最終話 これからも


 時は流れ、数年後。


「ねぇねぇ、陽太。これはどこに置けばいいー?」

「あぁ、それは向こうに置いといて」

「りょうかーい」


 高校を卒業し、同じ第一志望の大学に合格した俺達は新しい住居で荷ほどきの真っ最中だった。


「ねぇねぇ、陽太~」

「なんだ?」

「婚姻届、どこに飾る~?」

「飾らなくていい。その辺の棚に大事にしまっておけ」

「え~⁉ せっかくの婚姻届なのに⁉」


 卒業と同時に俺達は正式に婚約した。役所への提出も済ませたわけだが、『飾りたい!』と一歩も引く様子を見せない彼女に、思わずため息をつく。


「あのな、。別にそれを飾らなくても、俺達が結婚したっていう事実は変わらないだろ? どうして、そこまで飾ることに拘るんだ?」

「だってだって‼ ようやくだよ‼ よーうやく、陽太と結婚できたんだよ‼ その記念の証を飾らない方がおかしいよ‼」

「そ、そう言われもなぁ…………」


 葵は高校を卒業をするまでの間、「いつになったら結婚できるのぉ……」と何度も呟いており、俺が十八歳。つまり、結婚できるようになった時は凄まじかった。



『結婚するのぉおおおお!!!!』

『落ち着けぇえええええ!?!?』



 あの日は本当にマズかった…………。クラスの女子生徒達が何とか襲いかかる葵を拘束し、俺の周りを強力なボディーガードで固めておかないと、色んな意味で危なかった。


 将来、婚約する関係だと告白したその日から、俺達の日常は少しずつ、けれど着実に変化していった。


 始めは困惑していたクラスメイト達も気づけば、日常の一ページだと思うようになった。


『おっ、今日は引っ付かれていないんだな』

『いつも引っ付いてこさせるわけがないだろうが』

『いや~、神崎が鹿島にがっしりと引っ付いてるのに、あまり違和感を覚えなくなったんだよな』

『分かる分かる。むしろ、引っ付いていなかったら、「喧嘩したのか⁉」ってなるもんな』

『嬉しいような悲しいような……反応に困るな……』


 若干、望んでいた形とは違ったが、最終的には葵はマドンナという役割から解放された。


「誰かの望む自分にならなくていいなんて、昔の私に言っても信じてもらえなかっただろうな~」

「仕方ないだろうな。昔はそんなことを考えることすらも出来なかったんだから」

「ふふっ、ほんと、陽太はずーっと、私のことを助けてくれたよね‼」

「…………別に、助けたってほどのことはしていないぞ?」

「も~う、謙遜する癖はいつまで経っても抜けないんだから~」


 そう言いながら、人差し指を俺の方へ向けて来る葵。


「ちなみに陽太って、私のどこが好き? 五秒以内に答えて‼」

「え、きゅ、急に言われても…………」

「五、四、三、二―――」

「―――せ、性格‼」


 突然の質問に戸惑いながらも答えると、葵は「ん~?」と首を傾げる。


「性格? 具体的には?」

「え、えーっと、言わないっていう選択肢は…………」

「ないよ?」

「せめて、選択権ぐらいは俺に残してくれよ…………‼」

「そんなのいいから、早く教えて」


 顔と顔がくっつくのではないかと思うほどに近づいてきた葵を軽く押し返し、俺は頬をかきながら答える。


「その、な。葵が一人、一生懸命に頑張ろうとするところや、俺に全力で甘えようとしてくれるところが、好きなんだが…………///」

「―――――――――………………………」

「ご、ごめん‼ こんなこと言われても、困るよな、って、葵?」


 妙に熱くなった頬へ手で風を送りながら、微動だにしない葵の顔を覗き込んだ時だった。


「陽太~~~~!!!!」

「ぐへぇ⁉」


 綺麗なタックルを腹に決められ、バランスを崩した俺は背中から床に倒れる。その上に馬乗りになった葵は見てるこちらが驚くほどに上機嫌で、ずっと俺の胸元で頭をぐりぐりと押し付けてくる。


「あ、葵さんや? これは一体?」

「陽太がこんなにも褒めたのが悪い。私はとめどなく溢れる思いをこれで紛らわせようとしている最中だから、このままで待機してて」

「あ、はい」


 有無を言わせない態度に、俺は思わず黙りこくる。


「きっと、昔の私だったら、この時点で陽太を容赦なく襲っていた」

「うん、確かにそうだけど、そんな誇らしげに言う事ではない」

「けど、私も成長した。今は陽太に三時間ほど引っ付けば落ち着けるようになった」

「三時間はかかるんだな……………」

「大丈夫。今日は陽太が特大の愛を伝えてくれたから―――」

「一時間ぐらいになるのか?」

「―――六時間になったよ‼」

「今すぐ離れてくれ。日が暮れる」


 成長ではなく退化ではないか、と思いながらも、俺はそこを深掘りせず、荷解きを再開する。葵の「かまえ~かまえ~」という声を聞こえないフリをしながら、淡々と進めていると、とても懐かしい物を見つけた。


