第26話

 タイマーに表示されている残り時間を確認して結月は顔をしかめる。まだ腕にしがみついている莉乃に結月は小声で問いかけた。

 

「ねぇ、莉乃。五階を一時間で割ったら一階分にかけられる時間ってどうなる?」

「え? えっと、多分一階に十二分くらいだと思います」

 

 莉乃の返答を聞き、余裕はないなと結月は考える。莉乃は一階に十二分かけられると答えてくれたが、安定したクリアを狙うならばもっと切り詰めなくてはならない。結月の理想としては一階を十分以内で踏破したかった。

 

「美玲さん、これってかなり急がないと危ないんじゃないですか?」

「そうですね。少し早足で進みましょう」

「だからって、今から焦りすぎると、足をすくわれる」

「香澄の言う通りですよ。ただでさえこっちはお荷物抱えてるんですから」

 

 四人が思い思いに意見を述べ、最後に響が莉乃を睨む。莉乃は居心地悪そうに結月の背後へ隠れた。結局、ややペースを上げて進むという美玲の意見で一致し一同は再び歩を進める。

 

 だが歩き始めて数分で最初のトラブルが発生した。カチリ、と何かのスイッチを押したような音が聞こえ香澄が足を止めたのだ。結月はその音の正体をすぐに悟る。それは響も同じだったらしい。

 

「香澄、動くな!」

 

 響は振り返ると香澄にそう指示を出した。その隙をついて結月は莉乃の手を取り香澄の横を全力疾走する。あれは不味い。あれは、地雷を踏んだ時の音だ。零に罠が発動する時の音を複数聞かされ覚え込まされた結月の頭はいとも容易く正答を導き出す。が、自らの横を駆け抜ける二人の姿を見て焦ってしまったのか、香澄は響の指示に従わず禁断の一歩を踏み出してしまった。

 

「まっ……」

 

 香澄は恐らく、待ってと言おうとしたのだろう。だがその言葉が終わるより先に地雷は発動。正常に爆発した地雷は香澄の下半身を吹き飛ばした。

 

「香澄さ……」

 

 咄嗟に振り返ろうとする莉乃の目元を手のひらで覆い、結月は首を横に振る。

 

「駄目だよ、莉乃。見ちゃ駄目だ。見ない方がいい」

 

 美玲が懐中電灯で照らした香澄の遺体を見て、全員がその場に立ち尽くす。誰も何も言えなかった。大きく見開かれたアイスブルーの瞳から結月は目をそらす。そして呆然としている美玲の肩を叩いた。

 

「美玲、先に進もう。時間がもったいない」

「え? あ、はい……」

 

 美玲の様子を見て結月は不安に駆られる。この調子ではあと一人か二人死んだら彼女は使い物にならなくなるのではないだろうか。そんなことを考えながら歩き出した結月に響が声をかけてきた。

 

「アンタ、香澄が死んでも何も思わないのかよ?」

 

 結月より前を歩く彼女の表情は分からなかったが、結月は普段通りの口調で答える。

 

「不運だなとは思うよ。間が悪かったね。歩く場所があと数センチずれていればあの子は死ななかったんだ」

「なんで平然としていられる? 人が死んだんだぞ?」

「ここはそういう場所でしょ? 逆に響はどうして割り切れないの? 仲が良かったなら辛いのは当然だけど、だからって気に病んでいたら次に死ぬのは響だよ」

 

 響は一瞬だけ振り返ると、結月を睨んでまた前を向き直した。

 

「人間じゃねぇな、アンタ」

「……そうなのかもね」

 

 そして再び沈黙が訪れる。

 

 第三ゲーム、最初の犠牲者は青髪の冷静沈着なプレイヤー、香澄。彼女の死はただでさえ重苦しいゲームの雰囲気をさらに険悪にしていた。

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