049 デッドリースマイル
「や~ん! ミーユちゃんのお腹、ポッコリしててかわいい~!」
「落ち着いてくださいマスター」
「マスター、鏡をご覧になってください。完全に変態の顔です」
「何言ってるのあなたたち! ボテ腹よ!? 幼女のボテ腹なのよ!? スリスリペロペロしないほうが失礼ってもんでしょうが!?」
「それは立派な犯罪です」
「いい加減にしておかないとリコールされます」
わたしを見るなりカウンターから身を乗り出して飛び掛かろうとするアストレアさん。
それを冷静に阻止する四次元殺法コンビ(わたし命名)の受付嬢。
誰がボテ腹かっ!
……全く、この冒険者ギルドは、どうしていつもこうなのよ……
普通のギルドなら、お偉いさんのマスターなんてのは奥まった一室でドーンとふんぞり返ってるもんでしょーに。
わざわざ受付カウンターにいて冒険者に絡みまくるギルドマスターとか見たことないよ。
あー、わかった。
きっとザンジバル伯爵はアストレアさんの性癖を知ってたんだ。
だから晩餐会の時にアストレアさんに見向きもしないでラウラのお尻ばかり追い回してたのね。
なるほどなるほど。
残念な大人だ。どっちも。
ちなみに、お腹が出てるのはちょっと朝ご飯を食べすぎただけです。
革鎧から少々プニッとはみ出してますけど、お昼までには元に戻ります。
消化と新陳代謝がやたらいいので。
「あの……私に呼び出しがかかっているとミリシャから聞いたのですが」
目を血走らせるアストレアさんに、おずおずと尋ねるメルシェラ。
うむ。
飢えた狼の前に立つ赤ずきんにしか見えない。
「あ゛あ゛~ん゛! メルシェラちゃん~! 今日も可愛いわね~!」
「いけませんって、マスター!」
「『氷情』とまで言われたマスターはどこへ行ってしまったんですか!」
四次元殺法受付嬢コンビの抑え込みにも負けず、メルシェラのか細い身体に魔の手が伸びる。
あの魔手に取り込まれたが最後、アストレアさんが満足するまで逃れることはできない。
どうしても止めたいなら────
「フッ!」
トンッ
クタッ
わたしですら目で追うのがやっとの速さでアストレアさんの背後に回った黒い影。
その影は、完璧とも言える速度と角度を以って、アストレアさんの首を一薙ぎした。
「あっ」
「えっ」
受付嬢コンビが一瞬声を失ったのも無理からぬこと。
わたしでさえも、アストレアさんの首が刎ねられたように幻視した。
1秒にも満たぬ間に崩れ落ちるアストレアさん。
首筋を右の手刀で打たれ、完全に失神したのだ。
無論、首はきちんと付いている。
何と言う速度。
何と言う技量。
今の手刀が、ダガーや剣だったのなら。
アストレアさんは何をされたのかも解らぬまま、首が宙を舞うであろう。
多分、刎ねられた後も暫く意識は途切れまい。
アストレアさんは首を失った自分の胴体を、己の目で目撃することになるのだ。
そして脳に残った少しばかりの血液が流出すると同時に、死を悟り、意識が薄れていく……
これぞまさに殺人芸術。
黒い影────『疾黒』ラウララウラの暗殺術は引退して尚、健在だったのだ。
まぁ、ラウラが暗殺者を引退したのって、つい一昨日なんだけどね。
でも、今のを見て背中に嫌な汗をかいたよ。
こんなに強かったんだね、ラウラって。
もしあの時、アニエスタ脱出時のわたしがラウラとまともに戦ってたら、あっけなく殺されてた。
今なら面白い勝負になりそうだけど、ガチンコではやり合いたくないなぁ。
わたしの修業もまだ途中だもんね。
「『疾黒』さん。ご協力感謝します」
