第26話 勇者襲来

 勇者がやってくるかもしれない。そんなバッドニュースがついに来てしまった。


 しかし、現状を嘆いても仕方ない。ここで俺が泣き叫んだところで運命は変わらないのだから。


 俺にできることと言えば、勇者をどうにかして撃退することだけだ。


 今のこのダンジョンの戦力でそれができるかと言うと……ほぼ不可能に近いだろう。


「勇者と言ってもどうせ自称しているだけだろう。そんなやつなんて腐るほどいるだろうしな。所詮はただの伝説に過ぎない」


 ジートがそんなことを言っているが……ここに来る勇者は本当に主人公で強いのだ。


 そんな言葉はなんの励ましにもならない。


「イビルハム様! 報告します。剣を持った少年がこちらにやってきます」


「なんだと……!」


 ついに勇者が来てしまったか。今から戦力の補強をすることもできない。なんとか話し合いで解決できないだろうか。


「どうしますか? 先手必勝でボコボコにしてやりますか? 相手は子供1匹ですから」


「バカ! リトルハム! そいつに手を出すな」


「し、しかし……相手は子供とは言え武装をしています。そんな奴をダンジョンの深部に入れて良いんですか?」


 リトルハムの言うこともわかる。しかし、ここで先に手を出してしまえば話し合いの余地もなくなるだろう。


「そいつを倒すのは……交渉が決裂した時だ」


 それにいくら雑魚モンスターは倒されても復活できるとは言え、むやみに命を散らしたくない。


「とりあえず、一部の強いモンスターだけを集めてここに待機させよう。残りのモンスターはいつも通り働かせてくれ」


「わかりました。そう指示しておきます」


 リトルハムが俺の指示に従って奔走をする。数分後に闘技大会で結果を出している猛者たちが俺の周囲に集まった。


「いいか。これから、勇者を名乗るやつが来る。しかし、手を出すんじゃない」


「えー。また手を出しちゃいけないんですか? イビルハム様は侵入者に甘すぎますよ」


「不法侵入するやつなんてぶちのめせばいいんですよ」


 モンスターたちが不満を言い出した。彼らの気持ちもわからないでもないが、今回ばかりは相手が悪い。


 ドッドッと足音が近づいてくる。俺は生唾を飲み込み足音の持ち主が来るのを待った。


 こうなったら腹をくくるしかない。来るなら来い! 俺は震える拳を握って待っていた。


 そして、目の前に少年が現れた。


 黒髪で額当てを付けている剣を持った少年。


 切れ長の目が俺を見ている。間違いない。この容姿は勇者だ。


「ようやくモンスターか。しかもこんな大勢で待ち構えてくれてな」


 勇者は剣を構えて戦闘態勢を取る。まずい。このままでは戦闘が始まってしまう。


「待て! 勇者よ! 俺はお前に危害を加えるつもりはない」


 俺は勇者に説得を試みようとする。しかし、勇者は剣の構えを解かない。


「お前が人に危害を加えたから来たんだろうが」


 まるで聞く耳を持たない。あの冒険者の話をそのまま鵜呑みにすれば、俺たちは単なる悪者のモンスターでしかない。


「待て。俺たちはダンジョンに侵入されたから相手を撃退しただけだ。先に攻撃を仕掛けられたのはこっちの方なんだ」


「うそをつけ! 所詮、お前たちはモンスター。嘘をついて人間を騙そうなんてそうはいかないぞ!」


 だめだ。わかってもらえそうにない。こうなったら戦うしかないのか?


