テストと打ち上げ②

キッチンに行って材料を並べる。

横には準備万端の静香がニコニコと立っている。そういえば母さんも俺と料理をするときにこうやってニコニコと笑っていた。

何事も一人でやるより二人でやったほうが楽しい。一人で料理をするようになって、静香が手伝ってくれるようになって、尚更そう思うようになった。

「私は何をすればいいですか?」

顔を近づけてくる静香の大きな目に視線が奪われる。さり気ない上目遣いと距離感。そのあざとすぎる仕草にドキっとする。これは不味いと目線を材料に移す。

「ミートボールのタネ作りとピザかな。ピザのソースは俺が作るし、タネの味付けも俺がするから大丈夫。先ずはいつも通りメモしてくれたらいいから。」

「わかりました!」

そう言って少し距離が開き、胸を撫で下ろす。

一息ついて手元に集中する。

玉ねぎとニンニクをみじん切りにしてボールに入れる。そのボールの中に卵、小麦粉、塩、粗挽き胡椒、粉チーズ、挽肉を入れる。

「これを捏ねればOK。捏ねる前に先にピザのソースを作るね。」

こくこくと静香が頷く。

ホールトマト缶を開ける。

「トマト缶を開ける時は必ず俺を頼ってほしい。触るところによっては手が切れる事があるからね。君の綺麗な手が切れたら困る。」

「わ、分かりました。」

真っ赤な顔で頷く。無意識に発した言葉だったが、自分の言ったことを心の中で反芻して俺の顔も熱くなる。

「えっと、ソースは簡単だ。危ないからトマトはボールに入れて手で潰す。鍋に開けたらさっき余分に切っといたニンニクと味を整える塩。後は焦げないように煮詰める。大体水分が半分になるくらいだ。」

真面目な顔でカリカリと書いているメモを覗き込む。作り方がしっかりメモをされていた。大丈夫そうだと視線を上げると目が合い、見つめ合う。耐え切れず視線を落としてばっと離れた。ダメだ。無意識にやってる事が全部裏目になってる。

「そんなに慌てなくても…。」

少ししゅんとされてしまって慌てる。

「いや、君があまりに綺麗だから…!」

行動だけではなく口から出るのも失言ばかり。全く冷静になれない。

俺の言葉に赤らめた頬を指でかくとハニカム。その仕草さえドストライクでおかしくなりそうだった。

「なら、許してあげます。意識してくれたなら貴方の為にオシャレしている甲斐もありますので…。」

これはもうダメかもしれない。こんなに異性を意識したのは初恋のあの子以来だ。

精神が揺さぶられる感覚。とても冷静ではいられない。特にこの子の匂いは頭がクラクラとしてしまう。今は香水をつけていない。純粋な彼女の匂いがまるで毒のように思考を鈍らせる。頭を振る。よしと気合を入れる。失敗する前に別作業にしよう。

「俺はソースを煮詰めるから、タネをお願いしていいかな。」

「はい。分かりました。」

背中合わせで作業をする。少し距離が出来て一息つく。すると後ろからふふっと聞こえてくる。

「どうしたの?」

背中越しに声をかける。

「幸せだなって…。こうしていると夫婦みたいじゃないですか?いっその事ルームシェアをしてもいいと思います。」

それは流石に良くない。静香は着替える時は自分の部屋に一度戻る。

だから今のところそういうハプニングは無いけれど、一緒に生活すれば危険性が増す。そして理性が崩壊するだろう。

「今はダメだよ。君のご両親に挨拶をして、ちゃんと結婚を前提に付き合って、責任が取れる年齢になったらそういうのも良いかもしれない。」

本音が漏れる。俺だって彼女の事は好きだ。関係が進めば更に進めたくもなる。でもそれは今ではない。

「本当ですか!?」

大きな声にビクッと肩が跳ねる。恐る恐る振り向く。俺の顔を覗き込むように見つめる綺麗な目と目が合う。

ビニール製の手袋をとって一歩近づいてくると、キスするような距離感まで顔が近づく。

そして両手でホールドされる。顔が近いせいか、彼女の顔も赤く染まる。その顔から全く目が離せない。

「本当ですか?」

「あ、うん。嘘は言わない。」

耳まで真っ赤になった顔がゆっくりと離れていく。

「言質…取りましたよ?」

こくこくと頷く。ぐつぐつという音で目線を戻す。静香が離れるのが分かった。あ、危なかった。ファーストキスを奪われるかと思った。いやそういう話じゃない。何今の!

