第32話:「黒竜との決戦」

 黒竜は、太古の時代から語り継がれた災厄。漆黒の鱗に覆われた巨大な体躯、その一声が世界を揺るがす力を持つ。空を覆う翼、全てを焼き尽くすブレスは、人々に終末を告げる。その黒竜が今、黒樹の森の奥で目覚めようとしていた。世界の終焉を阻止するため、ベルガルドの冒険者たちは決戦に向かおうとしていた。


 ベルガルド冒険者ギルドは、これまでにない緊張感に包まれていた。黒竜討伐に向け、街の冒険者たちは一斉に準備を進めていた。ガルドもまた、その準備を進め、出発を前にギルドのカウンターで依頼書を確認していた。


「ガルドさん……本当に黒竜と戦いに行くんですね」


 セリアは、心配そうな表情を浮かべながらガルドに声をかけた。彼女は、ガルドがこれまで数多くの依頼を淡々とこなす姿を見てきたが、今回ばかりは不安を隠せなかった。


「そうだ。俺もできることをするだけだ」


 ガルドは落ち着いた口調で答えたが、その言葉には重い決意が感じられた。


「でも、黒竜って……本当に倒せるんでしょうか?」


 セリアの問いかけに、ガルドは静かに頷いた。


「誰も確実に勝てるとは思っていない。だが、やらなければ街は滅びる。それを防ぐために戦うんだ」


 その言葉に、セリアは少しだけ安心したような表情を浮かべた。だが、不安は完全には消えない。


「ガルドさんなら、きっと大丈夫ですよね……」


「心配するな。必ず戻るよ」


 そこに、リサもやってきた。かつてガルドに保護された彼女も、今回の戦いに不安を抱えていた。


「ガルドさん、錬金アカデミーで作ったポーションや魔法アイテム、たくさん持っていってください。少しでも役に立てば……」


 リサは手にしたアイテムをガルドに差し出しながら、心から彼の無事を願っていた。ガルドはその気持ちを受け取って、静かに礼を言った。


「ありがとう、リサ。お前たちが作ったアイテムは、俺たちの大きな助けになる。必ず役立てるよ」


 その後、ガルドはギルドの受付にいるエリシアのもとへと足を運んだ。エリシアは無言でガルドを見つめ、その表情には夫婦ならではの深い信頼と心配が入り混じっていた。


「気をつけてね、ガルドさん。黒竜との戦いは本当に危険だわ」


 エリシアの声には、いつものような穏やかさがあったが、その裏には不安が滲んでいた。ガルドは彼女の心配を感じ取りながらも、静かに彼女の手を取った。


「大丈夫だ。俺は必ず戻る。この街も、君も守るために」


 エリシアは小さく微笑んで、ガルドにポーションを手渡した。それは、彼女が愛情を込めて用意した特別なもので、彼の無事を祈る気持ちが込められていた。


「戻ってきたら、二人でゆっくり過ごしましょう」


 その言葉に、ガルドは穏やかに頷いた。エリシアとの日常が彼にとって一番の癒しであり、彼の力の源だった。


 ギルドの外では、王都から派遣された聖女エイリスと、貴族令嬢レティシア・フォン・ルードが到着していた。彼女たちは黒竜討伐に向けた支援部隊として来ていたが、レティシアは不満げにガルドを見つめていた。


「どうしてCランクの冒険者がこんな重要な戦いに参加するの?」


 レティシアは疑問を抱きながらも、王都での教育を受けた彼女にとって、Cランクの冒険者がこんな大規模な討伐に参加するのは理解できなかった。


「ガルドさんは特別ですわ。彼の実力は、そのランクでは計り知れません」


 隣にいた聖女エイリスは、レティシアに微笑みかけながら静かに言った。エイリスはガルドの名を知っており、彼の噂も耳にしていた。


「でも、Cランクじゃ……」


 レティシアは納得しない表情を浮かべていたが、やがてその目つきは少しずつ変わっていくことになる。


 黒樹の森の奥深く、黒竜が目覚めた瞬間、周囲の空気が一変した。大地が震え、木々が軋みをあげ、空は不自然に暗くなっていく。漆黒の鱗が音を立てて動き出し、黒竜の巨体が姿を現した。その圧倒的な存在感は、森全体に暗黒の気配を漂わせた。


