第9話「闇からの刺客!鋼鉄忍アカリ!」

「……南方院さんはどうして空から?」


「いやァお恥ずかしい勝負パンツまで見られてしまって。実は猫を追っていましてな、そやつがまた素早く、僕が無様を晒してしまった」


「なるほど。猫は強いですからね」


「宗馬殿の言うとおり。猫は手強い」


 俺と南方院さんは軽い笑いを交えた。


 嘘だろ絶対。


 南方院さんも俺を探っている。


 出会うべきではなかった、とは、なりたくはないな。どう話そうか。今日のカキの混ぜこみご飯は会心の出来だな。


「どうせ男の独り暮らし、のんびりしていけばいい。物を盗まれると困るぞ?」


「わはは、宗馬殿は冗談が上手い!」


 だが、と、南方院さんがチロリと舌を出して妖艶な笑みを一瞬見せた。


「ベッドの下を散策しましょう!」


「偶然でもエロ本は見つかりませんよ」


「えー、つまらない」


「えー、じゃ、無いですよ」


 南方院さんは気心を置けない風をやりながら踏みこんできている。心の距離を測っているてところか。


 ここはオープンにいきましょ。


 下手に閉ざすほうが、危ない。


「南方院さんのパンツも洗っているのですが随分とセクシーなものを履いているのですね」


 愛園さんにこんな話題を出したらボコボコにされるな、うん。だが南方院さんのパンツはセクシーだった。


「エッチ」


 と、南方院さんは恥じらう。


 恥じらうように──見えた。


 なるほど。エッチなことに寛容な女子のほうが、男を誘惑しやすいということか。流石は忍だ……この事実に俺は戦慄する。


 迂闊な男であれな陥落していた。


 しかし俺は欲望に誠実ではない。


 男を誘惑して手玉にする南方院さんを逆に、手繰り寄せる。南方院さんがいかに究極的な賓乳で、賓乳黄金律と言って過言ではない曲線率のおっぱいをしていて、大きなお尻は性癖を歪めるブラックホールであり、男の欲望をかきたてるパーフェクトボディだとしても俺は負けない!


「宗馬さんは不思議な魅力があるね」


「そうですか? 南方院さんのほうが美少女で綺麗ですよ。俺はどこにでもいる、普通のおじさん未満ですから」


「自分を卑下するのダメー」


 むッ、俺を持ち上げるか。


 自尊心を高める理解者ロール。


「……ありがとう、南方院さん。ちょっと心が軽くなりました。恥ずかしながら最近は落ち込んでいたものでして」


「宗馬さんはもっと自分をアピールしたら、もっともっとかっこよくなれるよ!」


 俺から情報を抜こうとしているな。


 南方院さんめ。


 歳は中学生くらいで愛園さんと変わらないはずだ。なんて高等テクニックを使うんだ。おだてて、俺自らが進んで口を開くように誘導するとは!


「そうですか? さて、どんなことを話したらかっこいいですかね。クール、エンジョイ、そういうのは苦手です」


「う〜ん悩むね」


 と、南方院さんは片目だけ開けて、俺をしげしげと観察する。瞳孔は猛禽類のように鋭く、大きく、見据えていていた。


「好きなパンツの模様は?」


 南方院さんはバカなのかもしれない。



「ふが……寝てた」


 腕に温もりを感じながら寝ぼけた目で見渡す。南方院さんの姿は無い。確か……南方院さんと一緒に遊んでいたんだ。


 南方院さんは妙にレトロゲームに詳しい。詳しいというか丸暗記しているようで、例えばテーブルトークRPGを即席で頭の中から引き出して遊べる。


 人間図書館かな?


