第14話 釣り

「イビルハム。これでいいか?」


 ジートが糸を持ってきてくれた。強度も長さも申し分ない良質な糸だ。


「ああ、ありがとう。これで釣り竿が作れる」


 俺は早速ジートから受け取った糸を使って、木材と糸をクラフトする。そして出来上がったのが釣り竿である。


 これにて釣り堀で釣りができるようになった。しかし、この釣り竿はあまりランクが高いわけではない。


 道具にはそれぞれランクと言うものがあって、クラフトレベルと使う素材により道具のランクが決定されることがある。


 糸はそこそこ良質なものであったが、やはり俺のクラフトレベルがまだ足りていない。


 もっと色々なものをクラフトして経験を積んでレベルをあげなければならないな。


 と言っても、最初ならこの釣り竿でも十分、魚が釣れる。最低ランクの釣り竿は本当に稚魚しか釣れないからな。


 大物は釣れないとはいえ、きちんと成魚が釣れるこの釣り竿は十分扱えるものである。


 俺は早速釣り堀へと向かい、そこれで釣りを始める。


 釣り堀の水面は静かに俺の顔を映している。俺が釣り竿を釣り堀の中に入れると水面がぷるっと震える。


 俺は釣り糸を垂らしてしばらく待つことにした。釣り堀は他にモンスターがいないので静かである。


 ダンジョンも結構発展してきて随分と賑やかになってきた。それはそれで嬉しくて毎日が楽しいけれど、たまにはこうして1人でのんびりと静かに過ごす時間も悪くないかな。


「ふあーあ……」


 あくびが出るくらいの時間が経過した。そろそろ魚の1匹くらいかかってもいいだろう。


 なんだか本当に釣れるのかどうか不安に思ったその時だった。


 俺が持っている竿が震えだす。


「来たか!」


 俺は釣竿を握る手を強めて、引き始める。魚は暴れている。でも、このオーガ族のイビルハムの腕力に敵うことはなかった。


 勇者視点では雑魚かもしれない俺でも、一般人視点では十分脅威な実力を持っている。


 その俺の剛腕(自称)で魚を釣り上げようとする。


 魚影が水面近くまで見えてきた。よし、このまま一気に引き上げるぞ。


 俺は釣竿を引き上げた。すると魚が釣れた。大物ではないけれど、小さくもない。丁度普通くらいのサイズの魚だった。


「まずは1匹」


 俺は魚をバケツの中に入れた。そして次の魚を釣るべく、また釣り糸を垂らした。


 またのんびりとした時間が流れる。さっきまでは釣れるかどうか少し不安な気持ちもあった。


 でも、1度釣れるとわかったから、安心して釣り糸を垂らすことができる。


 またしばらく魚がかかるのを待つ。焦ってはダメだ。ここはのんびりとしよう。急いだところで魚がかかるわけでもない。


 こうしたゆったりと時間が流れていくことに俺は幸せを感じていた。


 合法的になにもしなくて待っているだけの時間がこんなにも楽しいものだなんて。


 このままだと釣りにはまってしまいそうだ。


 またしても、魚が釣り竿にかかる。俺はそれを引いて魚を釣り上げた。


 よし! 2匹目。中々良い調子だ。


 その後も俺は釣りを続けてその日は10匹魚を釣り上げた。


 釣り上げた魚を持って、俺はクラフト部屋へと向かった。


 そこにあるかまどで魚を焼こうとする。その前に下処理をしないとな。


 石製のナイフで魚の内臓を取り出して、かまどの中で魚を焼く。


 しばらく待っていると焼いた魚のいい匂いが漂ってきた。


 良い香りがするかまどの中。俺は魚が焼きあがるのを心待ちにしている。


 その匂いに釣られたのかリトルハムがやってきた。


「イビルハム様。いい匂いですね」


「ああ、今魚を焼いている」


「おお、魚ですか!」


 リトルハムは目を輝かせている。仕方ないからおすそ分けしてやろう。


 と言ってもダンジョンにいるモンスター全員分の魚を釣ったわけじゃないんだよな。


「リトルハム。ダンジョンのモンスターのみんなには内緒にする条件で魚を食ってみるか?」


「え? いいんですか?」


