第7話 それ以上いけない

 それから新しいPTメンバーのお披露目配信兼、お手並み拝見ということで八雲と華苑は千葉みなとダンジョンに潜ることになった。


 千葉みなとダンジョンは海沿いにあるポートタワー近くの寂れた公園内に存在しており、二次元迷宮に分類されている。港近くのダンジョンにありがちな大型船に乗り、襲撃してくる海洋系モンスターを撃退しながら一定数の魚を納品することで階層を進めていく形だ。


 千葉みなとダンジョンにはさほど人件費をかけられていないので、地域のボランティアによって受付業務は運用されている。なので長い金髪をたなびかせている華苑にはおばちゃんも目を丸くしながら、ダンジョン内でドロップしたものは受付で全て納品して換金されることなどの注意事項を伝えた。


 そして海沿いにある祠に入り0階層に転移した華苑は、ダンジョンに入る前の設定欄を確認した後に八雲へ視線を向ける。



「ここは2.2次元ですか。やはり東京とは違いますわね」

「千葉の場合は主要な場所以外2,2付近で止めてるところが多いですね。痛覚無効の状態で三次元モンスターを狩って素材納品したい人が多いので」



 そんな八雲の補足に華苑はふんふんと頷きながら普段通りの設定を済ませ、ゆったりとしたワンピースの服装からモノトーンを基調としたドレスに一瞬で切り替えた。アクセントとして紫のマントも付けたその服装は稲星華苑が配信で着る正衣装である。


 完全制覇されていた丸の内ダンジョンは2.0であるが、二次元迷宮の中でも2.1、2.2、2.3といった具合でグラデーションが存在し、それに応じてダンジョン内で出来ることが変わる。


 基本的に2.3以下であればプレイヤーの痛覚無効が設定可能であり、ダンジョン配信もつつがなく行える。2.4になると配信の画質が落ちてタイムラグが発生するようになり、2.5では自前で通信環境を整え通信基地を設置しなければならなくなる。


 そして2.6からは三次元迷宮に分類され、そこから3.0に近づくにつれてダンジョンの構造はより現実へと回帰する。



「それでは配信の挨拶をしてから1階層に向かいます。八雲様もよろしいですか?」



 二次元迷宮用に服装を整えた彼女と違い、軍服のような高校の制服を着用したままである八雲は静かに頷く。



「大丈夫です。船酔い無効の設定は問題ないですか?」

「問題ありません。それではオラクルも起動いたしますね、んんっ」



 お嬢様らしく髪型を巻いてリメイクしている華苑は一つ咳払いをした後、その一つ目を開けて配信を開始したオラクルと視線を合わせて元気に挨拶した。



「皆さまとどろけー!! 稲星財閥第三令嬢の稲星華苑ですわー!! 本日は私の新しいPTメンバーの八雲様との顔合わせをしながら、千葉みなとダンジョンを攻略いたしますわよー!!」

『とどろけー』

『はいとどろけー』

『とどろー』



 華苑の配信特有の挨拶と共に配信前待機していたリスナーからのコメントを、金色のオラクルがホログラムを用いて彼女が見やすい位置に表示する。その重課金ぶりが窺える金色の見た目通り性能もピカイチのようで、コメントの総意を読み取って作られる目の表情は柔らかい。



「さて八雲様! 千葉みなとダンジョンはどういったものなのでしょうか?」

「……港のダンジョンによくある、一定数の魚を獲ることで階層を進めるものですね。1階層から漁船に乗って魚を獲りつつ、モンスターからの襲撃にも備えます」

「それなら私も配信で見たことがありますわ! いかだで海を放浪してフックで物資を集めてだんだん強化していくやつですわよね!」

「そこまでメジャーなものではないですね。取り敢えず行ってみましょうか」

「わかりましたわー!」



 配信が始まってからはテンションが三割増しになった華苑の変化に尻込みしつつ、八雲も設定を完了することで白い空間が壊れて1階層へと着地する。


 二人が乗せられたのは巨大な漁船そのものであり、既に港を出発し大海原に漕ぎだしたところだった。その港からはこちらを見送るように人型のアバターが手を振っている。


 十数人乗組員がいても問題なさそうな大きさのある漁船の屋根には魚群探知機がプロペラのように回り、操縦室のレーダーに魚がいる場所を示していた。漁船は自動操縦でそこを目指して進み、開拓者たちはそのスポットで釣竿や網などを駆使して一定数の魚を水槽に納品する必要がある。