「これが……黒竜か」


 レイヴンがその姿に目を奪われ、剣を構えた。隣にはパートナーのミリアが立っており、二人とも覚悟を決めていた。


「絶対に倒さないと、この街もみんなも危ないわ」


 ミリアは冷静な声でそう言いながらも、内心は緊張でいっぱいだった。


「俺たちがやるしかない」


 ガルドは剣を握りしめ、周囲の冒険者たちと共に戦場へと向かっていった。Aランク冒険者のエルネストとセリーヌも、すでにその巨体に目を向けていた。


「面白い戦いになりそうだな」


 エルネストは不敵に笑みを浮かべ、剣を抜いた。彼はその実力で数多の討伐を成功させてきたが、今回の黒竜との戦いは別格のものだった。


 黒竜との戦いが始まるその時、森の別の場所で影氷の爪(エイセリカ)の魔族一派が動き出していた。リーダーのゼノスは、黒竜の復活に乗じて人間たちを滅ぼし、自らの支配を拡大しようとしていた。


「黒竜が目覚めれば、この世界は我々のものだ」


 ゼノスの目には冷酷な光が宿っていた。彼の背後には、かつてベルガルドの冒険者ギルドから追放されたグリードも立っていた。


「ガルド……お前たちを倒し、この街も滅ぼしてやる」


 グリードは狂気に満ちた笑みを浮かべながら、ガルドたちに向かっていった。



 黒樹の森の深部へと進んでいく冒険者たち。しかし、黒竜を目前にして、彼らの前に立ち塞がる新たな存在がいた。闇の中から現れたのは、人間とは異なる魔族の集団だった。その中心に立つ、冷酷な目をした男が静かに口を開く。


「我が名はゼノス。『影氷の爪(エイセリカ)』のリーダーだ。我らが力を持って、この世界を黒竜と共に支配するため、貴様らをここで止める」


 その言葉に、ラグナたちBランク冒険者はすぐさま身構えた。彼らはゼノスの言葉に驚き、緊張感を高める。


「影氷の爪……? 魔族がこんなところに……」


 ラグナは剣を握りしめ、隣にいる仲間たちに目配せを送った。彼らの顔には焦りが浮かんでいたが、すぐに戦闘体制に入った。彼らは何度も一緒に戦ってきた仲間であり、この危機的状況を乗り越えるために全力を尽くす覚悟ができていた。


「俺たちがここで奴らを止める! ガルドさん、黒竜討伐は任せました!」


 ラグナは叫び、仲間であるアリーシャ、ゴードン、そしてカレンと共に、魔族たちに向かって突進していった。


「私たちも行くわ!」


 アリーシャは矢を放ちながら、ゴードンが前線で盾を構え、攻撃を防いだ。彼らの連携は見事であり、ゼノスたち魔族に負けじと戦い続けた。


「ガルドさん、行ってください! 黒竜を倒すのはあなたたちです!」


 カレンは癒しの魔法を仲間にかけながら、ガルドに声をかけた。その信頼を受けたガルドは、ラグナたちの戦いを信じて進む決意を新たにした。


「……任せたぞ、ラグナ」


 ガルドはミリアと共に、後方支援に回る形で戦場を後にし、レイヴンやAランク冒険者のもとへ急いだ。


 森の中での戦いはさらに激しさを増していた。空には漆黒の巨体――黒竜が姿を現し、そのブレスが地面を焼き払い、木々を倒していた。大地が裂け、空気が震え、黒竜の咆哮が森全体に響き渡る。