千紗!光輝!早く来い!

チラリとリビングに目を向けるとソファーで寝ている亜美が目に入った。うん。お兄ちゃん、そんな気はしていたよ。

腕時計を見る。17時。今頃部活は終わった頃だ。つまりまだ来ない。心臓がうるさい。

「智己くん。」

ビクッと肩が跳ねる。

はっとソースに目を落とすと、水気が飛んで煮込みすぎてることに気づく。火を止める。大丈夫。焦げてはいない。使える。

安心してため息をついて。振り向くと静香がボールを持って近づいてくる。

「どうですか?」

覗き込む。見た目は問題なし。ビニール製の手袋をつけて触る。

「うん。大丈夫。良く出来てるよ。」

手袋のしていない手で撫でると、すりすりと擦り寄ってくる。このまま続ける事は不可能だった。

「タネを寝かせたいから休憩しよっか。」

それっぽい嘘をつく。別にこのままでも出来る。静香は首を傾げた後にこくりと頷いた。


冷静になる為に亜美を眺める。

いつも通り可愛い。俺の体に寄り添うように静香が座る。ちらりと見ると亜美の顔を眺めている。聖母のような優しい目だ。

氷の姫…か。付けたやつは見る目がない。

ピンポーンとチャイムが鳴る。やっと来たかと立ち上がって二人を迎え入れた。

「ただいまー!アレ?ちょっとやつれた?ははーん。搾り取られちゃった?」

何がとは言わないが帰ってすぐに下ネタとは…。いや通常運転か。光輝は苦笑しながらただいまと言う。

「おかえり二人とも。無事で何より。」

迎え入れてリビングに入ると静香が微笑む。

その手は眠った亜美に握られている。アレは離せないやつだと俺もよく知っている。

今がチャンスではある。だけど静香と料理をするのが好きなのも事実だ。

だから静香の横に座った。

完敗だ。こうなったら慣れよう。そうしないと話が進まない。空いてる方の手に自分手を重ねて寄り添う。肩に体重がかかる。

そんな俺達を二人は苦笑して眺めていた。


18時を回ったあたりで亜美を起こす。そしてまた二人でキッチンに立つ。

慣れると決めたらさっきよりはマシだ。

いや嘘だ。心臓はうるさい。だけど彼女の顔をちゃんと見れるようになった。

綺麗な整った顔。少しだけ赤らんだ頬でハニカム顔はとても可愛い。

彼女を後ろから抱きしめながらピザの上にソースを塗る。水分が多いと少し水っぽくなるので塗りすぎず、少なすぎずの塩梅にしなければならない。彼女の柔らかい感触に心臓はドキドキと高鳴る。塗り終わって離れる直前に頬に暖かく柔らかい感触が触れる。ちゅっとリップ音がして固まる。

「イタズラです。」

微笑む彼女から離れる。ぽんぽんと優しく頭を軽く叩いてチーズを取る。動揺してたら先に進まない。

「手でちぎったらバランスよくばら撒いて、後はバジルを乗せる。」

事前に半分に切っておいたミニトマトを取る。

「後はミニトマトをばら撒く。」

「智己くん、怒っちゃいました?」

彼女の目が不安げに揺れる。頬をかいて顔を近づける。そして彼女の頬にキスをした。

俺からするのはこれが初めてだった。

彼女の顔が一瞬で真っ赤になる。ぼぅっと俺を見る目が熱を帯びる。自分ではいいけどやられるのは無理らしい。

「お返し…。」

恥ずい。頬をかいて背中を向けるとぴーっと予熱の終わったオーブンが音を立てて、ビクッと肩が跳ねる。

ピザをオーブンに入れて時間を設定する。

会話はなく肩の当たる距離で二人でスイッチを入れた。

「いいねぇ…。匂うねぇ…。熱いねぇ…!」

後ろから声がして二人でビクッとなる。

そこにはニヤニヤとこちらを見る千紗がいた。

見られていたらしい。

「見物料取るよ?(取りますよ?)」

声が被る。俺達は顔を合わせて思わず笑う。

「ラブコメの匂いがした!安心して?撮影はしてないよ?」

「何も安心できない。」

「そうですね。」

「ははは!ご飯期待してるよ!」

そう言って千紗はパタパタとリビングに戻って行く。俺たちは苦笑して残りの料理に取り掛かるのだった。

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