第3話

 Kの指定した店は三条大橋の近くにある、鴨川の流れを見下ろせる店だった。

 川の流れは夕日で赤く染まり、橋には多くの人が行き交っている。三条大橋は四条河原町エリアへの出入り口の一つでもあるため、歓楽街に出入りする人が往来しているのだ。

 Aは少し酔いが回った頭でその様子をちらりと見て、「このうち何人が今宵燃えるのだろう」と思った。

「火人間発生の原因は何だと思う?」

 Kからの突然の質問だった。先程まで大学時代の会話などで盛り上がっていたので、義務教育で習うようなことを何故突然確認してきたのかとAは疑問に思った。

「一般的には……」

 だが、何かしらの意図があるのだろうと考えて、Aは話し始めた。

「中田・シュトレーゼマンの理論で説明できる。すなわち、感情がある一定の基準から外れることに起因して、副腎皮質から異常ホルモン『moeruyo』が発生し、そのホルモンの増加により発火するとされている。そして、ここ●●年で急激に火人間発生が増加したのは、人類という種族全体が、長年にわたり感情をその基準から外すことを誘発するような創作物に触れたことで、そのホルモンを多量に発生させるように脳が変質したことが挙げられる。だから、法令で創作にも制限がかかっている」

「ありがとう。その理論の7割は合っている」

「7割?」

 AはKの言葉に首をかしげた。

「そう、7割。知っての通り、君たちほどじゃないとしても、情報に対して僕たち医師は通常の人より強いアクセス権限がある。それでも小さな情報だ。しかし、気づきにはなった。もっとも、僕だけだったら、リスクを考えて実行しようとは思わなかったが……」

 Kは少しの間、口を閉じてからAを見据える。

「正義のためには、真実を明らかにすべきだと思わないか?」

「協会が説く理論に疑問を持つというのか。それ自体が叛逆行為だ」

「君からそんな言葉が出るとは。君は本質的には正義に殉ずると思っていたが……」

「俺は何も変わっちゃいない。正義には殉ずる。協会こそが正義なのだから」


 店から出て、Kの後ろ姿を見ながら、Aは彼の言った、「もっとも、僕だけだったら、リスクを考えて実行しようとは思わなかったが」という言葉を頭の中で反芻し、自分の中で燃える火の勢いが増していくのを感じた。

 Aは今脳に浮かんだ言葉を発しなければ、破滅的なことは何も起こらず、自分自身が今まで通り幻想の中で生きられることを理解していた。しかし、欲望を抑えるには、彼の火は大きすぎた。

「Xの調子はどうだ」

 Aの言葉にKは振り返る。

「元気だよ。そして、彼女もこの計画に賛成している」

 Kは少し大きな声でそれだけ言うと、再びAに背を向けて歩き出す。

 彼の後ろ姿を見ながら、予想通りにAは増幅する火を感じていた。

(すべては協会のために。人類のために)

 彼はスーツのポケットから、指令の書かれた紙を取り出してじっと見た。

 彼の脳内では、本部で見た黒い火に包まれる男の姿が渦巻いていた。

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