「あれ? それって、アルバム?」

「あぁ、天野が『是非とも‼』ってくれたんだよな」


 高校生のある日、もう一人のマドンナである天野がくれた一冊のアルバム。どんな写真があっただろうかと気になった俺はアルバムを開いた。

 どんな写真があるのか気になった葵も俺の背中によりかかりながら、開かれたアルバムに目を通す。


 たくさんの思い出が写真となって残されたアルバムを見ていくと、一枚、印象的な写真が視界に映った。


「あっ、これって、ダブルデートした時のだね‼」

「だな。いや~、葵が見ていて欲しいと宣言した翌日に天野が『一樹君と恋人になりました‼』って言った時は本当に驚いたな」

「行動力が凄かったね~」


 そう、恋する乙女だった天野は思い人である一樹のハートを見事に掴み取り、大学生となった今は俺達と大して離れていない所で二人暮らしをしているそうだ。


「あの二人もそう遠くない内に結婚するんだろうな」

「別れる姿が想像できないもんね~」

「おっ、これはこれで懐かしいな」

「な、なんでこれがあるの⁉ 恥ずかしいから撮らないでって言ったのに⁉」


 懐かしい思い出達を見返していると、気づけば空が茜色に染まっていた。


「あ~、今日中には終わらなかったね~」

「まぁ、まだ時間はあるし、明日には終えられる量だろ」


 ベランダに出て、沈んでいく夕日を俺達は並んで見つめる。


「綺麗だね~」

「そうだな」

「むっ、そこは葵の方が綺麗だよ、でしょ‼」

「比べる必要ないだろ。どっちも綺麗、それじゃあ駄目なのか?」

「ぬぐっ、まぁ、陽太から綺麗って言葉を引き出せたから良しとする」

「それはよかった」


 会話はそこで途切れ、街の喧騒が小さくではあるが聞こえてくる。それらに耳を傾けながら、俺は葵の方に身体を向ける。


「葵。少し、いいか?」

「どうしたの?」


 俺の顔から真剣な雰囲気を感じ取ったのか、口を固く結ぶ葵。


「その、気持ちを伝えておこうと思ってな」

「気持ち?」

「あぁ、俺は今までこの気持ちを、真っすぐに伝えたことはないと思ってな。今日、ここで伝える事にしたんだ」


 そう言い、一度、大きく深呼吸。


 そして、伝える。



「好きだ、葵」



 下手すれば、これまでに一度も伝えてこなかった思いを。


「俺は何かと理由をつけて思いを直接伝えないことが、たくさんあった。だけど、それじゃあ駄目だと思ったんだ。だから、凄い身勝手だけど、伝えさせてもらった」


 見栄や誇り、恥ずかしいを捨てて、伝える。



「だから‼ これからも、よろしく‼」



 夕日にまで届くのではないかと思えるほどの大声を伝えた俺。すると、葵の手が優しく、俺の手に重ねられた。



「はい、こちらこそ‼」



 そして、大輪の花が咲いたのかと思うほどに美しく、可愛らしい笑顔を浮かべた彼女にこれまで見てきた中で、最も美しい笑顔だった。


 夕日に照らされた彼女の美しい表情を前に、俺は心臓が高鳴るのを感じながら、彼女と一緒に笑い、これからの未来に胸を膨らませるのだった。



―――――――――



 物語の登場人物は大抵、二種類に分けられる。

 

「主人公」か「それ以外か」。


 しかし、それはの物語の話だ。


 現実では一人一人が自分の物語の主人なのだ。



 俺も「それ以外」なんかじゃない。鹿島陽太って言う人間が「主人公」として、たくさんの物語で強くなっていったのだ。


 これからもその物語に思いを馳せながら「主人公」として、たくさんの思い出を残していこう。それがきっと、かけがえのない思い出となるだろう。


 

「なぁ、葵」

「な~に~?」

「あらためて、これからもよろしくな」

「――――――うんっ‼」





―――――――――




これにて『学園のクール美少女が、実はポンコツだった ~いつの間にか、お世話するのが当たり前になっていた件~』は完結となります!


最後まで読んで下さり、ありがとうございます!


今回、初めての挑戦という事でラブコメがメインの作品を書いてみましたが、予想以上に多くの方に読んでいただけて感激です!


今後も様々な作品を書いていくので、よければ見に来てください!



本当にありがとうございました!!!!





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学園のクール美少女が、実はポンコツだった ~いつの間にか、お世話するのが当たり前になっていた件~ 苔虫 @kokemusi

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