのは対価だ。俺の首。それを持ちかえればこいつは勇者としての名誉を手に入れることになる。


 だとすればそれに匹敵するほどのものをどうにかして渡すことができれば、なんとか助かる道はあるかもしれない。


「なるほど。その対価とやらはなんだ?」


「こっちにある。ついてきてくれ」


 俺は勇者に背を向けないようにダンジョンの奥へと進む。


 勇者も俺が妙な動きをしないように警戒している雰囲気を出している。


「まずはこのダンジョンの構造について説明する。このダンジョンは農場があり、そこで食料を生産している」


「ダンジョンで食料をだと? そんなことが可能なのか?」


 勇者は農場に興味を示しているようである。


「ああ。ダンジョン内には光源があって植物が生育しやすい環境になっている。ほら、農場についたぞ」


 農場にはいつも通りモンスターが働いている。勇者はその様子をまじまじと見ていた。


「このモンスターたちは……労働に従事しているとでも言うのか? モンスターだぞ? 人間が作り出したものを略奪するのがモンスターの本質だろ」


「俺がきちんと教育をした。こいつらは自分で働くことを覚えたんだ」


「なるほど。教育ができるならさっきのゴブリンにもいきなり人を殴るなと教育して欲しかったがな」


 それはお前が挑発してきたからだろと言いたかった。


 実際、モンスターたちも人間のジートたちとは仲良くやれているのである。


 勇者が喧嘩腰でさえなければモンスターたちも殴ったりはしなかっただろう。


 それに前回の襲撃者は問答無用でこちらに襲い掛かってきた。それを撃退した成功体験から勇者を攻撃してしまったのかもしれない。


 でも、ここは相手を怒らせてはいけない。俺は俺の言い分もぐっと飲みこもう。


「ああ、今度はきちんとその辺も教育する」


「まあ、お前に今度があると良いけどな」


 勇者はまだ俺の首を狙っているのか。まあ、たしかに勇者という称号があるにしてもまだ駆け出しのペーペーだ。


 ダンジョンにいるボスモンスターを倒すという実績が欲しい気持ちもわからないでもない。


 俺が勇者の立場でもボスモンスターを倒したいと思うことだろう。


「このダンジョンは食料が十分にある。勇者。お前の旅も結構長くなるだろう。食料があって損をすることはないのでは?」


「ふーむ。たしかにそうだな。この辺の土地は痩せていてあまり食料がない。食料はたしかに魅力的だな」


 この辺の土地が瘦せていたのが幸いしたかもしれない。


 もし、潤沢に食料があるなら、食料がそんなに魅力的に映らないだろう。


「俺を殺せばこの食料の供給もストップする。それだけは言っておこう」


「そうなのか?」


「ああ。このダンジョンの管理者である俺が死ねば誰もダンジョンを管理できなくなる。そうすれば、食料の生産もストップする」


 これはハッタリである。ダンジョンの管理者であるボスモンスターは倒されたら、その倒した相手が次のダンジョンの管理者になる。


 元のゲームでは勇者がダンジョンを制圧する度にそのダンジョンを拠点にできるというメリットがある。


 今はこのメリットに気づかれるわけにはいかない。この勇者なら俺を殺してダンジョンを乗っ取るなんて言い出しかねないからな。


「それに見てみろ。勇者。あそこに人間がいるだろ」


 俺はジートを指さした。ジートは農場で働いている。


「この農場は人間も働いている。もちろん、ちゃんと本人同意の上だし、労働に応じて正当な報酬を払っている」


「ふむ……たしかに嫌々働かされている感じはしないな」


「ここら周辺の土地は農作物が育ちにくい。このダンジョンは貴重な農場だ。俺を殺せばその農場が潰れる。それが何を意味するかわかるか?」


「なるほど。そういうことか」


 勇者もあることに感づいたようだ。


 俺の言い分を完全に信じると勇者は俺を殺せなくなったはず。


「お前を殺すと農場が機能しなくなる。そうなるとここの農場に依存している近隣の村が飢えると」


「ああ。ものすごく恨まれるだろうな」


 勇者は口ぶりからすると名声をとても気にしている。


 俺の首を持って帰ろうとするのも、勇者としての実績を欲しいからである。


 しかし、俺を殺すことで他人に恨まれるとすると話は変わってくるだろう。


 勇者は余計なことをした厄介者。その烙印を押されてしまうのである。


 これは勇者も望むところではないはずだ。


「俺はお前を殺せない。殺すわけにはいかなくなったということか」


 勇者は悔しそうにしている。


 俺の話の真意を確かめるためには俺を殺すしかない。


 しかし、俺の話が真実だった場合取り返しのつかないことになってしまう。


 そんなリスクを負えるわけがない。駆け引きは俺の勝ちだ。


「そういうことだ。ボスモンスターを倒す実績が欲しいなら他のダンジョンに行ってくれ」


「ああ……そうさせてもらう。しかし、なんか冒険者の話と随分と食い違っているな。あいつらの話ではここのモンスターは凶暴でいきなり襲い掛かってくるとか言っていたぞ」


「それは風評被害だ。俺たちが本当に凶暴なら人間がこのダンジョンで働けるはずがないだろう」


「なるほど。変な噂に踊らされてしまったのか」


 勇者は警戒を解いているようだ。俺に敵意がないことはわかってもらえたようだ。


「俺たちも自分たちの身を守るために侵入者を撃退することもある。先ほどはお前を侵入者だと誤解したようだ。その先制攻撃の非礼はきちんと詫びよう」


「まあ、もう過ぎたことだ。気にしなくていい。俺の方こそお前たちの言い分を聞くべきだったな」


 これは和解したとみて大丈夫だろうか。


「とりあえず勇者。この辺りじゃあまり満足に食事もできなかっただろ? このダンジョンでとれた食材で作った料理でも食っていくか?」


「いいのか?」


「ああ。仲直りの証だ」


 本音を言えば俺より強い勇者には一刻も早くこのダンジョンから出て行って欲しい。


 もし、機嫌を損ねたら俺が瞬殺されかねない。


 けれど、関係性を深めるのも大事なことだ。今回の軋轢もお互いに関係が築けてないから起こったようなものだろう。


 お互いを知れば分かりあえるはずだ。

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