第5話「愛のいただきます!セラバイトトゥース!」

「やめなさーい! ビッグシャチ!」


 あぁ……セラムーだ。


 地上を全力疾走、華やかなフリルのドレス、まぶしい背中にスカートを揺らして、ふわふわな桃色髪の彼女がやってきた。


 危ない、セラムー!!


 ビッグシャチの罠だ!


「来たな。我らディープソング団の敵!」


 ビッグシャチが身構える。


 以前のビッグシャチとは何かが違う。


 穏やかでしかし恐ろしい恐怖がある。


「セラムーよ、お前には聞こえるか?」


 ビッグシャチが話しかけてきている。


 超音波攻撃か?


「海より産まれ、海に生きる者どもの声が。悲鳴が。自然の摂理のなかで循環する食う食われる関係の中で、人間の欲望が、心の無かった奴らに憎しみを与えて育った奴らの声が!」


「な、何を言ってるのビッグシャチ!?」


「セラムー、耳をかしちゃダメぽぽ。こいつらはディープソング団、幾つもの世界を滅ぼしてきた悪党のなかの悪党ぽぽ!」


「ふッ……悪党、か。いかにも!」


 ビッグシャチは静かに目を閉じる。


 夜の海のように静かであり、闇だ。


「言葉は不要。セラムーを倒すのだ、お前のオンネンパールを証明せよ!」


「たこー!」


 タコイカが地上を走る。


 出店を魚を吹き飛ばす。


 突進が狙うのはセラムーだ。


 セラムーは地団駄を踏んだ。


 足がコンクリートに固定。


 フジツボのごとく固くだ。


 セラムーがゆらり構える。


 柔軟な肩が背が弓を引く!


 セラムーの拳がタコイカを──撃つ。


「うわッ!?」


 衝撃波──爆発が広がるのが見えた。


 空気が逃げていき震える姿を見た!!


 しかしタコイカは柔軟な筋肉が、殺人的な衝撃を吸収するばかりか、その自由な触手を8本ふるい、手数ならセラムーの4倍攻めたてる。


「どうした!? セラムー!!」


 ビッグシャチが余裕で戦いを見届ける。


 対セラムーのためのタコ、いや、イカなのか。タコやイカは頭足類で強靭な筋肉の触手を複数持ち、その目と知性は高く、骨が極端に少なく純粋な肉である分厚い体は衝撃を吸収する!


 パンチしかないセラムーの天敵だ!!


 セラムーがタコイカに勝つには、分厚いマッスルアーマーを攻略する必要がある。だが、どうやって……。


「昔ね、おじさんが寝てるときに口を大きく開けていたから小さいタコを悪戯で入れたことがあるの」


「なにしてるぽぽ?」


「おじさん驚いて、タコを噛み切ってた。タコは噛めるんだよ、ポポタ」


「そうかぽぽ! パンチは吸収されても噛む……切ることができるはずぽぽ!!」


 タコが8本全ての腕をハンマーにして振り落とす。小さなセラムーに、巨大極まるタコイカの全てを掛けた一撃だ。


 セラムーはたった2本の腕で受け止めた。


「愛をいただきます」


 タコイカの腕が8本切り飛ばされる。


 白い断面が並びタコイカは小さくなる。


「セラバイトトゥース!」



 遠目に、桃園兄妹の再会を見た。


 心配していたアキラくんが、はぐれていた愛園さんを怒っているようだ。おさかな感謝フェスは怪人の襲撃で中断されて、愛美さんが着ることのなかった水着の水泳袋を持っていた。


 強く、抱きしめていた。


「痛い……」


「絆創膏は貼っておきましたけど、ちゃんと病院に行ってくださいよ。傷口を縫ったわけでも消毒したわけでもないんですから」


「肩、貸してちょうだい」


「わかりましたよ」


 俺はツンツンツインテールの膝に絆創膏を5枚貼っていた。ちょっと怪我をしていたのだ。ついでに杖と片足の代わりもしている。


「……ありがと」


「俺は宗馬て言います。よければ覚えておいてください。おっちゃんは縁を感じています」


「気持ち悪い」


 ツンツンツインテール娘はツインテールが解けていた。ただのツンツン娘だ。


 ツンツン娘の親は、まだ来ない。


 しかし事件が解決して良かった。


 救急車やパトカーが何台もやってきている。テレビ局のアンテナがついた車もいた。おさかな感謝フェスを襲った大事件だからな。一番重い怪我が絆創膏数枚で済む程度なのは奇跡と呼んでいいんじゃないだろうか?


「…………潮葵」


「潮さんですか」


 ツンツン娘が、ちょっとデレた!?


 名前を教えてくれるともう友達だ。


「あんなのは嫌い」


 潮さんの視線を追った。


 そこは『ゴミの山』だ。


 売り物にならなくなった魚が、処分されるために集められて山になっていた。仕事をしている人達の沢山の小言と、沢山の魚が山となっていた。


「ん?」


 光った。拾うと、硝子玉だ。


 アユ・マーメイドのときにもあった、深く黒い、黒曜石のような危うい鋭さを感じる刺々しい感じだ。相変わらず玉というか金平糖というか……。


 アユ・マーメイドの場所で拾った玉は家に置いてたら白くなってたし、これも拾って並べておくか。


 インテリアてやつだな。


「またしてもお手柄、セラムー」


 テレビ局の人が、現場にいた人達に話を聞いているようだ。騒々しく忙しなく小走りで急いでいる。


「ちょっと。あの悪臭の山なんとかして」


 と鼻をつまみながら手であおっている。


 潮さんは忌々しくその光景を見ている。


 俺は玉をポケットに押しこんだ。


 安心しろ玉仲間に合わせてやる。


「潮さん、場所を変えましょう。騒がしいのはお好きですか? 俺はちょっと苦手です」


「私もそうよ。手を貸してくださる」


「勿論ですとも、レディ」


 と、俺は潮さんの手を掴む。


 潮さんの日焼けした肌は柔らかく、少し分厚くて、硬くなっていたり、引っ掛かりのある感じだった。


「優しい手ですね」


「嫌味かしらね?」


 ツンツン娘の潮さんはひねくれてる!


 俺と潮さんはおさかな感謝フェスをあとにした。ゆっくりと歩いて、終わりを迎えた祭りから離れた。

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