「おー! こういった二次元迷宮に潜るのは初めてです! 操縦室を見てもよろしいですか?」

「どうぞ」

「こういうのは本当にあるのですわね!!」

「今は自動操縦モードなので好きに動かしても大丈夫です」

「丁度ぐるぐるしてみたいところでしたわー!!」



 それから華苑は操縦席にある丸いハンドルの舵輪だりんを楽しそうにカラカラと回したり、色々なスイッチをオラクルに映しながら目を輝かせていた。そうしている内に魚群のあるスポットに到着したので八雲は備え付きの釣竿を彼女に手渡す。



「釣りやすいスポットに漁船がマークを付けてくれるので、そこに向かってルアーを投げて下さい。こんな感じです」

「えいっ」



 竿を寝かせたまま後ろに持っていき斜めに振り被って投げた八雲に習い、華苑も同じようにして投げた。するとしゅるしゅるとリールが伸びてルアーがスポットに収まった。



「引いたらハンドルを巻いて釣って下さい。それを船内に落とせば納品扱いになるので、どんどん釣っていきましょう」

「わかりましたわー! おっ! 早速来ましたわよ皆さま!!」



 それから華苑は時折オラクルを見てコメントと談笑しながらもハゼ、キス、カレイなどの魚を続々と釣り上げた。その戦果を実際に両手で持って破顔している彼女の傍ら、八雲も慣れた手つきでひょいひょい釣り上げる。


 基本的に2階層までは釣竿で納品ノルマは達成できるが、3階層からは船の設備である網を使って本格的な漁をするのがセオリーとなる。その他にもサハギンの海賊船をこちらから襲撃するなど攻略法はあるが、今日はそもそもそこまで潜りはしないので釣竿だけで問題ないだろう。



「あと何匹かで1階層のノルマはクリアです」

「もうですの? 意外と軽いものですね!」

「あとはモンスターの襲撃を退ければ2階層に進めますね」



 八雲が千葉みなとダンジョンについての説明をしている最中、船の明かりから赤色のサイレンが鳴った。漁船が旋回を始めた横合いから物凄い勢いで泳いできている、半魚人であるサハギンの群れ。



「サハギンですわね。東京のダンジョンでも見かけます。では私からお披露目といきましょう。撃ち漏らしたものは八雲様にお任せします」



 そう言って華苑が魔袋代わりのオラクルから取り出したるは、雷を表すように刺々しい杖。ジョブとしては魔導士である彼女は海を泳ぎ近づいてくるサハギンに杖を向けた後、はてと首を傾げる。



「……そういえば、二次元迷宮とはいえ海に向かって電気を撃ってもよろしいのでしょうかね?」

「三次元迷宮でなければ漁法にはあたらないので問題はありませんね。千葉みなとダンジョンでも3階層では魔導士が派手にぶっ放してノルマを納めたりしてますが……一応止めておきましょうか」



 水中に電流を流してする漁法は各都道府県の規則により禁止漁法となっているが、二次元迷宮内ではそもそも納品した魚を持ち帰ることが不可能なので漁にはあたらず、環境破壊も起きない。



「なるほど。……コメントを見る限り確かに問題はなさそうですが、念のため止めておきましょうか」

「では船に上がってきたら俺が片付けてます。後ろから雷以外の魔法で援護をお願いできますか」

「わかりました」



 先ほどまでのはっちゃけお嬢様具合とは打って変わって常識人のような対応を見せた彼女に、金色のオラクルは素のお姿きちゃあと大盛り上がりだった。

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