第10話 遭遇


「ふんふふんふ~ん♪ デート、デート♪ 陽太とデート♪」

「ご機嫌なのはいいが、はしゃぎすぎないでくれよ」


 機嫌よく鼻歌を奏でながら、スキップする神崎に苦笑しながら、スーパーまでの道をのんびりと歩いていく。


「夕ご飯は何にするの?」

「ん~、特に考えていないんだよな。神崎は何か食べたい物、あるか?」

「陽太が作ってくれた物なら何でも―――と言いたいところだけど、それは困るだろうから…………」


 首を傾げ、うんうんと唸る神崎。


「えっと、オムライスとかは作れる……? その、出来れば、デミグラスソースをかけるやつが食べたいな…………って」


 悩みに悩んだ結果、食べたい料理を告げ、おずおずとこちらを窺う神崎。


「おっ、いいな。オムライス単品でも美味しいが、デミグラスソースをかけるとより一層、美味しくなるんだよな~」

「作ってくれるの⁉」

「あぁ、それぐらいならお安い御用だ」

「結構、手間のかかる料理だから困るかなって…………」

「誰かに食べてもらうのに、手間なんて思うわけがないだろ? せっかく食べたいのを言ってもらったんだ。腕によりをかけて作るぜ!」


 紛れもない本心を伝えると、神崎が目を輝かせながら、俺の腕に抱きついた。


「ッ、陽太、かっこいい‼」

「はいはい、違うからな~」

「む、塩対応する陽太はいや。照れくさそうに顔を背けるのがいい」

「料理は遠慮してくれたんだから、こっちも遠慮してくれよ」


 そう言いながら、ジト目を送るも、神崎にプクゥという効果音が聞こえそうになるぐらいに頬を膨らませ、全身で「いやだ‼」と主張され、大きなため息をつく。


 互いに他愛のない話をしていると、いつもの間にか目的地であるスーパーに到着していた。


「野菜も少し買っておくか……いや、でもなぁ」


 野菜コーナーでお世辞にも安いとは言えない商品を前に、俺が買うかどうかを悩んでいると、カートに乗せていたかごに「バサバサッ‼」という音と共に大量のお菓子が入れられた。


「…………一応、聞いておこう。これは何だ?」

「お菓子」

「なぜ、こんなにも?」

「食べたいから」

「アホか‼ 食欲だけで動くな‼」


 ざっと見ても、かごの中にあるお菓子は十数個はある。今はお菓子も信じられないぐらいに高い時代なのだ、これだけ買えば、馬鹿にならない金額になる。

 お金は常に余裕を持つようにしているが、それでも足りないので、戻してくるよう伝えると「チッチッチッ」と言いながら、妙に芝居がかった様子で神崎が財布を取り出す。


「陽太、私は色々あってお金をたくさん持っている。だから、問題ない」

「い、いや、それでもこれは買い過ぎなんじゃ…………」

「今日はまだ土曜日。つまり、夜更かしし放題。お菓子は必須品」

「なぜ夜更かしをする前提なんだ? しないぞ?」


 何があって夜更かしをしようと思ったのだろうか。特にそんな会話をした覚えはないし、普段から規則正しく生活しようと意識しているので、そうしようと思うこともなかったはずだ。


