第4話 幻肢痛
小百合さんは、生まれつき身体が弱かった。
二十歳の誕生日を迎える直前、両脚に力が入らなくなり、歩けなくなった。
まったくの原因不明。治療に専念するものの、脚はいっこうによくならない。
病気に理解がないひとたちの冷たい視線も、神経を擦り減らせた。
疲れ果てた小百合さんは、部屋に引きこもるようになった。
不可思議な夢をみるようになったのはそのころだった。
──母校の中学校の校庭に立っていました。
夢のなかでも両脚は役立たずで、だらりと垂れ下がっているだけ。
気づけばお腹のへそのあたりから異様に太い脚が一本生えていて、それがわたしの身体を支えていたのです。
日に焼けたごつごつした男の脚。すね毛があって、膝が黒ずんでいました。二十八センチはありそうな大きな足、しかも裸足です。
へそと繋がっている感覚が生々しくてぞっとしました。
小百合さんの悪夢は続く。
──毎日、一本脚の夢をみました。はじめは怖がっていたんですけど、馬鹿らしくなって。
怖いことならすでに起きている。
突然脚が不自由になることと、不気味な一本脚が生えることはどちらがより怖いんだろう……そんなふうに開き直りました。
一本脚で歩いてみました。ケンケンパの要領です。
しだいに上達して、走れるようになりました。
わたし、子どものころから病気ばかりしていたから、満足に走ったことがなかったんですね。
不格好でも走れるのがうれしかった。夢中で走りました。
しかし、夢は終わりを告げる。
──いつものように走っていたら、派手に転んだんです。わたしの両脚と一本脚がもつれていました。
ほどこうにも、つた植物のようにがっちり絡み合って取れないんです。
そのとき、“もういいだろう”って野太い声が聞こえました。
一本脚は消えてしまって、わたしは独り、校庭に取り残されました。
立ち上がれないまま、夢から覚めました。涙がこぼれました。
それ以降、一本脚の夢をみていません。
まもなく、小百合さんの身体を蝕む病名が判明した。
進行性の筋力低下、細胞が壊死する不治の病だった。
──あの夢はなんだったのでしょう。両脚の自由を失ったことよりも、一本脚を失った喪失感が癒えないのです。
風を切るとき、わたしたちは確かにひとつでした。
小百合さんは車椅子生活を受け入れ、静かに暮らしている。
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