第二部:不可測な旅/第一話:イタリアにて

 文月葵です。現代いまの方の駆と話をしたら、第二部の語り部をさせてもらえることになりました。基本的には駆と同じようなスタイルで書いていきますので、よろしくお願いします。


 

 私達は空港から降りて、イタリアのネアポリス、通称ナポリへ到着した。ナポリだったら、どうしてもスパゲッティのナポリタンと被るので、ここではネアポリスと呼ばせていただこうと思う。

「着いた〜!」

「うし、まずは……なんか食べるか!」

「そう言えば僕達、飛行機の中では何も食べてなかったね」

 飛行機の中で私達がしていたことは、それぞれ次の通り。駆は音楽を聴きながら私の隣に寄りかかって寝落ち。黒田くんと私は本にずっと没頭していて、早稲田くんは一人で花の図鑑を観察していた。当然と言ったら当然だけれど、私達は全員、空港からネアポリスに到着するまで食事を何もとっていなかったのだ。

 昨日出会った黒いローブの青年と戦うことを考えれば、何か食べておかないと、空腹のせいで負けるなんてことになる可能性も否定できない。

「そうね。近くにレストランもあるし、そこで食べましょう」

 私達は道行く人々に尋ねると、マルガリータピザが美味しいというレストランの話を聞き、西二十一メートル先へ進み、そこへたどり着いた。

 荷物をまとめ、私の【凍晶】の力でドーム型の壁を作る。

「葵、何してるの?」

「イタリアはスリが多いから、こうしておけば荷物を盗られるリスクが減るでしょ?」

 イタリアでは、観光や、私達のような研究目的のために訪れた人々がスリに遭うことはザラにある。私も中学生の頃にイタリアへ行って、十四万円が入った財布を盗まれたことがあった(この後、盗んだ人は【凍晶】の力で拘束して取り返した)。

 私達が異覚の力を持つとはいえ、貴重品などを盗られる危険性がゼロになるとは言い切れない。

【ご注文はお決まりデスか?】

 スタッフがイタリア語で声をかける。

「あ〜……、アイキャントスピーク、イタリアン。メィライ、スピークイングリッシュ?」

 駆も一応英語は得意な方だが、英語でコミュニケーションを取るのには慣れていなかったので、しどろもどろな喋り方になってしまった。

【英語でも承りマスよ】

「オゥ……、サンキュー」

 駆がぎこちない英語で話すが、スタッフは快く対応してくれた。一応、イタリアでも英語が伝わることを実感して、安心した。

【こちらの伝票からご注文をどうぞ】

 注文用紙を受け取ると、それぞれ食べたい物を挙げていく。

「僕は……トマトスパゲッティにしようかな」

「僕はクリームチャウダーで」

「俺ペペロンチーノ食いてぇ!」

「なら私はリゾットにするわ」

「分かった、あとはLサイズピザ追加で!」

 それぞれの希望を伝票に英語で書き込み、それをスタッフに渡す。料理が来るまで時間があるので、改めてそれぞれ自己紹介をしていくことになった。まずは駆から。

「僕は朝苗駆。西富有高校サッカー部のエース。異覚能力は【閃火】で、炎や火花を扱えるみたい。趣味は音楽を聴くことで、最近はミスチルやオレンジレンジとかをよく聴いてるよ。よろしく!」

「文月葵。駆とは幼なじみで、小学三年生からよく一緒にいるの。異覚能力は【凍晶】で、原理はよく分からないけど、氷を生成することができるみたい。みんなをサポートできるよう、頑張らせてもらうわね」