「最近のマスターは特に酷くて困っているんです」
「ままあることだ。気にするな」
四次元殺法受付コンビは苦笑いを浮かべてラウララウラに礼を言うと、そそくさとアストレアさんの遺体……じゃなかった、身体を奥へ運んで行く。
ご苦労様としか言いようがなかった。
上がアレだと下も大変だね。
でもまぁ、アストレアさんも色々切羽詰まってそうだからなぁ。
マスター室にあった案件書類の山はすごかったもん。
そりゃ精神的に不安定にもなるよ。
だからって、ペロペロされるのは御免だけど。
「えーと、どうしましょうミーユ」
「受け付けのおねーさんたちが帰って来るまでのんびり待とうよ」
「なんなら依頼掲示板を眺めるのはどうだ? この時間ならまだ討伐依頼も残っているだろう」
「それだ!」
ラウララウラがいいことを言う。
早速掲示板へ向かうも、未だ依頼を求める冒険者でごった返している。
だがしかし、我々が近付くと劇的な変化が起こった。
「お、おい、ミーユちゃんのパーティーが来たぞ」
「ミーユちゃん、めっちゃ可愛いなぁ……」
「ボクはメルシェラちゃん推しだ!」
「あぁ……『疾黒』さま……素敵だわ……」
「バカ! 目を合わせるな! 殺されるぞ!」
「邪魔だ邪魔だ! ミーユさんに道を開けてさしあげろ!」
「ドンのヤツ……いつからミーユちゃん派に……」
「てめぇら、『ちゃん』とか馴れ馴れしいぞクソが! 『さん』を付けろよゴミクズ野郎!」
「ひいぃ! デンまで!」
「あのさ……小耳に挟んだんだが……ミーユちゃんたち、盗賊数十人をたった三人で皆殺しにしたって話、マジかな……?」
「なにそれ強ぇ!」
「実質ミーユちゃんが一人で全滅させたらしいぞ」
「嘘だろ……?」
「マジならすげぇな!」
「今朝も指名手配犯を笑いながら血祭りにしたって聞いたぜ」
「見ろよあの不敵な笑み……」
「かっこいいけど怖いよ……」
「あれが噂の『
だっ、誰がデッドリースマイルかっ!
そういうこと言うのやめてよ!
定着して本当にそんな二つ名になったらどうしてくれるの!
あと、モーセの十戒みたいに人波が割れるのもやめて!
「……えらい騒ぎだな。依頼をのんびり眺めるどころではなさそうだ。ミーユ、メルシェラ、少し離れたほうがよかろう」
「尾ひれがついているようで釈然としませんが、我が運命の人ミーユであれば、注目されるのは仕方のないことなのでしょう」
「……いいよ、ほっとこう。ヒソヒソ話されるのは慣れてるから」
前世の嫌な記憶が甦る。
学校に行けば、あることないことや根も葉もない噂話を目の前でされるのが日常だった。
高校入学当初は聞こえない振りを駆使して、そよ風のように聞き流していたが、一年近くも続けばやはり精神的に病んでくる。荒んでくる。
女子高故に相手は女子だが、衝動的に殴りかかりそうになったことも一度や二度ではない。
流石にそれはまずいと歯を食いしばって堪えたが、そのくらい心は参っていたのだ。
そんなこんなで結果的に不登校になったわけだが、今わたしが居るのは日本ではなく異世界だ。
【DGO】でもそうだったが、武名と悪名は表裏一体なのだ。
強ければ目立つし、目立てば噂となる。
良くも悪くも。
なので、取るに足らぬ噂話などと言うものは、有名税みたいなものだと割り切ればそれほど辛くはない。
そう思えるようになったのも、【DGO】でパーティーを組んでいたアミリンたちのお陰なのだが。
「ミーユ。心に溜めず、何でも話してくださいね。私では頼りないかも知れませんけれど、一緒に悩むことは出来ます。必ず傍にいますから」
「メル……」
