解決編1-2
「その通りです登松刑事。しかし、これだけではここの窓から目視できるほど大きな炎はあがりません。おそらく、石油でも混ぜたんでしょうね。それを、適当な人間に金でも掴ませて海に撒かせたんでしょ」
そう、ここで疑問になってくるのはなぜここまでのことをして不知火を発生させたのかということだ。正直、手間で言えば西野博士を殺害したトリックよりもよっぽど手が凝っている。
「それは私たちへ無意識のうちにこう考えさせたかったんです。この殺人は不知火の伝承によるものか、もしくはそれになぞらえたもの。つまりは、被害者たちの死因がすべて焼死であると」
「思わせたかったって、みんな死因は焼死なんだから意味はないんじゃ?」
副島さんの疑問はもっともだった。しかし、それが犯人の思惑どおりに操られている。それが、最も大きなトリックであり、一連の事件において焼死と誤認させることで警察を攪乱した。
「次にそれぞれの殺人事件について、まずは最も完璧なロジックを用いた犯行である西野博士を殺害したやり方から。西野博士が亡くなった状況を簡単にではありますが振り返ります。時刻は夜で、ほとんどの人が自室にいる状態でした。そんな中で、まずは皆さんの部屋でスプリンクラーが作動したと思います。その時に、皆さんは火災だと思ってとりあえず状況の確認をしようと部屋を出た」
これは当然の行動だ。私も開放型スプリンクラーの仕組みを知らなかったけど同じように行動している。スプリンクラーが作動して、自室で何も起こっていないということは建物内のどこかで火災が発生したと考えるのが必然だ。
「その次の瞬間に、爆発音が響き渡ります。みなさん、怯えながら慌てて音のした方へと向かいました。そこには遺体となった西野博士がいた。その体は爆発のせいか体の部分部分が吹き飛び、とても見ていられるものではありませんでした」
これが事件発生前後、五分ほどの流れである。
しかし、この考え方ではこの事件は解決できない。発想の転換が必要である。
「新見博士。あなたなら西野博士はどういう風に亡くなられたと思いますか?」
「そうですね。おそらく、犯人の仕込んだ爆発物が元々、部屋の中にあってそれに引火してドカン! じゃないんですか?」
その理論は、当然だろう。まあ、普通はそう考える。
「実はその考え方が間違いなんですよ。長岡博士、開放型スプリンクラーの説明をしてくれませんか?」
私が長岡博士の目を見て言うと、長岡博士は面倒くさそうに話を始めた。
「こういう研究所や倉庫などでは、火の手が広がるのを防ぐために火災が発生すると決められた区間内でスプリンクラーが作動して水が放出されることになっている」
「そうですよね。それが鍵なんです」
私の言葉に全員が首を傾げた。私はそれを取り繕うように話を続ける。
「犯人はスプリンクラーを利用して火を発生させたんです。そして、それが爆発物に引火してドカン!」
私がドカンの部分を強めて言うと、副島さんは背をビクンと震わせた。
「どういうことだ? スプリンクラーはどちらかと言えば火災が広がらないようにするための機械なんだが」
そうだ。犯人はその先入観を利用した。
これは、常識を疑うことが始めなければ解けないトリック。しかし、その常識を疑える人間は天才と呼ばれる。そんな人間がぞろぞろいるわけではない。探偵さんがこの事件にかかわってくれたのは幸運だっただろう。
「確かに、新見博士が言ったとおりです。スプリンクラーの役目は火災を感知してその広がりを防止するためです。最も簡単に言えば、火災発生からスプリンクラーの作動というのが普通の順番ですね。ですが、今回は違います。西野博士が殺害した時に起きたのは、火災感知器が作動してスプリンクラーが作動。そして、それによって西野博士の部屋で火災が発生。それが引火して爆発したという流れになります」
「ん? どういうことですか。火災は二度、発生したんですか?」
岩塚さんが的確な質問をしてきた。
「そうです。その通りです。しかし、一度目の火災は決して火災とまで言えるようなものではありません。犯人の行動は、まず自室にて火災を感知させる。警察の方々に調べていただいたところ、ここの研究所に設置されている火災感知器は定温式スポット型です。これは火災感知器の周りで温度が上昇すると、作動するシステムになっています。つまりは、火災など発生させなくても例えばライターなどを近づけることで火災感知器を意図的に起動し、スプリンクラーを区間内で作動させることができます」
部屋にいる全員が、私がそれまでにした説明には納得していた。しかし、納得すれば新しい疑問が生まれてくる。
「でも、スプリンクラーを作動させることがどうして西野博士の部屋で火災を起こすことにつながるんですか?」
井野さんがそんな疑問を漏らした。私はそれに答える。
「そこで、先ほど説明した禁水性物質が再び出てきます。手軽なものとしては乾燥材や駅弁の発熱材などに用いられる生石灰ですね。犯人はこれを利用しました。この研究所にある物質を使えば、知識さえあれば容易に作り出せますから」
「でも、それだけでは西野博士を殺害することには至らないと思うんですけども」
「そうです。そこでもう一工夫。部屋の上部に集まるように爆発性のガスを撒いておけばいいんですよ。条件としては空気よりも軽いこと。空気のモル数が二十九なのでそれ以下である必要がありますね。条件を満たすのは水素、メタンあたりでしょうか」
このあたりから、向けられる視線が明らかに変化していった。
「なるほど、それに引火すると爆発が起こりますね」
「そうです。実際に西野博士の遺体は体の上部に損傷が激しかった。つまり、部屋の上部で爆発が起こったことが推測できます。しかし、よく考えられたトリックです。犯人が西野博士を殺害するときに行ったことと言えば、自室でライターを火災感知器に近づけるだけ。これなら、誰のアリバイも意味を成さない」
「じゃあ、この犯行から犯人を推測することは?」
甲斐博士が私に聞く。きっと、予想はついているのだろう。
「不可能ですね。犯人は、自分を容疑者の圏内から逃がすよりも全員を容疑者にする状況を作り出した。現実的に考えて、これが最も現実的な完全犯罪のやり方です」
「続いて、大庭博士を殺害したトリックです。流れとしては突然、大庭博士の部屋で爆発が起こりました。それを聞いて駆けつけると大庭博士の部屋からは黒煙が立ち上っていました。それのせいで私たちは現場に近づくことはできませんでした。それは、およそ五分から十分ほどかかっていたように思います。ただ、実はここに新たな証言が加わりました。どうやら、煙自体はその二十分ほど前からずっと部屋から立ち上っていたらしいんです。これは、近隣住民の方による証言ですね」
近隣住民とは言ってもかなり研究所からは距離があるので、副島さんたちも顔を知らない相手だろう。
「どういうことだ? 大庭博士が殺害される前の段階ですでに火災は発生していたというのか。なら、どうして誰もそれに気が付かない?」
「そうですね。そして、大庭博士の部屋でもう一つ不自然な点がありました。なぜかわかりませんが、大庭博士の部屋では冷房が切れていました。それが、大庭博士が亡くなる三十分ほど前の事です。この暑さで冷房も効いていない部屋にいるのはあまりにも不自然です。なら、考えられることは一つ。大庭博士が部屋の前で亡くなっていたことも踏まえると、部屋に戻ってきた瞬間に死亡したと思うのが自然です」
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