「これが……黒竜か……!」


 レイヴンはその恐ろしい光景に圧倒されながらも、剣を構えて前へと進んでいった。彼の隣にはAランク冒険者のエルネストが立ち、冷静に黒竜の動きを見極めていた。


「これほどの力を持つ魔物と戦うのは初めてだが……俺たちなら勝てるはずだ」


 エルネストは不敵な笑みを浮かべ、鋼鉄のような剣を握りしめた。彼の実力は、これまでの冒険者としての経験からしても確かなものであり、彼に続く冒険者たちの士気を高めた。


「行くぞ! 一気に仕留める!」


 セリーヌもまた、強力な魔法を唱えながら、黒竜に向かって攻撃を繰り出した。彼女の放つ魔法は黒竜に直撃し、その巨体を一瞬だけ怯ませた。


「今だ! 攻め込むぞ!」


 エルネストの指示で、レイヴンやミリア、他の冒険者たちが一斉に黒竜に向かって攻撃を仕掛けた。ガルドは後方から彼らをサポートし、的確なタイミングで指示を飛ばしつつ、必要に応じて防御魔法や補助を行った。


「今は俺が前に出るより、彼らの力を引き出すことが大事だ」


 ガルドは、自らがCランク冒険者であることを理解していた。彼の役割は前線で戦うことではなく、周りの冒険者たちの力を引き出し、支援することにあった。


 戦闘が激しさを増す中、後方にいたレティシア・フォン・ルードは、黒竜との戦いを見守っていた。彼女は最初、Cランクのガルドが何故この戦いに加わっているのか理解できなかった。しかし、戦いの中で彼の冷静な判断力と、仲間たちへの的確なサポートを目の当たりにし、彼への見方が次第に変わっていった。


「まさか……あのCランクの冒険者が、こんなにも重要な役割を果たすなんて……」


 レティシアは驚きと共に、ガルドに対する尊敬の念を抱くようになっていた。彼がただのCランク冒険者ではないことを、戦いを通して理解したのだった。



 黒竜との最終決戦は、激しさを増していた。黒竜の咆哮は大地を震わせ、その翼が巻き起こす風が周囲の木々をなぎ倒す。冒険者たちは必死にその猛攻をしのいでいたが、徐々に疲弊していく。傷ついた者たちは次々と倒れ、全員が限界に近づいていた。


「このままじゃ……持たない……!」


 レイヴンは息を切らしながら剣を構えたまま、黒竜の次の攻撃に備えていた。彼の隣で、ミリアがサポート魔法を唱え続けていたが、消耗も激しく、手は震えていた。


「なんとかしなければ……」


 その時、遠くから強い光が差し込んできた。それは、聖女エイリスの神聖な力によるものだった。彼女は祈りの言葉を捧げ、両手を天に掲げると、聖なる光が戦場全体を覆った。


「すべての者に、癒しの光を……!」


 その言葉と共に放たれた神聖術は、冒険者たちの傷を瞬く間に癒し、体力を回復させていった。ボロボロになっていた冒険者たちは、その光に包まれると、再び立ち上がり、希望を取り戻した。


「エイリス様……!」


 レイヴンは、体の力がみなぎってくるのを感じた。そして、彼の剣もまた、聖女の力で強化され、再び戦闘に臨むことができる状態に戻った。


「今だ、全員、総攻撃だ!」


 ガルドもまた、後方支援に徹していたが、仲間たちが回復し、黒竜の動きが鈍ったその瞬間、今こそ攻めるべき時だと直感した。彼は隣にいたミリアに目配せをし、合図を送った。


「今だ、ミリア。攻める時だ!」


 ミリアはその合図を受け、素早く補助魔法を唱えた。ガルドは前に出て、剣を構える。


「皆、今がチャンスだ!」


 ガルドの声が響き渡ると、レイヴン、エルネスト、セリーヌ、そしてその他の冒険者たちが一斉に黒竜に向かって突撃した。エルネストの剣が黒竜の鱗を貫き、セリーヌの魔法が黒竜の体に深い傷を刻んでいく。レイヴンもまた、全力で剣を振り下ろし、黒竜の動きを封じ込めようとした。


