第35話
「それで、花蓮さん。この怪談に有効な対処法とかないんですか?」
「あるわけないでしょ、そんなもの! 元々こんなに凶悪な話じゃないんだから!」
腰が抜けたらしい花蓮の背中を撫でながら結月はため息をついた。
「もう強行突破するしかないよ、怜央。私が行く。ピンポン球を取ってくればいいんだよね?」
「待ってください、結月さん。流石にお一人で行かせるわけにはいきません。僕もやります」
「ちょっと! それじゃ誰が私を守ってくれるのよッ? 結月はダメ! 私といて!」
立ち上がった結月の足にしがみつき花蓮が喚く。本気で怯えている花蓮を麗華のように蹴り飛ばすことはできず結月は頭を抱えた。
「じゃあ花蓮も私と一緒に……」
と、言いかけた結月の頭上に球体が出現する。仕方なく無理矢理花蓮の腕を振りほどき結月はバスケットボール状の爆弾を回避した。
「なんか私狙われ過ぎじゃない? 不公平じゃない?」
「薄幸そうですもんね、結月さん」
「失礼な。その通りだけどさ」
「そんなことより、花蓮さん失神してますよ」
珍しく悲鳴が聞こえないと思ったらとうとう意識を手放したらしい。
「結月さんは花蓮さん見ててあげてください。僕がピンポン球を取ってきます」
「あぁ、うん。そうだね、任せるよ」
自分でゲームを進めたかった結月としてはやや残念ではあるものの、今回ばかりは仕方がないだろう。大人しく花蓮の看病役に徹し、体育館倉庫に消えていく怜央の後ろ姿を見送った。
怜央は無駄のない動きで五つのボール型爆弾を回避して危なげなく倉庫までたどり着く。罠を警戒しながら扉を開けると、積み上げられた体操用マットの上に麗華が腰かけていた。
「あら、遅かったですわね。一体何をしていらっしゃったの?」
「麗華さんこそ、いつの間に?」
「あの程度の演出でこの私が負傷するわけないでしょう。普通に歩いてきたまでですわ」
だったらさっさとピンポン球を持って帰って来いと心の中で怜央は思う。麗華と怜央は今までにも何度か同じゲームをプレイしたことがあるのだが、麗華はいつもこうだった。自分勝手で高飛車で、協調性の欠片もない。
しかもなぜか怜央をライバル視しており、会う度にクリア回数で張り合ってくる。今回は怜央の方が三回多くクリアしていたためか特に機嫌が悪かった。怜央からしてみれば、このゲームは兄が気にかけているルーキーの実力を品定めするためのもの。その目的の前に、麗華は邪魔な存在でしかない。
「そんなことよりご覧になって、怜央さん。なんだか禍々しいオーラを感じるピンポン球がありましたの。私の方が先に見つけたのですから第一ステージは私の勝ち、ですわよね?」
「いつから僕たちはそんな勝負をしていたのでしょうか? 見つけたなら次に行きますよ」
麗華の手から黒いピンポン球を奪い取り、怜央は舌打ちする。いっそのことどこかのゲームで消えてくれないかといつも思っているのだが、麗華は怜央以上に運がいいらしく常に『何となく』でゲームをクリアしている化け物なのだ。
「そんなに私のことが嫌いならお兄様に言いつけてしまえばよろしいのに」
「あなた程度、僕一人で十分ですよ。いつか殺して差し上げますから楽しみにしていて下さいね」
実のところ、兄に頼んで消してもらおうかと考えていた時期も怜央にはあった。兄ならば上手くゲームを吹っ掛けてこのいけ好かない女を殺してくれるに違いない。だが、兄の手をこんな些事で煩わせたくはないとも思っている。
結局、今回も怜央は煮えたぎる麗華への殺意をひた隠しにしながらゲームを進めるのだ。
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