1-5
「…………。……ハッ!」
蒼矢が目を覚ます。
目の前にはまだ眠ったままの彩歌がいた。
「今……時間は?!」
外はすでに暗くなっていた。
慌てて蒼矢は部室の時計を確認する。
だいたい19時15分だった。
「とっくに下校時間過ぎてんじゃん……」
そう言いながら机の上に広げられている教科書やノートをカバンに詰め込む。
それから立ち上がって寝ている彩歌の肩を叩いた。
「コームズ、おい起きろ」
「だからぁ……彩歌だってば~……」
彩歌は自分の腕を枕にしたまま寝言しか言わない。
しびれを切らした蒼矢は声を大きくして彩歌の身体を強くゆすった。
「おい! さっさと帰るぞ!」
そうしてようやく彩歌が目を開けた。
「んぁ……もう帰るの? 蒼矢くん……」
起きた彩歌はのんきに「ふぁあぁ」と大きなあくびをしながら身体を伸ばす。
蒼矢は黙って窓の外を指さした。
彩歌が目をこすりながら外を見る。
「ん……? 外暗っ! え? 時間、下校時間過ぎてるーっ!」
時計を見て彩歌が驚き声を上げる。
急な大声にビックリしながらも、蒼矢は口に人差し指を当てて「しーっ」としてみせた。
「見つかる前に帰るぞ」
蒼矢が声を殺して言い、彩歌がうなずく。
部室の明かりを消して2人は音を出さないようにそっとドアを開いた。
廊下はすでに消灯されていたため、月明かりだけを頼りに進んでいった。
「ダメだ。施錠されてる」
部室棟の1階に位置する生物部室から出入口まで行くのは至極簡単なミッションに思われた。
しかし、現実はそうに甘くはない。
部室棟から外へ出るための扉は全てもう施錠されていた。
「どうしよう……?」
「本校舎の昇降口ならまだ開いているハズだ。そっちに回ろう」
別に下校時間を過ぎるのが初めてではない蒼矢が冷静に対応を述べる。
部室棟から本校舎に行くためには2階にある渡り廊下を使えばいい。
ただ、それには見通しの悪い階段を使わなければならなかった。
「俺が確認するから、一緒に来い」
彩歌はうなずいて静かに蒼矢の後ろをついていく。
階段の周囲に人の気配がないことを確認した蒼矢は一気に2階まで上がった。
そしてその先に目を凝らす。
(ここから渡り廊下まで……よし、誰もいない)
蒼矢は周囲に警戒に集中するあまり、彩歌の異変にすぐに気づけなかった。
次の指示を出そうと後ろを振り返った時、初めて階段の途中でうずくまっている彩歌を見た。
「おいっ、どうした?!」
「ふぅっ……はっ、あぁ……」
慌ててそばに寄って蒼矢が声をかけるも、彩歌は息を乱すだけだった。
その姿にはうっすらと青い炎が揺らめいている。
本来悪魔が纏うはずのものが人間の身体を被っている。それが意味するのは――。
(悪魔に憑かれてる?!)
すぐに理解した蒼矢がカバンから短剣を取り出した。
銀で作られた浄化剣を彩歌の身体にかざし、憑いている悪魔が顕現させるためだ。
憑いているのがただの下級悪魔ならこの場で祓うことができる。蒼矢はそう考えていた。
「ウソ…………だろ……」
だが顕現した悪魔の姿は蒼矢の想像を絶するものだった。
彩歌の背から燃え上がる青い炎から肉を得ていくそれは天井に達しようとしていた。
いや、それどころか天井までに収まり切らずその背を丸めているではないか。
「魔神だと……?」
蒼矢の口が勝手に動いた。
その姿を目にするのは初めてだけれど、その外見はよく脳裏に焼き付いている。
小さいころ家に置いてあった絵本。その中で描かれていた「魔神」という存在に酷似していたのだ。
(魔神。あらゆる悪魔を超えた存在。取り憑いた人間を操って世界に厄災をもたらす……)
絵本に書かれていた記述をうろ覚えながら頭の中で何度も繰り返す。
蒼矢の持つ15センチメートル程度の小さな浄化剣では相手にすらならないことは明らかだった。
だからといって放置すればどんな災いが起こるかも分からない。
「ねぇ……蒼矢くん…………」
言葉を失い呆然と立ち尽くす蒼矢に向けて彩歌は言う。
彩歌と向き合ったまま蒼矢がゆっくり後ずさる。
一歩下がるごとに彩歌も一歩進んでくるため、彩歌との距離も魔神との距離も変わらない。
「……私…………からだがあつくて……とってもつらいの……」
そう言った彩歌の瞳にはもう光が宿っていなかった。
背後にいる魔神の口角がゆっくりと上がっていく。
そして、彩歌の口と魔神の口が同時に開かれた。
「だから…………アナタのカラダをワタシにちょうだぃ」
蒼矢は渡り廊下へ、そしてその先の本校舎へ向かって全力で走り出した。
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