やば。
ちょっと涙出そう。
なんでメルはそんなにわたしの気持ちがわかるんだろうね。
「そうだな。お前さんは抱え込むタイプだ。困ったらお姉さんに話してみろ」
「お姉さん? どこどこ?」
「私のことだ!」
「あはは、ありがとラウラ」
そうだ。
わたしは死に、転生してしまったが、新しい世界にも仲間がいてくれるんだ。
「うん。これからはいっぱい頼らせてもらうよ、二人とも」
「はい。ミーユのためなら何でもします」
「うむ。お互いに遠慮なくいこうではないか」
何故かこの時、二人と本当の仲間になった気がした。
なれたと確信した。
なんと表現すればよいのだろう。
まるで劉備、関羽、張飛が交わした『桃園の誓い』のような……
ああ……いいね、こう言うの。
「ミーユよ。いっそ、噂を噂でなくしてしまえばよいのではないか?」
「え? 何の話?」
ラウララウラがわけのわからないことを言う。
わたしとメルシェラは首を捻るばかりだ。
ニカッと笑うラウララウラはそのまま受付カウンターへ向かって行った。
その笑顔に何故か不吉な予感がする。
おや。気付けば見たことのない受付嬢がカウンターにいる。
四次元殺法コンビはまだアストレアさんを介抱しているのだろうか。
そんなことよりも、ラウララウラがその受付嬢にとんでもないことを言い出した。
「パーティー登録を頼む。名称は『
「はい。かしこまりました」
「ちょっ! おまっ! なに勝手なことしてくれちゃってるのラウラ!」
「わぁ、なんとも力強いパーティ名ですね。生と死は隣り合わせ。それを表現しているかのようです。なるほどなるほど」
「なるほどじゃないよ! メルも天然なこと言ってないで止めてよ!」
「登録は完了しました。パーティ名『
「あぁあ~~~……んんっ?」
今この受付嬢はおかしなことを言わなかった?
わたしが……Tier4!?
6だったのに!?
「なんでわたしのTierが上がってるの!?」
「今朝の緊急会議で決まったんです。功績が大きく、ザンジバル伯爵さまの御推薦がありましたので、すんなりと。まだティア表と冒険者カードには反映されていませんので、そちらは午後までお待ちください」
「領主さんの推薦!?」
「はい。難事件を解決したのだから、それに見合ったTierに昇格せよ、と」
「マジっすか……」
いや、嬉しいよ?
もう一段階上がれば、ソロでも高難度の依頼を受けられるようになるしさ。
嬉しいんだけど、あの伯爵さまの推薦ってのがどうにも引っかかるんだよねぇ。
何か企んでたりしないよね?
例えば、わたしに恩を売ってお嫁にする、とかさ。
いや、それは無いか。狙うならきっとラウラだもんね。
いやいや、そんなことよりも、こんな中二病すぎる痛いパーティー名をどうにかしないと!
「あ、メルシェラさんもいらしたのですね。では、お預かりした言伝をお伝えします。『ネメシアーナ神殿ファトス分殿まで足労を願う』とのことです」
「そうですか。わかりました。すぐに出向きましょう」
受付嬢から伝言を受け取るなり、当然のようにわたしの手を取って出口へ向かおうとするメルシェラ。
ちょ、ちょっと待ってよ!
まだパーティー名が……でもメルを放っておくと迷子に……ああもう!
「ふむ。神殿、か。私はファトスにあまり土地勘が無い。場所は知らんぞ」
「私もです。この街にきたのは初めてですので」
「ならばミーユに案内を頼もう」
「そうですね。ミーユは何でも知っていますから」
「えぇ!?」
頼るつもりが頼られてんじゃん。
ってか、わたしも神殿の場所なんて知らないよ!