「夜更かしは夫婦でやる定番の一つ」

「違うぞ? あと、多分だけど学生だろ、夜更かしが定番なのって」

「細かいことは気にしない。とーにーかーく、夜更かしはするの。だから、お菓子は買う。お金は夕ご飯の分も合わせて、私が全部出す」

「え、いや、夕ご飯は俺が作るんだから…………」

「い・い・ね?」

「はい……………………」


 これ以上は何も言わせない、という無言の圧力を感じ、俺は力なく頷くことしか出来なかった。



 数十分後。買い物を終えた俺達はパンパンになったマイバックを持って、自宅までの道を歩いていた。


「ん~、買った買った~」

「お菓子だけじゃなく、カップ麺まで買って…………大丈夫なのか? 夜中に食べると健康に悪いし、太るだろ」

「私はどれだけ食べても太らない。だから、問題ない」


 頭が良くて、運動も出来て。顔やスタイルも整っていて。おまけに太らないとは。天は二物を与えずなんて言葉があるが、間違いなく神崎には二つ以上の物が与えられているな。


「女性からしたら羨ましいこと、この上ない体質だな」

「でしょ~。咲良にもよく恨まれるんだよね~、ズルいって」

「咲良…………あぁ、天野のことか」


 何だろう、関わったことがないのに頬を膨らませ、ジト目を送る姿が用意に想像できてしまった。


「天野とは仲がいいのか?」

「うん、幼馴染で幼稚園の頃から一緒~」

「へぇ、じゃあ、その頃から二人ともマドンナって呼ばれていたのか?」

「陽太、幼稚園児がマドンナなんて言葉、知っているわけがない」

「マジレスすんな」

「まっ、実際、小学生の頃からよく告白はされたね。学年が上がる度にされる回数は増えて、嫉妬や僻みを受けることも日常茶飯事だった」


 そう言い、うげ~と嫌そうな顔をする神崎。その表情からいかに面倒だったのかが伝わってきた。


「マドンナってのも大変だな」

「好かれることが嫌ってわけではないんだけどね。自分が望む結果に必ずなるとは限らないことを理解していない人が多くて…………」

「一定数はいるよな、根拠のない自信で告白して、いざ振られたら悪態をつく奴」

「あぁいう人は本当に嫌い」


 本当に大変だったのだなと、マドンナなりの苦労を感じ取っていると、神崎が元々近くにいたにもかかわらず、さらに互いの距離を詰めてきた。


「ん」


 そして、頭を小さく左右に揺らしてきた。


「え、えっと、神崎さんや?」

「ん」

「いや、『ん』だけ言われても分からないんですが?」

「撫でて、頭を」

「なんでだよ」


 家ならともかく―――やるとは言ってない―――ここは外なのだ。学校の誰かに見られでもしたら、あることないことを言い広められてしまう。それは何としても避けたい。


「か、神崎、家に帰ったらな? ここは人の目がある。ただでさえ、これだけ密着してて目立っているんだ。これ以上、目立つわけにはいかないだろ?」

「私がいる以上、一定数の視線は集まってしまう。今更のこと」

「そうですよねぇ‼ 分かっていますよ、お顔がとってもお綺麗ですからねぇ‼」

「ッ……陽太、私の顔、綺麗だと思っているの?」

「ん? いや、当然だろ。神崎を見て、綺麗じゃないと思う奴なんていないだろ」


 ありのままの考えを伝えた次の瞬間、目の前の小動物が猛獣へと変貌した。


「…………陽太」

「ど、どうした? その、そんなに顔を近づけられると戸惑うんだが…………」

「フフッ……フフフッ…………」


 どこか煽情的で艶やかな笑みを浮かべ、舌なめずりをした神崎が俺の耳元に顔を寄せてくる。


「夜が、楽しみだね」


 告げられた一言に全身が震え、思わず止めようとするも怪しく光る眼差しを前に何も口に出来ず、あと数時間で訪れる深夜へ隠し切れない不安を感じた時だった。



「あれ、葵?」


 後ろから可愛らしい、少し高い声が聞こえてきた。その声に神崎は肩を「ビクッ」と僅かに反応すると、恐る恐る振り返りながら、声の主の名を呼ぶ。


「さ、咲良…………」

「隣の人は彼氏さん、かな?」


 首を傾げ、こちらへ視線を向けたもう一人のマドンナに、俺はどう反応するべきか悩んでいると、神崎が一歩前に出る。



「違う。陽太は私の旦那」



 そして、当然かのように、またまた爆弾を落とすのだった。



―――――――――



何度、爆弾を落とせばいいのやら。



???「彼氏と旦那は全然違うから‼」



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