 で、俺がプレイヤーで南方院さんがゲームキーパーして、わいわい楽しんで寝た。そういえば南方院さん、布団の中に潜りこんできて同衾したな。


 まあ些細なことだ。


「……」


 俺はパンツを握っていたことに気がつく。


 スケスケのパンツだった。


「おじさーん! ほんと久しぶりに普通のご近所さん、愛美ちゃんが遊びに来たよー!」


 ヤクザのガサ入れのごとく押し入ってきた愛園さんが俺が寝ている場所まで最短を直進してきた。


 愛園さんが、下着姿の俺を見る。


 ついでに握るスケスケパンツも。


「愛園さん、久しぶりですね」


「……え? おじさんが女物の下着……おじさんに恋人がいたの……?」


「愛園さ──」


──愛園さんは何も答えてはくれず、あっという間に駆け出して行ってしまった。


 どう考えても破廉恥パンツのせいだ。


 弱った。愛園さんに嫌われるの嫌だな。


……。


 ちょっとパンツを鼻に近づけた。


 魔が差したな、気になっていた。


「はッ!?」


 ドアの隙間からの視線に気がついた。


 桃色の毛玉な美少女が、覗いている。


「変態」と、愛園さんはドアを閉める。


 中学生に見せて良い絵面では無いな。


 ふッ……俺の人生の一部が終わった。


「どうしよ」


 元龍くんやアキラくんは論外だ。


 となると潮さんに頼んでみよう。


 どこかの潮さんを探さないとだな。


 そうと決まれば俺は服を着替えた。


 忍のせいで、余計な騒動の予感だ。


 スケスケパンツは棚にしまっておいた。



「探したら潮さん全然いないな……」


 すっかり夜になってしまった。


 街灯が、ぽつん、ぽつん、と、照らすフィッシュタウンの住宅街に流れ着きさまよってこんな時間だ。


 まいったな。


 夕食の準備をしていない。


 惣菜で済ますのも嫌だな。


 適当な定食屋でも探すか。


 思えば潮さんとは、おさかな感謝フェスの事件が初めてであり、俺は彼女を全然知らないわけだ。


 全然仲良くない。


「むッ!」


 話し声が近づいて身構える。


 人間がいるとびっくりする。


 学生くらいの2人だな。


 見えた、やはり男女だ。


 街灯が不自然に軋んだ。


「くけけッ! お前が次期党首か。腑抜けた顔だ。殺してその首、オンコ様に捧げてやろう」


 なんか始まったぞ。


「アカリ! な、な、なんだこれ!? またドッキリか!? チクショーもういいって!!」


 南方院さんと一緒にいた男の子が取り乱す。夜な夜な怪人みたいなのに襲われたら普通に怖いよな。


 俺も今ビッグシャチと会うと怖い。


「落ち着いてリク! ドッキリなんて1度もありません。全部、忍技です。奴はリクの命を狙っている裏切り者なのです。集中してください、こちらを殺しにきますよ」


「最近の忍は喋るのか? 口数が多いものだ。教育がなっていないぞ。やれやれ……」


 と、謎の刺客は肩をすくめる。


 謎の刺客……人間のシルエットをしていない。だがディープソング団みたいな怪人ではない。機械や最新技術で全身を固めている。


 ハイテク忍だ。


 昆虫みたいなフルフェイスヘルメットが、軍隊や警察が使うような暗視眼鏡と違い目がカタツムリやカニみたいに飛び出してはいない。首から下は文字通り掴み所が無いほどツルリとしていて、指先まで覆っている、胸部にはやや他と違う硬さがあるので特に強力なボディアーマのようなものがあるのだろう。そして得物は光学迷彩を掛けられて見えないが……3尺ばかし90cmほどの刀のようなものだ。


 噂に聞く、毘沙門天5型か。


「……」


「……」


 2人の忍の間に飛ぶ軽口が止んだ。


 オゾンの空気が焦げるような臭い。


 産毛が起きあがる肌を刺す電磁波。


 俺はケータイが、シールド機能付きのバッグに入っているか上から押して確認する。


「おい、ヤバいって!」


 次期党首とやらが声をあげた。


 街灯に照らされて浮かび上がる無数の埃の動きが限りなく遅くなり──街灯が火花をあげてその光を消した。


 南方院さんと怪忍がが走る。


 走ると直後に光学迷彩で消え、街灯が消えたことと合わせて目が暗闇に慣れる暇など無い。1秒でさえ長い時間の中で激烈に刀身が交差した。


 命を捨てた一閃。


 ドラマや映画のような斬り合いは無く、必殺だけが命の全てを載せて振るわれる。


「うぐッ!? 流石ということか……」


 ブロック塀に鮮血が塗りたくられる。


 斬られたのは──怪忍だ。


 怪忍は腹からワタをこぼすほど深々と刃が喰い込み、しかし脊柱さえも両断する筈だった南方院さんの一閃を、スーツと、筋肉と、守りに入った刃で止めることで即死できずにいる。


 南方院さんは喰い込んだ刃を軽々と抜く。


 刃に噛み付いた筋肉が、引き千切られた。


 その僅かな間で怪忍は腹から鼓膜を破り目を焼く音と光を放つ。爆発じゃない。ある種の閃光手榴弾が腹に縫い込まれていて致命の一撃と同時に作動したか。


 音と光が消えたとき怪忍も消えていた。


「アカリ、今のは……?」


「当主様。安心してください。敵はもう去りました」と、南方院さんが膝を立てて頭を下げる。


「そういうのはいいって!」


「先程の者は我らからすれば裏切り者です。当主の所在が知られたいじょうは一刻も早く、リク様には当主の座へと──」


「──だからそういうのはいいんだって! ドッキリなんだろ? どこにカメラがあるんだ? 忍なんているわけないだろ、現代なんだぞ」


「降伏するので殺さないで」


 俺は両手をあげた。


 意識の刹那──俺の首に死が喰い込む。


 南方院さんの黒い刃の刀の剣先が喉仏に、こんにちわ、と、ノックしていた。脈を打つび肉と皮が剣先に入る。


「……」


 南方院さんは何も話さない。


 俺の顔を知っているだろう。


 だが、それが忍なのである。


 今の俺は疑わしく、護衛対象の安全を確保する為ならば敵味方を問わずに斬り捨てるべきだ。


……しかし刀は止まっていた。


 俺の首を斬り落としていないのに、南方院さんは眼前で停止して致命的な隙を見せている。若いな。


「アカリ! やめろ!!」


 と、確か、リクと呼ばれていた男が、南方院さんを捕まえて殺人を止めようと頑張っている。きっと、優しい正義の男なのだろう。


「おじさん、早く逃げて〜!」


 では言葉に甘えよう。


 か弱いおっさんは逃げるに限る。


「は、はやい……」


 俺は、背中で驚きと呆れを感じた。


 いやぁ、凄いものを見たな。

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