 黒竜は激しくもがきながら、最後の抵抗を見せていたが、全員が連携して繰り出した攻撃により、その巨体がついに崩れ落ちた。



 一方で、ラグナたちBランク冒険者は、ゼノス率いる「影氷の爪」の魔族たちと激戦を繰り広げていた。ゼノスは冷酷な笑みを浮かべながら、圧倒的な力でラグナたちを苦しめていたが、彼らは最後まで諦めずに戦い抜いていた。


「ゼノス……ここで終わりにしてやる!」


 ラグナは全力で剣を振り下ろし、ゼノスに迫った。しかし、ゼノスはその一撃を容易くかわし、冷たく笑った。


「愚かな人間ども。貴様らにこの私を倒せると思ったか?」


 ゼノスはラグナを睨みつけた後、仲間の魔族に撤退を命じた。


「今は撤退だ。しかし、このままで済むと思うな。我々は再び立ち上がる……次に会う時こそ、貴様らを完全に滅ぼす!」


 そう言い残すと、ゼノスは影のように消え去り、その姿は森の奥深くへと消えていった。ラグナは悔しそうにその場に剣を突き立てたが、黒竜を討伐したことにより、勝利の喜びが次第に広がっていった。


 ガルドたちは黒竜の巨体が地に伏す瞬間を見届けた。黒竜の瞳が徐々に閉じられ、森の中に静寂が訪れた。大地は揺れ、轟音と共に黒竜の巨体が崩れ落ちたが、そこには確かな勝利があった。


「……やったか……?」


 レイヴンが息を切らしながら呟く。全員が傷だらけで、ボロボロになっていたが、黒竜が討伐されたという事実が彼らの心に安堵をもたらした。


 ガルドは、剣を地面に突き刺し、深く息をついた。彼は後方支援に徹していたが、最後の総攻撃に参加し、全員の力を集めて黒竜を討ち取ることができたことに達成感を感じていた。


 黒竜が討伐され、冒険者たちは再びベルガルドの街へと帰還した。街には彼らの帰りを待つ人々が集まり、勝利の知らせがもたらされた瞬間、喜びの声が街中に響き渡った。


 ギルドでは、ガルド、レイヴン、ミリア、エルネスト、セリーヌ、ラグナ、そして聖女エイリスが集まり、黒竜との戦いを振り返っていた。


 レティシアも、その場にいた。最初はガルドを見下していた彼女だったが、黒竜との戦いで見せたガルドの判断力と戦術眼に感銘を受けていた。


「あなたがCランクの冒険者だなんて……信じられないわ」


 彼女はガルドに対して深い敬意を込めてそう言ったが、ガルドは静かに笑い、答えた。


「俺はただ、できることをやっただけだ。ランクなんて関係ない。仲間たちと一緒に戦えた、それが一番だ」


 レティシアはその言葉に頷き、今までの見方が間違っていたことを悟った。





 戦いが終わり、街は平和を取り戻した。ガルドは再びCランク冒険者としての日常に戻り、次々と依頼をこなしていった。彼の前に立ちはだかる困難は常にあり続けるが、彼は仲間たちと共に、街を守り続ける。


 ラグナたちもまた、ゼノスとの戦いで得た経験を胸に、次なる冒険へと歩み始めていた。ゼノスは逃げ延び、次なる脅威が迫っていることを知りつつも、彼らは恐れず、未来へと立ち向かう決意を固めていた。


 こうして、ベルガルドの街は一時の平穏を取り戻したが、次なる戦いが訪れることは避けられない。ガルドは再び日常の中で、仲間たちと共にCランク冒険者としての役割を果たし続ける。


 そして、彼らの冒険はまだ続いていく――。

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