第26話:「セリアの嫉妬と、ガルドの忠告」

 花竜の月が過ぎ、ベルガルドの冒険者ギルドでの仕事にも少しずつ慣れてきたセリア・フォルスター。憧れの受付嬢エリシアの下で働き始めてから数週間が経ち、日々忙しいギルドの業務にも順応してきた。


 しかし、セリアの胸の中には、最近ある一つの感情がくすぶり始めていた。それは、いつもエリシアのカウンターで依頼を受けているベテラン冒険者ガルドに対するものだ。彼は淡々とした態度で依頼をこなし、その寡黙な性格から、多くの新人受付嬢たちが彼を「怖い」と感じていた。


「なんで、いつもエリシアさんのところで依頼を受けるんだろう……」


 ガルドがギルドに来るたび、セリアはその光景を見ながら胸に引っかかる何かを感じていた。エリシアとガルドのやり取りは無言ながらも、互いに信頼し合っているように見える。それが、セリアにはどこか嫉妬に似た感情を抱かせていた。


「まさか、エリシアさんがガルドに……恋してるとか?いや、そんなはずないよね……」


 彼女は自分の考えに驚き、首を振った。エリシアはエルフで、見た目が若々しいが、年齢はガルドとそう離れているわけではない。エルフとしての長寿の特性からくる年齢差を理解していないセリアは、ふと妙な疑念を抱く。


「それにしても……あのガルドって、やっぱり怖いし、何か気に入らない……」


 ある日、セリアの胸に募るモヤモヤが抑えきれなくなった。ギルド受付嬢には、それぞれ休日が決まっており、ギルドは毎日営業しているため、受付嬢たちは順番に休みを取る。セリアの休日が近づくと、彼女はある大胆な行動に出ることを決意した。


「エリシアさんがいつもガルドにどんな依頼を出してるのか……気になるな」


 休日の朝、セリアは普段の服装に身を包み、ギルドでガルドが依頼を受けるタイミングを待ち、ひそかに後をつけることにした。街を出て、ガルドが向かうのはベルガルド近くの森だった。セリアは自分の胸の高鳴りを抑えながら、こっそりと距離を保ちつつ、彼の後を追った。


「何してるんだろう……エリシアさんのために特別な依頼でも?」


 そんな疑問を胸に抱きながら、セリアは少しずつガルドの姿を追いかけていった。しかし、ガルドはその気配にすぐに気づいていた。だが、彼はそれを特に気にする様子もなく、淡々と依頼をこなしていた。


 ガルドが森の奥へと進んでいく中、セリアは興味本位でさらに後を追ってしまう。だが、森の中は危険が潜んでおり、無防備なセリアにはあまりにも無謀な行動だった。しばらくすると、森の奥から低い唸り声が聞こえてきた。


「えっ……?」


 その瞬間、茂みから現れたのは獰猛なウルフ型の魔物だった。セリアは恐怖で体がすくみ、動けなくなってしまった。魔物はじりじりとセリアに近づき、その鋭い牙をむき出しにしていた。


「ど、どうしよう……!」


 完全に動けなくなったセリアは、ただ魔物の迫り来る姿を見つめていた。だが、次の瞬間、鋭い一閃が魔物の前を横切り、その巨体を叩き伏せた。


「ガルド……さん……?」


 魔物を一刀両断にしたのは、ガルドだった。彼はセリアが後をつけていたことに気づいていたが、気に留める様子もなく、彼女を救うために一瞬の隙を見逃さなかった。


「後をつけるのは勝手だが、自ら命を捨てるようなことはするな」


 ガルドは冷静な声でセリアに忠告した。彼の目は鋭く、まるでセリアの未熟さを見透かしているかのようだった。セリアはその言葉に怯え、震える声で謝罪した。


「す、すみません……勝手なことをして……」


 ガルドはそれ以上何も言わず、黙って魔物を確認すると、依頼をこなすべく再び前進していった。セリアはその場に立ち尽くし、ガルドの背中を見つめていた。


「やっぱり……怖い……」


 ガルドの冷静な態度は、彼がいかに経験豊富な冒険者であるかを示していた。しかし、セリアにとってそれは恐怖を感じさせるものでしかなかった。彼の実力を目の当たりにし、命を救われたにもかかわらず、その圧倒的な存在感に圧倒されたのだ。


 後日、セリアはギルドでの業務に戻り、エリシアと共に日々の仕事をこなしていた。しかし、ふとした瞬間にガルドの姿が頭に浮かんだ。彼の寡黙で冷たい態度、そして何事もなかったかのように依頼をこなす姿勢。


「なんであの人はあんなに怖いんだろう……でも、あの時、私を助けてくれたのに……」


 セリアは頭を抱えながら思い返していた。彼女にとってガルドは、憧れと恐怖の狭間にいるような存在になっていた。そして、エリシアとガルドの関係にも、未だに疑念を抱き続けていた。


「やっぱり……ガルドさんって、特別な人なんだろうか……」


 セリアの中で、ガルドに対する複雑な感情はさらに深まっていく。まだ彼がエリシアの夫であることに気づくことなく、セリアはギルドでの日常を過ごしていくのだった。


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