第6話
次の日は休みだったので、家に帰って思う存分泣いてそのまま寝た。翌朝起きたときには両目が腫れぼったく、加えてこすりすぎて痛かった。意外と強い自分の独占欲に少し引いてしまったが、なんだかすっきりしていた。あんな一方的に詰め寄るような醜態を晒してしまったことを思い出すと身もだえしてしまうが、仕方ない。もともと人間関係不器用だから、と自分に言い訳をする。でも、結婚や出産で今まで通り会わなくなった友人たちにあんなみっともなく縋り付いた覚えはないから、私にとって斎藤さんはずいぶん特別だったように思える。自分で引いてしまった線引きだけど、彼氏を理由に徐々に会わなくなるのは耐えられなかった。
食べて寝て顔のマッサージをして湯船につかる。そうすると心も目の腫れもどうにか落ち着いた。休み明けの出勤日は何食わぬ顔で出勤することができた。昨日買ってしまった煙草を吸いつつ、与えられた仕事に邁進していると勝手に月日が流れていく。
「先輩、なんか急に仕事に生き始めた様子ですが大丈夫ですか?」
後輩に心配されながらも、私は楽しかった日々を忘れるようにバリバリ働いた。自然と残業も増え、上司に帰らされた時は家と反対方向の飲食店に寄って帰る。万が一にも斉藤さんと鉢合わせしたくなかった。必死に避けていると、いつの間にか優先順位が下がる。出勤してるか気にすることもやめて、彼女のいる島に目を向けないと決めた。目が合わないとか思っていたのは、私が彼女を見つめすぎてたのだとわかった。
年末に向け、また忙しくなってきた。そんな時だった。出社して朝礼、いつも通り自分の席へ戻る途中に掲示板が目に入る。変色した紙に混じり。新しい紙が貼りだされていた。そこには彼女の名前と、月末付で退職するという文字が書かれていた。
「えっ」
小さく漏れ出た声は、誰にも聞かれなかったようだ。久しぶりに彼女のいるはずの島へ目を向ける。整えられた茶色の髪はどこにも無い。彼女の席に近づくと、そこには誰も座っていない。しかし、まだ私物があった。いくつかの文房具と、かわいらしい薄ピンクのマグカップ。斉藤なんてこの会社に何名もいるはず。たまたま名前が同じだけ。心の中で自分に言い聞かせる。
「あれ吉野さん。どうしました?」
「いや、あの」
部長から急に声をかけられ、返答につまる。席を確認できたし、早く自分の席に戻ってきた仕事を始めなければ。
「吉野さん、斉藤さんと仲良かったっけ?彼女退職が決まったのに無断欠勤が続いてて、机の片付け進んでないんだ。もしおうち知っているなら持って行ってあげてほしいんだけれど」
逃げるまもなく、希望的観測は瞬く間に打ち砕かれた。やはり辞めるのは斉藤さんなんだ。私、何も言われてない。仲良かったと思うけど、私が一方的に関係を断ちました。無断欠勤?彼女が?何故?
「わかりました。今日顔だしてみます」
「ほんとう?助かるよありがとう」
部長は笑顔で去って行った。私はしばらく動けなかった。
「あなた、吉野さん?斉藤さんと仲いいの?」
「え、はい一応……」
斉藤さんの隣の席に座る女性に声をかけられ我に返る。たしか、最近産休に入る職員の穴埋めで入った派遣さんだ。名札には『桐田』と書かれている。
「彼女、ご病気だったのかしら?」
一度も会話したことの無い人と、その場にいない斉藤さんの話をするのは気が引けたが情報が欲しかった。
「そういう話は聞いてないですね。調子悪そうでしたか?」
「ちょっと前から見てられないくらい痩せてたでしょう?おしゃれさんだったのに服装も適当になっていて、心配だったのよ」
知らなかった。ショックだった。扱う仕事は違っても、同じ部署に居たのに、全く気が付かなかった。桐田に顔色を心配されながら席に戻る。いつの間にか終業時間になっていた。記憶は無いが、仕事は終わらせているようだ。
部長に小さなダンボールを渡された。中には文房具とマグカップ、そしてひざ掛けが入っていた。
「仲良いのにこんなこと頼むの申し訳ないんだけど、生存確認もかねてね。お願いします」
私は早足で会社を飛び出した。
こいをくう 北路 さうす @compost
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