「死んだもの」とみなされた母

虎視眈たん

「死んだもの」とみなされた母

 わたしの母は、わたしが17歳になる年に死にました。


 事故や、病気ではありません。

 行方不明になってから7年が経過したので、失踪宣告が認められたのです。

 その日から、母は法律的に「死んだもの」とみなされています。


 わたしのSNSに、母からのダイレクトメールが届いたのは、宣告のさらに翌年でした。


 

 お久しぶりです。

 お元気ですか。こちらは少し寒いです。


 あなたの母より



 短い文章で、要件もわからないメッセージでした。

 わたしはそのメールを、無視しました。


 母が幼い頃に失踪したことも、昨年死亡を認められたことも、すべてSNS上で公にしてしまっています。

 動機はわかりませんが、この程度のなりすましは、誰にでもできるいたずらでした。


 同じ相手から再びダイレクトメールが送られてきたのは、それからちょうど1ヶ月後でした。


 

 こんにちは。

 もうすぐ受験ですね。体に気をつけて。


 あなたの母より



 わたしは送信者の目的がわからず、当惑しました。

 その文面の中に、お金や個人情報を奪おうという悪巧みが含まれているようには見えませんでした。

 だとすると、誰が、何のために?


 わたしは直接、相手にその疑問をぶつけてみることにしました。


 

 あなたは誰ですか?

 なぜわたしの母を騙るのですか?



 返事は、またちょうど一ヶ月後でした。



 

 あなたの母ですよ、ほっぺちゃん。

 またコロナが流行っているようです。手洗いうがいを、しっかりとね。


 あなたの母より



 お母さんだ。

 わたしは直感してしまいました。


「ほっぺちゃん」は、小学生になっても下膨れが収まらないわたしに、母がつけたあだ名だったのです。母以外に、その呼び名を知るひとはいません。



 

 どこにいるの?



 わたしはメールを返します。

 返事はまた、1ヶ月後。



 

 遠いところ。



 それだけ。

 短文で、1ヶ月おきのやりとりでは、母の所在地も、失踪の理由も明らかにすることができませんでした。

 話題は徐々に、母のことからわたしのことへとシフトしていきます。

 受験の不安、合格の喜び、新しい友人との出会い、彼氏との出会い、別れ、また出会い、卒業。


 わたしたち母娘の不思議な文通は、ずっと続くように思えました。

でも、やはり世の中に永遠などというものは存在しないようです。

 必ず、転機は訪れます。


 ダイレクトメールを受け取っているSNSが、サービス終了を予告したのでした。



 

 どうする?



 わたしは、母に尋ねました。

 そのときもまた、1ヶ月越しの相談です。どきどきします。

 このままお別れになるのか、それとも別のSNSにお引越しか。

 母からの返事は、意外なものでした。



 

 電話、しちゃいましょうか。



 そのメッセージをわたしが読み上げた直後、端末に通話がかかってきました。

 知らない番号からでした。

 おそるおそる取ります。

 黙って、スピーカーに耳を近づけると、向こう側から、


「もしもし?」


 母の声でした。

 信じられません。10歳の頃の記憶そのままの、母の声でした。


「お母さん?」

「あらあら、あなた、ほっぺちゃん? すっかり大人の声になっちゃって」


 わたしたちの交流は文字から会話へと発展していきます。

 相変わらず頻度は月1回でしたが、送受信というひと手間が省かれたせいもあって、通話は毎回、深夜まで続きました。


 やがて、わたしはひとりの男性と出会い、愛し合い、結婚しました。

 夫は、毎月決まった日に執り行われる親しげな相手と電話を、最初は不思議がっていましたが、とても仲良しの友だちなの、と伝えると納得したようでした。


 なぜ本当のことを伝えなかったのかって?

 わたしには、通話相手の母が、生きた人間だとは思えなかったのです。


 だって、そうでしょう?


