解決編1-3

「つまり、部屋で火災が発生している状況かつ冷房はついていなかった。そのときに大庭博士が部屋に戻ってくると殺害されたということか」


「その通りです、登松刑事。ただ、ここで冷房を切ることには二つの意味がありました。一つは、大庭博士を部屋から出すため。部屋には冷房の他に体を冷やすことができるようなものは存在しません。なら、早急に解決するためには部屋から出るのが早いです。おそらく、向かった先は一階ではないですかね。所員さんになんとか冷房を直してもらおうとしたはずです」


「確かに、大庭博士はこちらにきて冷房を直してくれと言っていましたね。ただ、僕たちも忙しかったので後にしますと言いましたけど」


 そう井野さんが証言してくれた。これで、大庭博士が部屋を出てから戻ってくるということが証明された。


「じゃあ、もう一つの理由は?」


「もう一つの理由は、部屋を密閉状態に保つためです。冷房は配管を通して空気を循環させる効果もあります。また、それまで冷房を使っていたのでおそらく窓を閉め切っていたんでしょう。これで、完璧とはいえないまでも空気の循環がかなり少ない部屋が完成します」


 それがどういうことにつながるのか、ここで勘のいいひとならば気づくかもしれない。そう、密閉状態の部屋に入ったことで大庭博士は吹き飛ばされて亡くなったのだ。


「そう、有名なバックドラフト現象です。犯人は意図的にバックドラフト現象が発生するように仕組んで大庭博士を殺害したんです」


 バックドラフトは名前だけが先行して有名な現象ではあるが、実態はとても恐ろしい。燻っていた炎が勢いを増して襲い掛かってくるような現象だ。


「ああ、確かに大庭さんは特に体の前方には損傷が目立っていましたね」


 岩塚さんに言われると、私もその遺体を思い出した。確かに、顔はやけただれて体型から大庭博士だと判断したけれど、閉鎖した環境でなければ身元の確認はスムーズにはいかなかっただろう。


「でも、大庭博士は部屋の中で火災が発生しているとは気が付かなかったのか?」


 確かにそうだ。近隣住民が遠くから見ても白い煙が立ち上っているとわかるほどなのだから大庭博士が異変を感じて避難してもおかしくない。


「ここの建物はすべて、金属製のドアでできています。もちろん、ドアと壁の隙間にはわずかに隙間が空いていますから普通はそこから空気が漏れるはずです。しかし、中で発生していたのは火災。金属は熱を通す性質と共に、熱によって膨張するという性質も持ち合わせている。熱によって膨張した金属製のドアがそのわずかな隙間をふさいだせいでより完璧な密閉状態を、そしてより確実に大庭博士を殺害する殺人装置が完成したんですよ」


「殺人装置……」


 私の表現に甲斐博士は言葉を失っていた。確かに、言い方はいろいろとあったが準備さえしておけば後は人の命を奪うだけのものを殺人装置以外で表現する言葉が思いつかなった。


「犯人の流れとしてはこうですね。まず、大庭博士の部屋にある冷房を停止させる。これで、大庭博士を外に出して、その部屋に放火します。そしてドアを閉め切ると密閉状態となった炎は不完全燃焼し、部屋の中には大量の一酸化炭素が充満します。そうとは知らずに部屋へと戻ってきた大庭博士。何も気が付かずにドアを開きます。おそらく、ドアノブには細工がしてあって熱を通さない素材に変えていたんでしょう。それも、爆発で証拠は消される。これも、完璧なロジックです」


「でも、それなら冷房を消すことのできた人物が犯人だということか?」


 登松刑事が自信満々に言う。しかし、それは間違いだ。確かに、冷房を消した人間が犯人ではあるが、そこで絞り込むことはできない。


「基本的にホテルや学校などでは冷房は部屋ごとの管理と一元管理の二つのシステムで冷房をつけたり消したりすることができます。それは、大学教授を務めている方ならご存じでしょう。ならば、所員の方でなくても一元管理してある冷房システムから大庭博士の部屋だけスイッチを切ることはできます。ここでも、犯人の絞り込みはできません」


