27 大蛇

 手を前に出して目を閉じて歩いていると、鈴の音がはっきりと聞こえる。

 どういう仕組みかわからないが、目を開くと音が小さくなる。

 再び目を瞑り、音が聞こえる方向へ進む。


 音の方向へ進んでいると、くすくすという笑い声も大きくなってきた。


「おっと……壁?」


 手に何かが触れたので、私はまぶたを開けて前を見た。

 そこには、開かれていない障子戸があった。

 鈴の音と笑い声はこの先から聞こえてくる。


「開けるね……」


 しまっていた銃を、再びホルスターから抜き、構える。

 そして、障子戸を開いた。


「くすくす……ようこそお客さん」

「くすくす……ようこそお姉さん」


 そこには、階段で見たおかっぱヘアの双子の子ども達が、おにぎりを食べながら畳の上に座っていた。

 ほぼ同じ事を同じタイミングで話しているので、階段で会った時より2人の声が重なって聞こえる。


「私があげたおにぎり……ってことは、貴方達がさっき私を追いかけていた子ども達ね」

「くすくす……そうだよ。お客さん(お姉さん)」


 おにぎりを持ったまま立ち上がる2人。


「単刀直入に聞くけど、私と同じ制服を着た人達はどこにいるの?」


 そう聞くと、2人は首を傾げる。


「……見たことないわ。お客さん(お姉さん)」

「そこら中にカバンとか制服があったよね? 嘘は駄目だめだよ?」


 目線を2人と同じ高さにし、子どもを叱る時の顔をする。


「あれは残された物だよ。中には誰もいなかったわ。お客さん(お姉さん)」


 くすくすと笑う2人。


「残された物?」

「うん、そうだよ。お客さん(お姉さん)は、食べた物を1つずつ憶えているの?」


 そう言い、持っているおにぎりを一口で食べた。


「うわぁ!? ……なに!?」


 私は咄嗟に後ろに避ける。

 白くて大きな何かが、私の前を横切る。


 蛇だ。

 それも、白くて大きな蛇。


 私はナイフも引き抜き、広い場所へと後退した。

 