と、言いたいところなんだけど、実は知ってるんだよね。
あれは数日前。
ミリシャやカイルとグラスレオパルドのニャーコちゃんを飼い主に届けた帰り道。
変わった建物があるなと思い、ミリシャに尋ねたのがネメシアーナ神殿だったのだ。
まぁその時はただ『あれは神殿よ』としか聞いてなかったが……
場所は北区と中央区の境目あたり。
貴族街である北区に近いのは、どちらかと言えば貴族のほうが信心深いからだそうだ。
理由は知らないけどね。
気位の高そうなネメシアーナのことだもん、きっと『女神である私は高貴な者に崇められるべきなのよ~! おーっほっほー!』とか思ってるんじゃない?
あれ? そういや飼い主のところに行った時って、メルもいたよね……?
まぁ、場所を知ってても辿り着けないメルにとってみれば、覚えていようがいまいが関係ないのかも。
そもそも覚える気がなさそう。天然なので。
「そんなに遠くないよ。ここからも見えるし」
そう言いながら家々の間から突き出た丸い建物を指差した。
「ほう、あれか」
「あ、確かに神殿ですね」
「じゃあ、いこっか」
「ズルいぞ! 私もミーユと手を繋ぎたい!」
「いや、これは迷子防止の……」
子供みたいなことを言うラウララウラ。
このメンバーの中では一番年上だろうに。
ああ、これは多分アレだ。
お姉さんぶりたいだけだ。
仕方あるまい。
「ん」
「そーかそーか! ミーユもお姉さんと手を繋ぎたかったか! しょうがないなぁ!」
ウッキウキでわたしが差し出した右手を握るラウララウラ。
単純ではあるが、良い感じに口調も砕けてきているので、これはこれで良しとしよう。
ノリが段々アルカナちゃんっぽくなってきている気もするが。
数分も歩けば北区との境目に到着する。
眼前には大きなドーム状の建造物。
ファトスでは丸い形の建物がほとんどないので珍しく感じる。
先程のメルシェラの反応を見るに、神殿とはどこでも概ねこのような形をしているのかもしれない。
一目でそれと解るように。
簡素な庭園と言った感じの庭を抜け、パルテノン神殿みたいな柱に挟まれた門を潜る。
入口の扉には複雑な紋が刻まれていた。
そこでハタと気付く。
廃村の地下神殿にあった扉の紋と非常によく似ていると。
だが、よく見れば細部はかなり異なっているようだ。
「ね、メル。この紋章ってさ、もしかして女神ごとに違うの?」
「よくお気付きですね。さすがミーユです。見分けるコツはこの部分、翼のような紋があるでしょう? その枚数が女神さまによって変わるのです」
「へぇー、そうなんだ」
「うむ。常識だぞ、ミーユ」
常識なんだ……?
まだまだこの世界の勉強不足だなぁ、わたし。
などと門前で話していると、不意に扉が開いた。
出てきたのはメルシェラと同じような白っぽいローブ姿の少しばかり
白いローブが神官衣なのだろうか。
「ええと、あなたがたは?」
「はい。ネメシアーナ神殿神官の聖女見習いメルシェラです」
「おお! 貴女が『彷徨う聖女』なのですね! ようこそファトス分殿へ!」
「いえ、私は聖女見習いで……」
「さぁ、中へお入りください。お供のかたがたもどうぞ」
「お供……」
「いえ、私がミーユの供であり友でして……」
お供扱いされたわたしとラウララウラ。
ふむ、神殿側から見ればそうなるのか。
何と言ってもメルシェラは聖女なのだから。
まぁ、神殿内部を見学するのもまた一興。
ラウララウラに目配せすると、彼女もコクリと頷いた。
「へぇへぇ、んだらば、この卑しいお供もメルシェラさまに御同行させていただきやすかね、ラウラさんや」
「んだんだ。こったら立派な建物、見たことねえですでのぅ、ミーユさんや。それもこれも聖女メルシェラさまのお陰でやんすな」
「もう、二人とも意地悪です」
卑屈に答えたわたしたちに、真っ赤な顔で抗議するメルシェラなのであった。
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