 大庭博士の殺害時点でアリバイは存在しておらず、そのせいで放火をした時からも犯人を絞り込むことはできない。しかし、それは火野博士を殺害したトリックから明らかになる。


「そして、最後に残った火野博士を殺害したトリックです」


 そこで私は一度、ペットボトルに入った水を喉へ流し込んだ。ずっと話していたせいで、喉はからからに乾いている。


 ちらりと犯人の表情を窺うが、いたって冷静だ。


「では、続けます。最後に残った火野博士を殺害した方法ですね。犯人はこの火野博士を殺害することに他の二人よりも強い感情があったことがわかります」


「なら、火野博士殺しで全てがわかったというのか?」


「その通りです。あのトリックのみ、最初から計画されて綿密な準備をする必要があります。逆に言えば、それができる人に限りがあります。まずは、その用いられたトリックを説明するので、とりあえずは遺体が発見された現場に行ってみましょう」


 私は部屋にいる全員を連れて、研究室へと向かった。研究室は警察によってしっかりと片付けられており、全員がスムーズに部屋へと入ることができた。


「まず、状況の確認です。事件が発生した時刻が正確にはわかりませんが最後に目撃をされたのが、井野さんのおよそ五時五十分。そして、火野博士の遺体が発見されたのがこれも井野さんに七時半頃。その間が約一時間半ほど」


 そこまで言うと、またしても井野さんに対しての視線が厳しくなる。ただ、ここまで完璧に犯行をやり遂げた犯人が最も疑われる第一発見者になるとは思えない。


「まあ、落ち着いてください。話を戻します。火野博士の遺体を発見した井野さんがあげた悲鳴を聞いて、私と副島さんがそこへと合流。岩塚さんが通りかかったので、井野さんを食堂まで連れて行くように副島さんが指示を出してから私たちは火野博士がいる研究室へと向かいました。そして、火野博士の遺体を確認してから食堂へと戻りました」


 ここからは、警察以外の全員が知っていることだ。それから、全員で列を作って火野博士の遺体を確認するために向かうと不知火を見つけた。


「ここでまずポイントになるのが牛の剥製です」


「牛の剥製か、あれはいわゆるダイイングメッセージだったのか?」


 長岡博士は意外とこういうミステリ系の話にも詳しいらしい。なんだか、フィクションは全て見ないというくらい嫌っているのかと思っていた。


「違います。私たちもそれを考えましたが、次に思いついたのがファラリスの牡牛です。みなさんは、ご存じですか?」


「ファラリスの牡牛?」


 その反応は私が初めてその言葉を聞いた時と全く同じだった。普通に生活していればなかなか聞くことはない。


「ええ、古代ギリシアで発明された拷問道具です。中に空洞のある牛型の像で、胴体部分に人が入る扉がついているそうです。そこに罪人を入れてふたを閉めて、下から火で炙る」


「そんなひどいことを考えることができるんですか」


 説明の途中で、岩塚さんが恐怖にひきつった顔を見せる。


「そうです。中は恐ろしいほどの高温と熱せられた空気によって、この世に生み出された煉獄と化します。そこで罪人は空気を吸おうと像の中に設置された管を口につけますが、そこも熱せられているために息を吸う事もまともにできません」


 誰もが、だんだんとその恐ろしさを理解して場は凍り付いていく。岩塚さんは特に、顔がさーっと青ざめていた。


「そして、その管から発せられる叫び声が、管の構造によってまるで牛が鳴くようだったという記述があります。また、この拷問器具の最初の犠牲者はペリロスという人物だったそうです。この人がファラリスの牡牛を発明した人物なんですけど」


 これも上手く考えられたものだ。もしもファラリスの牡牛から着想を得たなら、探偵役は拷問器具という意識から逃れられなくなる。


 そもそも拷問器具というのは生きた囚人を苦しめながら殺害することで見せしめとし、それに続く罪人を出さないようにするためのものだ。つまり、拷問を受ける相手は生きた人間である。無意識のうちに火野博士が生きた状態で焼かれた事を前提に考えてしてしまうように誘導されていた。そこが間違いだった。

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