「ああ。そろそろ魚が焼きあがる。ぜひとも感想を聞かせてくれ」


 俺はかまどから魚を取り出した。焦げ目がついた焼き魚。香ばしい匂いが漂ってきて、中々にうまそうだ。


 この魚も油が乗っていて見ているだけで涎が出そうである。


「ほら」


 俺は串刺しにした魚をリトルハムに渡した。


「いただきます」


 リトルハムは魚をかじる。一口かじると食べるのが止められない。


 とても美味そうに魚にかぶりついている。


「おお! おいしいです! イビルハム様。体が欲していた栄養素が満たされていくようです!」


 タンパク質がこのダンジョンではなかなか取れなかったからな。足りてない栄養が補給された影響でリトルハムの体が喜びの声をあげているのだろう。


 俺も魚を釣った功労者として魚を食べてみる。


 一口噛むと、魚の身から油がじゅわっと出てきて、それが舌の中で踊りだす。


 うめえ。この魚身がしっかりと引き締まっていて、食感も中々に良い。


 魚特有の旨みというものも感じられて、食べるとDHAで頭が良くなってくるような気がした。


 頭が妙にすっきりとしてくる。やはりタンパク質が足りてなかったのだろうか。


「イビルハム様。今度私も釣りにつれていって下さいよ」


「ああ、別に構わないけど、釣り竿が1本しかないんだよな」


 ジートが持ってきてくれた糸では1本分の釣り竿しか作ることができなかった。


 もっと釣竿を作るには糸を用意する必要がある。それが中々に大変なことだ。


 やはり、またジートに糸を要求するしかないだろう。


「この魚をジートに渡してまた糸を持ってきてもらおうか」


 俺は残った魚を持って、作業を終えてのんびりと休憩しているジートのところに向かった。


「ジート。ちょっと良いか?」


「ああ。どうした?」


 俺はジートを呼び出して魚を見せた。


「これは俺が釣った魚を焼いたものだ。これを持って行ってくれ」


「え? いいのか?」


「ああ、その代わり、また糸を持ってきてほしい。リトルハムも釣りをしたいと言い始めた」


「なるほど。釣竿がもう1本必要というわけか。わかった。また明日糸を持ってくる」


「ありがとう」


 またしても物々交換を成立させる。糸と魚の交換。レート的にはどうなんだろうか。


 今は食料も貴重だし、魚の方が若干レートが上に寄っている気がしないでもない。


 でも、糸はその魚を釣るのに必要で決して軽視してはいいものではない。


 だとすると、まあこれは正当なやり取りかな。


 俺はジートに数匹魚を渡した。


 魚は数匹余ったが、それは全て俺が食った。変にダンジョンのモンスターに分け与えても争いになるだけだ。もっと釣れる数を多くしないとな。


 それに俺も結構食うタイプだ。この時だけは独占しても許されるだろう。


 そんな言い訳をしながら俺は余った魚を食べる。うまかったけど、食べている時はそれなりに罪悪感を感じないわけでもなかった。


 俺もしっかり食わないとな。俺もモンスターの一部だから。食べることでえDPは増えるわけだし。


 余った魚の骨は肥料にクラフトする。これで農作業の効率もあがるかもしれない。現在でも肥料は足りているとは言えないし。


 あれ? 釣りって案外良いのかもしれない。これからは余った時間は釣りにいそしむことにしよう。


 まあ、明日からはリトルハムも釣りに参加できるわけだし、単純に考えて釣りの効率は2倍か?


 釣れる魚の量が多くなるほどに俺たちの生活も豊かになるだろう。


 そう考えると釣り堀を解放して良かったと思う。腹が減ったら魚を釣る。そうすれば2度と食料を横領してやろうなんて気にはならないだろう。


 いっそのことモンスターの上限を増やして釣り部隊というのもその内作るのも悪くないかもな。


 できること、やれることの幅が広がってきて、どこに注力するかの選択肢が増えてきた。ここから先はより一層俺のセンスが求められることだろう。

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