1-4

 昼休みは部室で購買のパンを食べるのが蒼矢の日常だ。

 教室で食べようにも、購買から戻ってくると蒼矢の席はいつも誰かに使われてしまっているのでこうなっている。


「ねむ……」


 眠気に抗いながらメロンパンをかじる。

 昨日の夜は新しく買った本を明け方近くまで読んでいた。

 思いのほかミステリー小節が面白く、区切りをつけるタイミングを失ってしまったのだった。


「読み始めるのは今晩にすればよかったな」


 何も木曜日の昨日に夜更かしをすることはなかった。

 今日にしておけば明日が休みなので気兼ねなく読むことができただろうに。


(さっさと食べて昼寝でもしよ……)


 そう考えてパンを口いっぱいに押し込む。

 するといきなり部室のドアが開かれた。


「あれ、誰かいる?」


 電気のついている部室に入ってきて声を出したのは彩歌だった。

 パンをほおばっている蒼矢を見て奇怪そうに問いかけてくる。


「何してるの……?」


 もごもごしている蒼矢はすぐに答えられない。

 口の中のものをお茶で一気に流し込んだ。


「昼メシ食ってる」


 冷静ぶって答える。

 こんな姿を誰かに見られることなんて想像しておらず、内心ではひどくうろたえていた。

 それでも顔で「それが当然、何か問題でもありますか?」という態度を作ってみせた。


「え、部室で……1人で?」


 彩歌は純粋な疑問を口にしたのだろう。

 それがいっそう鋭く蒼矢の心に突き刺さってくる。


「そうだよ! 昼休みと放課後はいつも使ってんだよ」


 半ば切れ気味に蒼矢が返した。

 言ってから気づく。余計なことまでしゃべってしまったと。


「放課後? 放課後ってなに?」


 すかさず彩歌が掘り下げようとしてくる。

 蒼矢は誤魔化そうとテキトウに話を流そうとする。

 それでもしつこく迫ってくる彼女に根負けしてしぶしぶ答える。


「活動日じゃない日とかに、宿題とかしてる」

「ふ~ん……そうなんだ」


 せがんできた割にはずいぶんとシラケた反応だった。

 なんだか釈然としない蒼矢は新しくクリームパンを開けて一口かじる。

 それをゆっくり時間をかけて飲み込んでから問いかけた。


「で、コームズは何しに来たんだ?」

「そうそう、5限が体育だから体操服取りに来たんだった。昨日持って帰るのが面倒だから置いてったの」


 彩歌はそう言って部屋の隅にある物置台から手提げ袋を取り上げた。

 それから思い出したように蒼矢へ人差し指を向けてくる。


「あとコームズじゃなくて彩歌ね!」

「はいはい」


 蒼矢は生返事を返す。

 そんな彼に不満を募らせる彩歌は頬を膨らませながらも部屋を出ていった。

 ピシャリという音を最後に部室に静寂が訪れる。


「目ぇ覚めちまった……」


 そう言って蒼矢はまたクリームパンを小さくかじった。


◆◆◆


 生物部の活動日は月・水・木なので、金曜日の今日は休みの日だ。

 そういうわけで、蒼矢が放課後の部室で数学の教科書を広げてノートにシャーペンを走らせていると部室のドアが開かれる。


「またコームズか……」


 静かに入ってきた彩歌を見て蒼矢は愚痴っぽくこぼした。


「何よまたって。それと、彩歌ね!」


 彩歌が言葉を返す。

 しつこい呼称への指摘がいい加減億劫になった蒼矢はそれを無視して話を続ける。


「今度は何を取りに来たんだ?」

「別に」


 ドアを閉める彩歌は目も合わせずにそう言って、部室の中へ入ってくる。

 そして蒼矢の正面に腰掛けた。


「……なに?」


 蒼矢がその行動の意図を短く問いかける。


「私、今日このあと何もないから、ちょっとここで休ませて」

「それなら家で寝ればいいのに」

「家に帰るのもしんどいくらい眠いの! いいから、帰るときに起こして」


 そのまま彩歌は机に伏せてしまった。

 よほど疲れていたのか、すぐに「スゥ……スゥ……」と寝息をたてだす。


「はあ……」


 わざわざ異性のいる場で無防備な姿をさらす行為が蒼矢には理解できなかった。

 女子に対して苦手意識が強い蒼矢だけれど、こういう一面のある彩歌のことは特に苦手に思っていた。


(音楽科って女子ばっかりだから感覚がバグってるのか?)


 彩歌はたびたび男を惑わせるような言動をとる。

 半年ほど前に文楽が女子の制服の構造に興味を持った時なんかは、自分からスカートをたくし上げて中を見せてきた。

 もっともスカートの下には短パンを履くようになっていたので何も問題はなかったのだが。


(そういう問題じゃないだろ……)


 ロリコンの文楽は平然としていたが、蒼矢はそうではなかった。

 女子の際どい行為を目の当たりにして、大変気まずくなったものだ。


「勉強! 勉強に集中しよ」


 余計なことを考えていると変に意識してしまいかねない。

 蒼矢は教科書に目を落とし再びシャーペンを走らせていく。

 だがそれも長くは続かなかった。


「ふ……ぁあ…………」


 昼休みに眠れなかった反動だろうか。

 眼前で眠る彩歌に誘われるように、蒼矢の意識もまた闇へと落ちていくのだった。

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