眠らせ姫の日記帳 〜 異能なぼくらの奇妙な高校生活 〜

凪野 晴

第1話

 流灯凛花ながれびりんかは異能者である。二つ名はまだない。そして、禍の時から異能を発現できたのかもしれないが、覚えはなかった。だが、やがて『眠らせ姫』と畏怖される女子高生だ。


 異能とは、魔法や超能力のようなもの。



「一葉、今日も元気ないね。大丈夫?」


 凛花は、同級生の夏川一葉なつかわかずはに話しかける。授業と授業のスキマ、つまり今は休み時間だ。凛花は、ショートボブの彼女の顔を見て気づく。一葉は目の下のくまがひどい。


「あんまり寝られてないみたいだね」


 凛花は続けた。それに、一葉は応じる。


「……あ、うん。……寝られてないかも。バスケの大会が近いから、緊張しているのかな」


 凛花は、自分の鞄に手を入れて何かを探す。ウェーブがかかっている長い髪が左右に揺れた。切れ長の目が、再び一葉の顔を捉える。凛花は告げた。


「一人だけ一年生なのにレギューなんだよね? すごいよ、一葉」


 そう言われた一葉は、照れるように首を軽く横に振った。凛花は、話を続ける。


「えっと、ぐっすり寝られるように、おまじない。はい、これ。夜寝る前にホットミルクと一緒に食べて」


 凛花は、透明なギフトバックを取り出した。中身は、チョコチップクッキーが数枚入っている。


「……ありがとう。凛花の手作り?」


「ええ。そうよ」


 凛花は、微笑んでうなずいた。


 *


 その日の夜、もう少しで時計は二十三時を刻む。すでに宿題を済ませた凛花は、パジャマ姿。自室の机で日記を書こうとしていた。


 だが先に、気にしている一葉へ、携帯端末から電話をかける。


「……こんばんは、一葉。もうクッキーは食べた? そう良かった。ほんと? 美味しいって言われて嬉しい。もう寝るところだったんだ。ごめんね。うん。じゃ、また明日」


 通話を切った。


 五分後。凛花は、右手人差し指を口元に当てる。


「一葉、おやすみなさい。消灯ですよ」


 その独り言に応じるように、切り揃えた前髪、そしてウェーブがかかった長い後ろ髪がふわっと舞う様に一瞬浮かんだ。異能を使ったのだった。



 そして、凛花は日記帳を開く。今日あった出来事を思い出しながら、一字一字丁寧に書いていく。整った綺麗な字が並べられていく。


 日記を書き上げて、椅子に座ったまま両手を上に伸ばした。ふうと息をついた凛花が、歯を磨きに洗面所へと立とうと思った時だった。


 チャリン。


 何もない空中から机の上へ、銀色のメダルが落ちてきた。机に置かれている日記帳の上で音を立てたメダルは、くるくると回り、りんごが描かれた面を上にして止まった。


 凛花はメダルをつまんで裏面を見る。そちらもりんごの絵だった。


 その時、凛花の携帯端末にメッセージが届く。二人だけのSNSグループチャット。グループ名は、L&Lだ。


────

計介>しらゆきから、雪とりんごのメダルが届いた。そっちは?


凛花>来たよ。りんご。


計介>そうか。じゃ、明日の放課後、フェイブル・テイルで。


凛花>わかった。

────


 *


 翌日、凛花は合気道の朝稽古に励む。お隣が合気道の道場なのだ。幼い頃からの日課だった。受けと取りの反復稽古の相手は、道場主の奥さんだ。数日に一回程度、相手をしてもらっている。


 すでに凛花は黒帯をもらい、以降も修練を積んできた。護身というよりも心身を鍛えるために、稽古を続けているのだった。


 朝の稽古が終わると、シャワーを浴びる。朝稽古の日は、父親が朝食当番だった。トーストと目玉焼きという固定メニューだ。母親は、長期入院中。


「いってきます!」


 流灯凛花が通うのは、女神ヶ丘市都城区にある都城高校だ。正確には、都城大学附属高等学校。最寄駅の都城大学前駅で下車すると、駅のホームでは、同じ制服の男女が同じ改札へと歩いていく。


 改札の外へ出ても、その流れは続く。見慣れた朝の光景。凛花は友達がいないかなと軽く左右を見回した。


 改札近くで待ち合わせしていたと思われる男女が目に入った。


 男性はメガネをかけていて紺色のスーツ姿だった。なんとなく閉じた傘を連想させる。そばには、白いパーカーにデニムのジャケットを羽織った元気の良さそうな丸みショートの若い女性。首からパイロットゴーグルを下げていた。二人は何やら話をしている。ふと、メガネの男性と目が合った気がした。


「凛花、おはよう!」


 急に、後から声をかけられた。ふり返えると、夏川一葉がいた。


「おはよー。昨日は寝れた?」


「うん。ぐっすり。すごいね、凛花のクッキー」と一葉。


 目の下の隈もいくぶん薄くなっている。


「そうかな。ホットミルクの効果だよ」


 凛花は自然に嘘をついた。二人は他愛もない会話をしながら、高校へと向かう。


 *


 放課後。


 凛花は、都城駅から電車に乗ると、乗り換え駅である女神ヶ丘駅で途中下車した。


 女神ヶ丘駅は市の中心にある駅だ。駅前ロータリー近くの広場には、天使の羽をもつ女性が立って祈りを捧げている姿の銅像がある。女神像だ。


 その横をすり抜けて、カフェ『フェイブル・テイル』に向かう。凛花が好きなパン屋『くるみベーカリー』の数軒先にあるのがカフェ『フェイブル・テイル』だ。隠れ家的なカフェ。


 カランコロン。


 入口のドアを開けた。広くはない店内を見渡す。すでに、彼は来ていた。コーヒーを横に、ノートパソコンに向かって何かしている。凛花が来たことには、気づいていないようだ。


「法条くん、待った?」


 凛花は、彼のテーブルに近づいて声をかけた。その声で、法条計介は顔を上げる。左目が隠れるほどの前髪。髪色は黒。都城高等学校の制服を着ている。つまり、二人は同じ高校に通っている。学年も同じだ。


「あ、流灯。いや、ついさっき着いたところだ」


 わざわざ高校から離れた場所で待ち合わせをするこの二人。残念ながら、恋仲な関係ではなかった。


「しらゆきからの依頼は、まだ観ていない」


 そう法条は告げながら、テーブルに置いていた二枚のメダルを指さす。五百円玉くらいの大きさだ。一枚は雪の結晶が描かれた銀色。もう一枚はりんごで金色だ。


「雪の結晶があるってことは、異能犯罪者の退治ってことね」


「……おそらくな」


 二人は、エージェントのバティ。L&L。ライト&ロウ。光と法。すなわち正義。


 それぞれの理由を抱え、二人は高校生ながら異能者が起こす不可解な事件を解決するのだ。

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