第25話:「憧れのエリシアと、試練の冒険者ガルド」

 花竜の月も半ばに差しかかり、11日を過ぎたころ、王都ラーナストールから一台の馬車がベルガルドの街へと向かっていた。馬車の中で、ギルドの新人受付嬢であるセリア・フォルスターは、期待と少しの不安を抱きながら景色を見つめていた。


「いよいよ……私、ベルガルドに行くんだ……」


 セリアが馬車に乗ったのは花竜の月の11日。前日の10日には、王都で最後の休日を過ごし、いよいよ新たな人生のスタートとなるベルガルドのギルドでの仕事が待っている。彼女は憧れの先輩、エリシアが働くギルドで、いつか自分もエリシアのような一流の受付嬢になりたいと夢見ていた。


 王都ラーナストールとベルガルドの間は約5日間の旅程。途中、整備された街道を進みながらも、時折現れる小さな村や美しい草原が続く道を進む。旅は順調だったが、セリアの胸は徐々に高鳴り始めていた。


 花竜の月の15日、予定よりも少し早く馬車はベルガルドの街に到着した。到着前、街の全景が馬車の窓から見えた時、セリアは一瞬息を飲んだ。ベルガルドは、王都のような大都市とは違って親しみやすい中規模の街だが、そこには独特の活気と温かさがあった。


「ここが、私がこれから働く街……ベルガルド……!」


 馬車から降り立つと、春の花が街の広場を彩り、穏やかな風が吹き抜けていた。セリアはすぐにギルドへ向かうことにした。ギルドの建物はベルガルドの中心に位置しており、その威風堂々とした姿に、セリアは改めてこの場所で働くことの責任の重さと期待感を感じた。


「ここが私の新しい職場か……」


 ギルドの大きな扉を前にして、セリアは一瞬、緊張で足がすくんだ。だが、彼女は大きく息を吸い込み、自分に言い聞かせた。


「大丈夫、私ならできる……エリシアさんだって最初はきっと緊張したはず……!」


 セリアは意を決して扉を押し開け、憧れの冒険者ギルドに一歩足を踏み入れた。


 ギルドの中に入ると、すぐに目に飛び込んできたのは、広い受付カウンターと多くの冒険者たちの賑わいだった。剣を腰に下げた強面の冒険者や、軽装の探索者たちが談笑し、受付嬢たちが忙しそうに仕事をしている。そんな中、一際輝いて見えたのが、セリアが長年憧れていた人物、エリシアだった。


「エリシアさん……!」


 セリアは思わず声に出してしまったが、その声が届くわけもなく、彼女は少し緊張しながらもカウンターへと向かった。そこでエリシアが微笑みながら、セリアに気づき声をかけてくれた。


「セリアさんですね。お待ちしていました」


 エリシアの柔らかな微笑みと落ち着いた声に、セリアは一瞬にして心を奪われた。王都で話に聞いていた以上に、エリシアの存在は温かく、そして優雅だった。


「わ、私、セリア・フォルスターです!これからこちらで受付嬢としてお世話になります!」


 セリアは少し慌てながら自己紹介をしたが、エリシアは穏やかに頷き、セリアを励ますように言った。


「緊張しなくて大丈夫ですよ。最初はみんな同じです。ここで少しずつ経験を積んでいきましょう」


 その言葉に、セリアは少し緊張がほぐれ、心の中で「よし、頑張ろう!」と自分に言い聞かせた。


 受付での業務をエリシアに少しずつ教わりながら、セリアがカウンターで仕事を始めて数日が経ったある日、ギルドの扉が重々しく開き、一人の冒険者が入ってきた。彼の風貌は、どこか冷たく、恐れを知らない表情に、厚い鎧をまとっていた。


「こ、怖い……」


 セリアは思わず小さく声を漏らした。その冒険者は、ベテランのガルドだった。彼はギルドでも有名な存在であり、どんな依頼でも淡々とこなす実力者だったが、その物静かな態度と鋭い目つきは、特に新人の受付嬢たちを怯えさせることが多かった。


 ガルドが近づいてくると、セリアは思わずエリシアの後ろに隠れそうになった。エリシアはその様子を見て、静かに微笑んでいた。


「大丈夫ですよ、ガルドさんは頼れる冒険者です」


 エリシアの言葉に少し勇気をもらったセリアだったが、ガルドが目の前に来た瞬間、その存在感に圧倒され、口元が震えた。


「この依頼、俺が引き受ける。処理を頼む」


 ガルドがセリアに渡した依頼書は、通常の冒険者では手が出せないような厄介で危険な依頼だった。セリアは慌ててその依頼書を手に取り、処理しようとしたが、初めて見る内容に少し戸惑ってしまった。


「え、えっと……こ、これはどうすれば……?」


 セリアは不安そうにエリシアを見た。エリシアは穏やかにセリアに近づき、優しくサポートしながら言った。


「まずは依頼内容を確認して、次に必要な報酬や条件を書類にまとめましょう。一緒にやりましょうね」


 エリシアの丁寧なサポートを受けながら、セリアは何とかガルドの依頼を処理した。ガルドはその様子を無表情で見守っていたが、彼が立ち去った後、セリアは大きくため息をついた。


「はぁ……なんて怖い人なの……」


 セリアはガルドが去っていく背中を見ながら呟いた。まだ、彼の本当の優しさや実力を知ることはなく、ただ「怖い人」という印象が残ってしまった。


 その日の業務が終わると、セリアはエリシアに深々と頭を下げた。


「エリシアさん、本当にありがとうございました。私、一人じゃ全然できなかったです……」


 エリシアは微笑みながら、セリアの肩を軽く叩いた。


「誰でも最初は不安なものですよ。でも、セリアさんはしっかりとやり遂げました。これからもっと多くのことを経験していけば、自然と慣れていきますよ」


 エリシアの優しい言葉に、セリアは勇気をもらい、さらに頑張ろうと決意を新たにした。


「これからも、もっともっと頑張ります!」


 こうして、セリアのベルガルドでの新しい冒険が始まった。まだガルドとエリシアの関係に気づくことはないが、彼女は一歩一歩成長しながら、次なる日々へと歩んでいく。

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