第二話:颯爽たる嵐の剣士
逃げた黒いローブの青年を追いかけてポンペイ遺跡までたどり着いた私達。彼は既に円形闘技場の中に立っていた。
【おったまげたな、早かったじゃないか】
彼は変わらず顔をフードで隠したまま、イタリア語で話す。
「お前……」
「フードを外してもらえないかな」
黒田くんは青年に、ローブのフードを脱いで素顔を見せることを要求した。
確かに素顔はまだ見ていなかったとはいえ……、黒田くん、その頼み方は直球過ぎよ。
【本当は無闇に正体をバラすもんじゃないが……、どのみちこれからお前達とは戦うことになるしな。出血大サービスで見せてやるか】
彼はローブのフードを脱いで、ついに素顔を見せた。
シャドーグリーンで天然パーマの如く跳ねた短髪と、少し色素の薄い肌の正統派な美少年だった。
【で、何だ? あんたらが例の暴走事件を止めた……】
「だから日本語話せってんだ。わざとやってんのか?」
【? ……あ〜、そういう事か】
またしても早稲田くんが彼のイタリア語を理解できていないのを察したのか、
「イタリア語話せないなら最初から教えてくれりゃよかったのに」
今度は日本語で話し始めた。
「日本語喋れたの!?」
「駆言うとこそこじゃない」
駆の反応に黒田くんのツッコミが入る。
彼、日本語はともかくイタリア語ではあんなにおちゃらけたセリフを言っていたなんて。まぁ、あの青年が日本語を理解できることはさておき、彼の目的を訊かないと何も始まらない。
「日本語で喋ってくれて助かるよ、英語で話すのに慣れないからね。それで君は? 何者なの?」
考えているうちに、駆が質問に入る。
「おれの名は、テンペスタ・ブロット。お前達が察する通り、異覚能力者の一人だよ」
「異覚能力者!? じゃあ、日本にいた時に突然吹いた風も、あなたが?」
「あぁ。おれがやった」
「学校を出る時に感じた変な感覚も……」
「そうだよ、おれがお前達を見ていた。事件が起きてからずっとな」
私と駆の質問にも、全て自分の所業だと返すテンペスタだが、なぜか彼の行動の真意が掴めない。
「テンペスタ、君の目的は何? 僕達を監視なんかしたり、こんなとこに誘い出したり……。なんで僕達と戦う必要があるのかも分からないよ」
「悪いが教えられないな」
黒田くんはテンペスタの本質を明らかにしようとするが、軽くあしらわれてしまった。そして彼は腰の鞘からダガーナイフを抜き出し、私達の方に向けて言った。
「だが、おれと勝負してお前達が勝てば……、おれの知っている事を洗いざらい教えてやる」
「そのために俺達をここまで誘い出したってわけか……!」
「ご名答! じゃあおれの異能覚醒を先に教えておこう。おれの異能覚醒は【
彼は挑発的な態度でダガーナイフを構えた。
「さぁ何人でもかかって来な。おれはお前達より強い」
「上等だ、後悔すんじゃねぇぞ!」
「おっとその前に!」
テンペスタが止まれのハンドシグナルを使う。
「あぁ……?」
そして笑いのない、さっきまでのおちゃらけた態度から急変して、テンペスタは尋ねた。
「一つ質問がある。ディアマンテという女に心当たりはないか?」
「誰だそいつは」
「おれの姉だよ」
「知らねぇな」
「そうか……ならいい、来い」
「何だよそれ!? 行くぞ駆!」
「あぁ! 大知、葵をお願い!」
駆の指示で、黒田くんは私の前に手を伸ばした。
駆は【閃火】の力で加速すると同時に右脚に炎を纏う。早稲田くんも【金雷】の能力で、拳に電撃を帯びた。異覚の力を発動した二人が、テンペスタに攻撃をかける。その時、駆の前に再び突風が収縮するように吹き抜けた。
「増えた!?」
「お前さんはおれが相手しよう」
その風は、テンペスタの姿を模した分身となった。
一方、本体の方のテンペスタはアクロバットを決めるなどで早稲田くんの攻撃を舞うように避け、イタリア語で彼を煽る。
【あんたはやはりまだ……青いよ】
「野郎っ!」
挑発に乗った隙に早稲田くんの腹に一発入れてひるませる。そしてダガーを深く構えて……。
【
イタリア語で技名(?)を発して、至近距離でダガーを一振り。風によってできた斬撃が早稲田くんを襲う。
「どあぁっ!!」
幸い、彼の電撃がダメージをある程度相殺できたが、それでも衝撃は残って、かなりのけぞってしまった。