「おいおい! なんだてめえ! ウチのイビルハム様が嘘をついているって言いてえのか? ああぁん?」


 ゴブリンが勇者を睨みながら近づいていく。


「お、おい!」


 俺はゴブリンを止めようとした。しかし、ゴブリンは俺が止めるよりも早く勇者の頭部にこん棒をぶち込んだ。


 ガンと大きく音が鳴る。勇者はこん棒で殴られてそのまま地面に伏せてしまった。


「へへ。最初からこうしていればいいんですよ。イビルハム様」


「バ、バカ……お前何をして……」


 俺は血の気が引いてしまった。もうダメだ。こちらから先に攻撃を仕掛けてしまった。


 俺が恐怖でおののいていると勇者がピクっと動く。そして、ムクと起き上がり闘志を燃やしている。


「やはり、話し合いなんてするつもりがなくだまし討ちをしてきたな」


「んなっ……! 俺様の一撃を受けて生きているだと……!」


 ゴブリンの顔が青ざめる。まずい。完全に勇者を怒らせてしまった。


 こんなことなら最初から俺1人でいけば良かったか。いや、もしかしたら最初から話し合いなんて無理だったのかもしれない。


 だったら、最初から勇者を倒す方向に舵を取るべきだったか? そんなことが色々と頭の中でぐちゃぐちゃんにかき回される。


「食らえ!」


 勇者がゴブリンを思い切り斬りつける。ゴブリンは攻撃を受けてその場に膝をついてしまう。


「ぐはっ……!」


「お、おい! 大丈夫か! てめえ! やりやがったな!」


 仲間のモンスターがゴブリンがやられたことで憤慨している。


 こうなってしまってはもう戦闘は避けられないのか……?


 ここで勇者を一斉に攻撃するように指示を出すべきか? 俺が迷うより先にモンスターたちが一斉に勇者に殴りかかる。


「てめえ! 相棒の仇だ!」


 別のゴブリンが勇者をこん棒で殴ろうとする。しかし、勇者はその攻撃をひらりとかわした。


「遅い!」


 勇者はゴブリンにカウンターとして剣での一撃を入れる。ゴブリンはその場に倒れてしまう。


「よくもやりやがったな!」


 キラービートルが勇者に突進をする。勇者はその攻撃を跳躍してかわした。


「なにっ……!」


「とりゃ!」


 勇者はキラービートルの背中に飛び蹴りをかます。キラービートルは背中を強打して痛そうに悶えた。


 だめだ。強すぎる。最初に不意打ちで一発入れた以外ではまるで歯が立たない。


 その後も人食い花、スライム、サハギンが勇者に攻撃を仕掛けるもまるで通じずに一方的に蹂躙されてしまう。


「そろそろ止めをさすか」


 殺す寸前のところまで追い詰められたモンスターたち。勇者は剣を構えてニヤリと笑う。


 まずい。このままでは仲間が殺されてしまう。どうにかしないと……


「ま、待て! 勇者! 悪かった。俺の負けだ」


「なにを言っている?」


 勇者は怪訝そうな顔で俺を見ている。明らかにボス格の俺が戦う前から勝負を放棄しているのがよほど不思議なのだろう。


「お前はここにいる雑魚よりも強いんじゃないのか? もしかしたら。俺にも勝てるかもしれない。なのに、どうしてこの段階で勝負を放棄する必要がある?」


 勇者の言っていることの方が正しい。しかし、それは仲間を見捨てられる冷酷なモンスターだけの判断だろう。


「このダンジョンにある宝や物資は全てお前に渡す。だから、そいつらを見逃してくれないか」


 俺は勇者に向かって頭を下げた。勇者は俺のその行動に驚いている。


「んな? なんだと。どうして、モンスターが……しかもボスが仲間のために頭を下げる」


「そいつらは大切な仲間だ。失うわけにはいかない」


 勇者の中ではモンスターは冷酷なイメージを持っているはずだ。しかし、俺の取っている行動は明らかに勇者の常軌を逸している。


 勇者は戸惑っていて剣の動きが完全に止まっている。


「どうしてもこのモンスターを助けたいのか?」


「ああ。どうしてもだ」


「なるほど……しかし、俺もこいつらに殴られたんでな。ただお願いされるだけで手打ちにするわけにもいかない」


 勇者は手にしている剣の先を俺に向けてきた。


「お前の首1つ。それを差し出してくれれば、このモンスターたちは見逃そう。俺もダンジョンに向かってモンスターの首1つ取って来れないのは恰好がつかないからな」


 勇者は冷酷な笑みを浮かべている。

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