第33話 D等級ダンジョン

 領都セントリッツ南東部。

 宿が立ち並ぶその一角に足を運んだハイドは、いくつかの宿を見て回り、その中からショウ・・・として借りる宿を決めた。


 最低条件としたのは、鍵付きの個室。

 宿代はこの際気にせずに選んだ。


 宿の主人から青銅の鍵を受け取って室内を見たハイドの率直な感想は、「懐かしい」だった。


 決して広くはない部屋。特にこの七年間、貴族として広い屋敷での生活に慣れていたハイドにとっては、狭い、と感じる部分もある。

 しかしだからこそ、懐旧かいきゅうの情が湧いた。


(大学生の時に始めた一人暮らしの部屋もこんな広さだったな)


 床板を踏み鳴らしながら室内へ入る。

 六畳ほどの部屋には簡易的なベッドと棚、そして一揃いの机と椅子がある。

 寝泊まりさえしないのだからこんなに充実した設備はいらなかったが、鍵付きの宿を探すとどうしてもこうなってしまった。


「いいところ、借りたんだね」


 後ろからひょこっと顔を出したのはヘレネー。

 そもそも宿を借りた理由が荷物を置くためと、彼女との連絡をとるためだったので、宿が決まったこの日の内に連れてきた。


「ヘレネーさんも個室を借りてるって聞きましたけど」

「私の場合、大部屋だと周りにいる人たちのマナを吸っちゃうから。……休んでるだけなのに、みんな起きるときには疲れ切ってて、それでね」

「ああ……」


 そんなところでも苦労しているのかと、ハイドは思わず同情した。


「もし以前のようにギルド会館に俺が来ないようだったら、この宿までお願いします」

「わかった。……私の宿にも来る? 結構綺麗なところだよ」

「そうですね、ヘレネーさんも急に来れないことがあるかもしれないですからね。では、案内をお願いします」

「うん」


 ヘレネーはこくりと頷くと、くるりと廊下へ向き、肩越しに小さく微笑んだ。


「じゃあ、行こ」





 ◆ ◆ ◆





 お互いの宿の場所を確認し終え、二人はギルド会館へ戻った。

 ハイドがD等級へ昇格したことでパーティで受けれるダンジョンの等級も一つ上がり、最近はもっぱらD等級のダンジョンに潜っている。


 D等級からはダンジョン内に数種類のモンスターがポップするため、依頼自体の難易度もあがっていた。

 とはいえ、二人の手に余るモンスターは今のところ現れていない。


 D等級ダンジョン、《深緑の森》。

 探索型であるこのダンジョンは、両脇を切り立った崖と聳える樹木が囲い、頭上には大樹の枝葉が覆い被さって薄暗い。

 足下には太い根が伸び、天然のトラップとして機能している。


「や――っ!」


 そんな森の道を進みながら、現れたスライムへ向けてヘレネーが矢を放つ。

 放たれた矢の先端にはマナが込められ、淡い輝きが軌跡を描きながらスライムの粘体へ直撃し、爆発四散した。


 新しい弓と矢は、ヘレネーの戦闘能力を確実に押し上げていた。

 以前の装備と戦い方であれば、スライム相手に相当手こずっていたはずだ。


「っ、ショウ!」


 両脇の崖から突然モンスターが現れ、ヘレネーが悲鳴に似た声を上げる。

【全知神の目】でその存在を知っていたハイドは、眼前に飛び降りながら繰り出された攻撃を、バックステップで回避した。


 現れたのは、以前にも戦ったことのあるゴブリンが成長したような姿をしたモンスター、大鬼オーガ

 スライムの対処に手こずっていると両脇からオーガに奇襲を食らうという、なんともいやらしいダンジョンだ。


 オーガは体躯が大きくなっただけでなく、鎧のようなものを纏い、手には棍棒を握っている。

 防御力も攻撃力も、見るからにゴブリンより上がっていた。


 威嚇のようなうめき声を上げる二体のオーガたちへ一気に肉薄する。

 不安定な足下。その中で、一番加速できるルートを【全知神の目】と【武神の導き】が弾き出す。


「「――!?」」


 オーガたちからすれば、瞬間移動に見紛うほどの速度でハイドが動いたように見えただろう。

 動揺するオーガの顎下へ、ハイドは拳を振り上げる。


 アッパーを食らってふわりと浮き上がったオーガに目もくれず、即座に上体を捻り、その反動を活かしてもう一体の腹部へ右足を蹴り上げた。


 ドンッという衝撃の音と共にもう一体のオーガの体躯も中空へ舞い上がる。

 そしてそこへ、後方からヘレネーの矢が飛来した。


 空中に舞い上がり、回避する術を持たないオーガたちはヘレネーの矢に射貫かれて絶命する。

 オーガは黒い光の粒子となって消えていき、代わりに生まれた二つのマナストーンが空から落ちてくる。


 地面に落ちる前に掴み取り、矢も回収しているハイドの下へ、後方からヘレネーが追いついた。


「ごめん、余計な援護だったよね」

「援護に余計も何もありませんよ。変な気を回さないで大丈夫ですから、今まで通り援護お願いします」

「っ、う、うん!」


 ハイドから受け取った矢を、ヘレネーは嬉しそうに矢筒へ仕舞う。

 そんな中、ハイドは唐突に振り返ると、進行方向を見つめた。


「ショウ、どうかした?」

「この先で、戦闘の気配がします」

「えっ、私何も感じないけど……?」


 訝りながら、ヘレネーもまたハイドの視線の先を追う。


「どうやらモンスターの方が優勢のようです。ひとまず、急いで向かいましょう」

「う、うん。……相変わらず、ショウの索敵能力はどうなってるの?」


 不思議そうにするヘレネーの言葉に曖昧な笑みを返しながら、二人は先を急いだ。

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