「翔真!?」
あの早稲田くんが飛ばされて驚いた駆だが、彼の猛攻は止まらない。
「早く行け、分身は俺がやる!」
「お願い!」
分身を早稲田くんに任せ、すかさずテンペスタに突進して跳び蹴りを入れようとする。だが彼は……、一瞬速く駆の背後に回り込んでいた。
「嘘っ!?」
「そっちはいくらか筋がいい」
テンペスタは振り向いた駆の腹にダガーの突きをぶつけようとする。
「殺す気じゃん君!?」
しかし、焦りつつも、駆も【閃火】で炎を放出した状態で裏拳打ちをして対応。互いの異覚がぶつかり合った末、両者とも弾き飛ばされた。
「チィ……ッ!」
「反応速過ぎでしょ……」
体勢を整えたテンペスタは、足元に風圧を発生させ、音も出ないくらいのスピードで駆に迫る。
「俺の事忘れんな!!」
いつの間に分身を倒したのか、早稲田くんがテンペスタの顔に手を伸ばしていた。
「掴んだ!」
彼の頭を掴んだ左腕から電撃を流し込み、顔面に数発、パンチを叩き込む。だが、早稲田くんが掴んでいたはずのテンペスタの姿は、風になって消えてしまった。
「何……、うあっ!?」
テンペスタからの一撃を再びくらう早稲田くん。彼には確かに掴んで殴った感覚はあったはず。
「チッ、流石に少しはもらうか……」
頬に負った浅い傷跡に触れながら呟く。その傷は、早稲田くんが掴んだ際に電撃が擦れて、火傷と切り傷を同時に負ったようだった。
「なんでだ? 確かに手応えはあったはず……」
「本当に単調なんだな雷使いは。あれは分身だよ」
分身!? すると、テンペスタの腕がぼやけて揺れたように見えた。まさか……。
「掴みを受けそうになった瞬間に分身を身代わりに置いて、本体は早稲田くんから見えないように回避していた!?」
「大正解だ! 賢いな、冷凍使い」
応用次第であんな戦い方ができるなんて思わなかった。私達は、ただひたすら自分や仲間を守ったり、相手を倒そうとしたりするのに必死で、彼からすれば戦い方がなっていなかったのかもしれない。
「だが、
あの二人で本体を叩くのがやっとだったのに、さらに奥の手があるなんて!?
【……
テンペスタは再び風の分身を出した。……が、先程よりも数が多い、ざっと四人くらいに増えている! それに、今までのような一部以外がぼやけた分身ではなく、ちゃんと全身が実体になっているように見える。一人だけでも厄介だったのにこれだけ出されたら、私達に勝ち目がなくなる!
「駆! 私も戦う!」
何を血迷ったのか、私も前線で戦おうとしている。
「ダメだ! 下がってて!」
「何もしないで傍観してるのだけは嫌なの!」
「だけど……っ」
駆は優しい人だから、きっと戦いで私に傷ついてほしくなかったのだろう。それでも、ともに旅をする以上、仲間がやられていくのを脇目にみることだけはしたくない!
「私にもできる事は考えたから! だからお願い、一緒に戦わせて!!」
「葵……」
「何よそ見している?」
分身の一体がダガーで駆を刺そうとする。
「何人来ても構わないが、女を傷つけるなんて趣味はないんでね。それでも来るなら……」
彼の手を掴み、駆はこう言った。
「葵の気持ち……心によく伝わった……。だから」
分身を蹴り飛ばし……、
「一緒に戦ってくれる?」
「駆……えぇ、任せて!」
私は、手のひらに冷気を集めて、氷の弓矢を生成した。
(駆……。私だって、あなたの戦いを黙ってみてるだけじゃない!)
駆の元へ歩こうとすると、肩に軽く手を乗せられる感覚がした。
「文月さん」
その手は黒田くんだった。
「僕も戦う。分身の足止めくらいなら……」
「黒田くん……」
黒田くんも腕を震わせながら宣言する。私は【凍晶】の力で剣を作り、彼に渡した。
「もちろん。行きましょう」
「大知!」
「よっしゃ、頼りにしてるぜ!」
パッと明るい笑顔になった駆が、私と黒田くんを迎える。
「駆、あなたが仲間を信じてくれるなら、私達もあなたを信じて戦える」
「そうだね、葵や翔真、大知だって仲間だ」
「僕達にとっても、だよ」
目を閉じて頷き、私達はテンペスタに向き直った。
「さぁ……ここからが本番だ!」
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