 行方不明から7年間も、姿を見せなかったのに。

 ようやく声が聞こえたと思ったら、若い頃のままで。


 この電話は天国と通じているのだと思えて仕方なかったのです。

 それでも、わたしは構いませんでした。


 わたしの現状を報告する。

 愚痴を聞いてもらう。

 なぐさめてもらう。


 月に1回だけ通じる天国との電話は、わたしの生活に欠かせないものとなっていました。


 数年が経ちます。

 わたしも、子を授かりました。娘でした。

 はじめての子育ては、苦戦することばかりです。

 生まれたての赤ちゃんは、想像していたような可愛いばかりの存在ではなく、ほとんど宇宙人でした。

 母は自分の経験から逐一アドバイスをしたがりましたが、時代観の違いから言い合いになることもしばしば、でした。


 時は更に過ぎます。

 わたしは、母が行方不明になった歳を、追い抜いてしまいました。

 娘は育ち、大人になり、わたしたちの手を離れます。

 外国人と結婚したようです。それで娘は、名前も聞いたことのない国へと移っていきました。


 その月の電話で、わたしは母に、娘がそっちに行くかもしれないからよろしくね、とお願いしました。

 冗談のつもりで言った言葉に、母は「はいはい」と優しく応えるのみでした。


 夫はその翌年、肺炎で死にました。

 突然のことでした。

 その月の電話で、わたしは母に、夫がそっちに行くかもしれないからよろしくね、とお願いしました。

 本気のつもりで言った言葉に、今度も母は「はいはい」と優しく応えてくれました。


 結局、母は生きているのか、死んでいるのか、どこにいるのか、どこから電話をかけているのか、どこでわたしを見守っているのか、なぜわたしと連絡をとれているのか、すべて分からないままでした。

 何度尋ねても、母自身の口から説明してもらうことはできませんでした。


 時の流れは止まりません。

 もっと。

 もっと。

 過ぎていきます。


 いよいよ、わたしにも寿命というものが見えてきました。


 それは、ある夏の日のこと。

 外出中に軽い熱中症で倒れたわたしは病院にかつぎこまれ、そのまま入院することになりました。すぐによくなるだろう、と言われていた病状は悪化する一方で、どんどん体が衰え、ベッドから動けなくなっていきました。


 これはそう長くない。主治医が手のひらを返して遠方の娘に帰国を促しはじめたころ。


 月に1回の、電話の日がやってきました。


 いつもどおり、唐突な電話の通知。

 別人のようにやせ細った手が、かろうじて目的の端末を掴みました。


「もしもし」


 わたしはおばあちゃんの声で、電話に出ます。


「もしもし」


 母は、わたしが10歳の頃と変わらない声で、応えます。


「わたし、もうすぐ死ぬかも」

「あら、まだ若いのに」

「もう97よ、お母さん」


 死にかけた声で、思い切り笑います。

 母も、ころころと笑います。若い声。うらやましい。


「今、入院してるの?」

「そうよ、寝たきりなんだから」

「つまんない?」

「つまんない」


 また、ふたりで笑います。

 死にかけのおばあちゃんなのに、母と電話している間だけは、10歳の女の子に戻れるようでした。


「じゃあ、お見舞いに行かないとね」


 え? と思った瞬間、通話は切れました。

 リダイヤルを何度押しても、なぜか発信が開始されません。


 お見舞い?

 来るの? お母さんが? ここに?


 母とのやりとりが始まって、80年が経っています。

 わたしでさえ、100歳が間近に迫っているのです。もし存命なら、母の年齢は、人間の限界を遥かに超えてしまっているはずです。

 あんなに若い声のはずが、ありません。

 生きているはずが、ありません。


 病室のドアが2回、ノックされます。


「はい」とわたしは応じます。

 看護師さんでした。

 娘と連絡がとれて、今日中にこちらに向かうとのことでした。

 娘も、もう若くありません。無理せずに、と伝えてもらいました。


 しばらくして、また病室のドアが2回、ノックされます。


「はい」とわたしは応じます。


 今度は、返事がありません。

 看護師さんではありません。


 きっと、娘よ。


 わたしは予想します。

 でも、それにしては到着が早すぎます。

 飛行機を3つ、乗り継いで帰国するはずなのです。


 もしかしたら、お母さんかも。


 わたしは予想します。

 もちろん、そんなはずがありません。

 母は、わたしが10歳のときに死んでいるのです。

 死んだもの、とみなされているのです。


 どれだけ考えても、わたしの予想は、どちらにも傾くことはありませんでした。


 ドアの向こうのひとは、沈黙しています。

 2回ノックをしたきり、まだ部屋にも入ってきません。


 あれは、母の寿命を看取りに来た娘なのでしょうか。

 それとも、娘の寿命を看取りに来た母なのでしょうか。


 少しどきどきしています。

 人生の最期に味わうスリルです。心電図のモニターが異常値を告げます。


「どうぞ」


 死にかけの声で、勇気を振り絞ります。

 応じるように、一拍置いて。


 病室のドアが、ゆっくりと、開いていきます。



<了>



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