 あの大きさは脅威だけど、前後左右からしか来ないなら、後ろだけ警戒したらいいかな。


 感覚を研ぎ澄ませ、どこから来るかを探った。

 すると突然、制服が強く光り、そして急に身体が浮いて後ろに引っ張られた。


「今度は何!?」


 その時、畳から大きな口が現れ、さっきまで立っていた所から大蛇が屋根の方へと上がっていった。


「下からもありか……ありがとう、つくちゃん。油断してたよ……」


 そう言うと、制服が微かに光った。

 大蛇が開けた穴は徐々に塞がっているようだ。


「塞がってる? ……傷口じゃあるまいし……」


 そう言葉に出すと、


「……あ」


 何かが腑に落ちた。


「……もしかして!」


 私は出てきた大蛇を避け、口の中に手榴弾を放り込む。

 そして、大蛇の口の中で手榴弾が爆発し、巨体の半分が畳の上に倒れ込んだ。


「よし今だ!」


 私は大蛇が中途半端に入ったままになっている穴を、広げるようにナイフで切り裂く。

 座敷1区画くらい切り裂いた後、大蛇はその切り裂いてできた大穴に落ちていった。

 そして、私もその大穴に飛び降りた。


---


 飛び降りた先は、桜と椛の木に覆われた神社だった。

 前方に私より先に落ちた大蛇、後方に鳥居と階段が見えた。

 おそらく、鳥居の階段を登り切った所にある神社なのだろう。

 ふと見上げると、空に亀裂が入っていた。

 あそこから落ちてきたのだろう。


「お姉さん、食べられたのに出てきた……! すごい!」


 双子の2人は神社の縁側に座っていたようで、私が落ちてきたのを見つけて近寄ってきた。

 もう1人の子は裂かれたお腹が痛いようで、お腹を押さえながら耐えている。

 やはり私は食べられていたようだ。

 それも、魂だけをだ。

 後頭部を触ると、そこに団子ヘアとかんざしがあったので、元に戻ったのだろう。


「あ! 風羽! 心配したんだから!」


 かんざしを触ったのが見えたのだろうか、夢羽が大きな声で話してきた。


「ごめんね。食べられてたみたいだけど、胃袋と腹を切って出てきたから大丈夫だよ」

「胃袋と腹……風羽ってたまにすごい事するよね……。器用というより根性か度胸の間違いじゃないかな……」

「……何の話してるの?」


 夢羽はふふふと笑う。


「なんでもないわ……それより! 鳥居をくぐっていく度に風羽の気配が消えていくんだから……心配だったんだよ」

「そうか、そこから既に食べられていたんだね……それで?」


 私は2人を見る。


「どうしてあんな事してたのかな?」

「夢の中のはずなのに、お腹が空いて空いて仕方なかったの……」

「お腹が空いた?」

「うん……変な手紙が送られてきて、その後からお腹が空き始めたんだよね。でも、最初は色んな人があれ持ってきてくれてお腹が空かなかったんだけど、最近持って来なくなったんだ」


 双子の1人が神社の方を指した。

 そこには、いくつもの壺が置かれていた。


「夢羽……」

「うん……邪気のニオイがするわ。中には何も無いけどね」

「……これが食事だったってわけか……え? 夢羽嗅覚もあるの?」

「あ、ほんとだ。最終的に身体までできたりして」


 夢羽はふふふと笑う。


「……それはそれで助かる気がするけど……と、とりあえず、証拠として撮っておくね」


 私は端末で写真取り、持っていた拳銃で全ての壺を割った。


「その壺が来なくなった後、郵便屋さんが来た時に美味しそうな匂いがしたと思ったら蛇さんが……」

「あー……」


 てか普通に話してるし、グロな部分を濁してくれたな……正気に戻ってる?

 私は双子をじっと観察する。

 双子の子ども達は同時に首を傾げる。

 どうやらお腹が痛かった方の子は回復したようだ。


「でも、その蛇さん……お姉さんが退治してくれたから、お腹が空いた感じしなくなったよ」


 空腹の元凶は蛇だった? 憑かれてたのかな?


「……蛇ね」


 夢羽はそう呟き、黙り込む。

 私はカバンのポケットから、依頼された手紙と座敷で拾った手紙を取り出した。


「はいこれ、郵便だよ」


 手紙をそれぞれに配達する。


「ありがとうございます。郵便屋のお客さん(お姉さん)」


 2人同時にそう言い、頭をペコリと下げた。

 そして、2人は手紙を開封した。

 すると、色んな風景や映像が流れ、そして切手が剥がれて私の手元に飛んできた。


「うん……今回は手紙の量も多かったからすごい思いのチカラね。ちょっと練習したら身体まで出せそうだわ」


 夢羽は、うーんと声を漏らしている。

 背伸びをしているのだろう。


「まじで身体出せるんだ……あ! 邪気消えた? 秘密話せそう?」

「まだ消えてないわ。ふふふ、内緒」


 夢羽はそう言い、ふふふと笑う。


「あ、郵便屋のお客さん! 持ってるとお腹が空くこのお手紙、元の送り主に送ってください」

「うん? 誤送だったら持っていくね」


 お腹を押さえていた方の子がそう言うと、目の前にいた大蛇が消えて手紙になった。

 それを双子の2人が拾い、渡してくれた。


 するとその手紙から突然、切手が2枚剥がれて手元に飛んできた。

 その切手には、鳥居の描かれた物と蛇が何かを食べようとしている物が描かれていた。


「『結界』と『吸収』?」

「……なんですって!?」


 その切手に触れただけで、その単語が出てきた。

 だが、それが何なのかがわからない。

 夢羽はなぜかかなり驚いている。


「んー……とりあえずこれは後で夢羽に聞くよ」

「うーん……」


 夢羽は唸っている。

 私はその切手2枚を、カバンの中の大事な物ポケットにしまった。


「じゃあねー! 変な物、食べないでね」

「はい! お客さん(お姉さん)ばいばーい!」


 双子の2人に手を振った。

 そして、神社を後にした。

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