 異覚能力の解明がこの旅の目的だから、原理はこれから探ることになるだろう。

「次は翔真か大知、どっちからやる?」

「あ、じゃあ僕が」

「俺やるわ」

 駆が急かすように次のメンバーの紹介を促すと、意外なことに、早稲田くんと黒田くんが同時に名乗り出た。

「あ、えっと……ごめん。先どうぞ」

「悪い。いいぜ先」

「あ〜、うん。ありがと。僕やるね」

 なんだかんだで、黒田くんからになった。

「黒田大知。駆や文月さんとは高一の頃から知り合って、あと片桐鉄人っていう中学から一緒の友達がいる。異覚能力者じゃないからできる事は少ないだろうけど、よろしく」

「じゃ、最後は俺だな。俺は早稲田翔真、C組の転校生だ。親が花屋をやってて、趣味は花の標本制作。雷の異覚【金雷】を持ってる、よろしく頼むぜ」

 こうして、それぞれの自己紹介を済ませたタイミングで……。

【お待たせしマシタ。こちら、ご注文の品でございマス】

 お待ちかねの料理だ。駆は本場のスパゲッティを目の当たりにして、目を輝かせる。その横では、「うぉおおお!!」と、興奮の声を漏らす早稲田くんと、どこから取り出したのか、カメラを持って写真を撮る黒田くん。

【ごゆっくりどうぞ】

「グラッツェ(イタリア語で『ありがとう』を意味する)。さ、食べましょう。話す時間は後であるはずだから」

「だね。いただきま〜す!」

 みんなそれぞれ頼んだ料理と、Lサイズのピザを八等分して口に運ぶ。私が食べたチーズリゾットは、チーズはとろんと、ライスは芯が残ってかちっとした食感だった。今までに日本で食べてきたものも確かによかったが、ここで食べた料理はまさに別格。流石は本場と言える美味しさだった。

「「「「ごちそうさまでした!」」」」

 私は【凍晶】の壁を解除し、会計を済ませたのち、店をあとにした。

「すげぇなイタリアの物価……四人で食ってこれか」

 お会計はもちろんユーロに変換したお金を使ったけれど、合計金額を日本円で換算しても、二五〇〇円もしないほどだった。

「昨日会った彼、結局誰だったんだろう?」

 遺跡への道を歩く中、黒田くんが話題に挙げたのは例の青年の事だった。

「異覚といい、昨日のあいつといい……」

「未だに分からない事が多すぎる」

 一日と数時間前、まだ日本にいた頃……。私達は駆の部屋で見つかった誰かの手記から、異覚に関する情報を手に入れた。しかし得られたのはごく一部しかなく、最初のページ以外はほぼ全て焼き潰されていたうえに、例の黒いローブの青年に切り裂かれてしまった。その上彼の顔はローブのフードで隠れてわからずじまいだった。

 そして、見たことのあるローブに身を包んだ青年が駆の横を通り過ぎた時……。

「あ! あいつは!?」

 突然、駆が誰かに気づいて大きな声を上げる。

「どうしたの? 駆……、!?」

 駆が視線を向ける方を見ると……、やはり彼だった。昨日日本で会った、黒いローブに身を包んだ青年が、私達の方に振り向いていた!

【何だ、呑気にランチかい?】

 黒いローブの青年は片手にマリトッツォの袋を持っていて、薄切り苺が入った一つを取り出して口に持って行き、はむっとかじりついた。

「葵、通訳お願い」

「呑気に昼飯か、だって」

「助かる」

 そもそも前にいる敵を横目にマリトッツォを貪るあなたには、呑気にランチかとなんて言われたくないのだが。

【忘れちゃいないだろうな? ここに来た目的を】

 目的……。もちろん忘れるはずがない。これは高校で起こった不可解な暴走の謎を解き明かし、異覚の核心に迫る旅なのだから。

「さっきからてめぇ、意味分かんねぇ事ばっか言ってんな!?」

「翔真!」

 早稲田くんは痺れを切らし、右の拳に雷を纏って青年に突進する。

【速い……】

 そして彼の懐に潜り込み、拳を大きく振り上げると……。

【だが】

 と呟きながら跳び、早稲田くんの雷の力が切れた拳を軽く踏んで、綺麗で軽やかなバク宙を披露した。

【続きは例の場所でだ】

 そう言って青年は、彼の足元に風の衝撃波を放って逃げて行った。

「例の場所ってことは、円形闘技場か!」

「あの野郎……追いかけるぞ!」

「大知、捕まって!!」

 それぞれの異覚の力を使い、黒いローブの青年のあとを追う。黒田くんは異覚能力者でないため、駆に抱えてもらいながら同行した。

 目的地はポンペイ・円形闘技場。

 私達は無我夢中で、彼の後を追いかけるのだった。

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