第36話

 第二ステージ、理科室の怪談。意識を取り戻した花蓮を引きずり、なぜか笑顔が怖い怜央と麗華に首を傾げながら結月は廊下を進む。理科室の扉の前に立つと血糊のようなもので『参加可能人数一名』と記されていた。

 

「さて、どうしましょう」

「私無理、絶対無理! 絶対いやあぁぁあ!」

「誰も花蓮さんには期待してないので大丈夫ですよ」

「なんか急に怜央辛辣じゃない?」

 

 体育館倉庫で麗華と何かあったのだろうか、と結月は考える。とはいえまずはゲームを進めなければならない。結月は一同を見渡して立候補者を募ってみた。

 

「えっと、誰か挑戦してみたい人とかいる? いなければ私が……」

「じゃあ結月がやって! 私は無理だから!」

 

 最後まで言い終わらぬうちに花蓮が結月の背中を押す。怜央に視線を向けると苦笑しつつ花蓮を引き離してくれた。

 

「さっきは出番を奪ってしまったので、今回はお譲りします。お気をつけて」

「うん、ありがとう」

 

 興味なさげに髪を指に巻き付けて遊んでいる麗華を除いた二名に見送られ、結月は理科室へと足を踏み入れる。ここで手に入るアイテムは幼蛇のホルマリン漬け。用途不明の薬品が並べられた戸棚を物色していると、突然準備室に繋がる扉が開き骨格標本が飛び出してきた。

 

「うわ、気持ち悪……」

 

 小刻みに震えながら迫り来る骨格標本を見て結月が呟く。花蓮が見たら発狂するだろうが結月は冷静に標本を迎え撃ち、間合いに入った瞬間を狙って回し蹴りを放った。標本は逃げることもかわすこともできずに結月の蹴りを受け、背後に倒れ込む。


 動揺せずに対処すれば問題ないレベルだと、結月は思った。だが油断はせずに標本の解体作業を始める。機動力を奪っておくに越したことはない。一通り腕部や脚部を破壊して立ち上がれないことを確認すると、結月は再び戸棚を漁り始めた。だが。

 

「がっ……」

 

 直後、結月の頭部に凄まじい衝撃が走る。何者かに後ろから殴られたのだ。咄嗟に傷口を押さえ、振り返ると人体模型が丸椅子を振り上げている。頭で考えるより先に身体が動いた。隙をついて人体模型の脇を抜けると理科室の中央付近まで逃げて仕切り直す。

 

「いった……」

 

 傷口を庇った結月の手には少量の血液が付着していた。脳震盪を起こさずに済んだのが不幸中の幸いか。痛みによって頭に血が上り、結月は一度舌打ちする。

 

「たかが作り物の分際で……」

 

 そして人体模型と向かい合うと振り下ろされた椅子を掴み、腹部を蹴り飛ばした。模型は椅子から手を離し、バランスを崩す。結月は奪い取った椅子で逆に模型を殴り付けた。

 

「はっ……はぁ……」

 

 体力のない結月は荒い息を吐きながら、人体模型に馬乗りになって臓器のパーツを外し始める。最後に心臓をもぎ取ると、裏にテープで鍵が貼りつけてあった。恐らく、戸棚の鍵だろう。

 

 息も絶え絶えになりながら幼蛇のホルマリン漬けを発見し、バラバラにした骨格標本と人体模型を蹴り飛ばし、踏みつけて理科室を出た。

 

「お疲れさまです、結月さん。大丈夫ですか?」

「うん、ちょっと頭から出血したけど大丈夫。そんなことより、麗華は?」

「え?」

 

 早速結月にしがみついている花蓮はいいとして、麗華の姿が見当たらない。嫌な予感がした結月は怜央に問いかけてみるものの、怜央も首を横に振った。

 

「あの高飛車女、まさか……」

「え、怜央? 怜央さん?」

「あぁ、いえ、なんでもないですよ」

 

 怜央はすぐに笑顔でごまかしたものの、その笑顔が怖すぎる。流石は零の弟と言ったところか。

 

「とりあえず、あのバカ女……じゃなかった、麗華さんを探しに行きましょうか。全くもって気は進みませんが!」

「あ、はい……」

「そ、そうね。それがいいわ。そうしましょう」

 

 怜央のあまりの急変ぶりに、結月と花蓮は黙って従うより他になかった。

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