第20話:「芽竜の月、花と共に訪れる危機」

 芽竜の月も後半に入り、ベルガルドの街には春の訪れが本格的に感じられるようになっていた。寒さがすっかり和らぎ、街路樹や広場に植えられた花々が次々と芽吹き、街は春の息吹に包まれていた。25日はガルドとエリシアにとって特別な日であり、無事に結婚記念日を終えたばかりのガルドは、少しだけ気が抜けたような安堵感を感じていた。


「今年も無事に結婚記念日を迎えられたな……」


 ガルドは、ギルドで一仕事を終えた後、ふとエリシアの姿を思い浮かべながら呟いた。芽竜の月の25日は、ガルドとエリシアが結婚してからの特別な記念日。数日前に贈ったガラスのオーナメントは、エリシアの机に大事に飾られている。彼女が嬉しそうに微笑んだその姿を思い出すと、ガルドは自然と顔に笑みが浮かんだ。


「まったく、あいつにはいつも感謝しきれないよな……」


 その日の記念日は、二人で静かにギルドの仕事を終えた後、夕方にはエリシアの手料理を楽しむ小さなディナーで祝った。日常の忙しさの中でも、二人の時間は何よりも貴重だった。


 結婚記念日を無事に終えたガルドだったが、すぐに新たな依頼が舞い込んできた。芽竜の月のこの時期には、自然界の力が強くなり、草木や花に関わる依頼が増えるのが常だった。ガルドがギルドに向かうと、掲示板には早速花にまつわる依頼が貼り出されていた。


 エリシアがカウンターの向こうから微笑みながら、ガルドを迎えた。


「ガルドさん、また面白い依頼が来ていますよ。芽竜の月ならではのものです」


 エリシアは、少し嬉しそうに一枚の依頼書をガルドに手渡した。依頼内容は、ベルガルド近くにある花竜の谷で、特殊な花を採取するというものだった。その花の名はエヴァーライトフラワー。この花は、芽竜の月にしか咲かない特別な花であり、魔法の触媒や薬の材料として重宝される貴重なものだ。


「エヴァーライトフラワーか……確かにこの時期にしか見られない特別な花だな。でも、どうしてわざわざ冒険者が?」


 ガルドは疑問を口にしたが、エリシアは少し顔を曇らせた。


「実は、この花竜の谷には最近、奇妙な現象が報告されているんです。花を摘みに行った村の住民が、急に体調を崩してしまったり、何かに襲われたという話が相次いでいて……」


「なるほど、単なる花摘みじゃなくて、危険な香りがしてきたわけだな」


 ガルドは少し考えた後、エリシアに微笑んで頷いた。


「まぁ、記念日も無事に終わったし、次の依頼で汗を流すにはちょうどいいタイミングだな。引き受けよう」


 エリシアは少し心配そうにガルドを見たが、彼が引き受ける覚悟を見せたことで安心した様子だった。


 花竜の谷は、ベルガルドから少し南に離れた場所にある美しい場所だった。名前の由来は、古くからこの谷に竜が生息していたと伝えられており、特に芽竜の月になると豊かな自然の力が宿り、珍しい花々が咲き誇るため、そう呼ばれていた。特に、エヴァーライトフラワーはその中でも一際目を引く存在であり、採取するには少しのコツと魔力の知識が必要だった。


 ガルドは装備を整え、スティールブルーの剣を携えながら、花竜の谷へ向かった。道中、彼はエリシアが持たせてくれた簡単な地図を確認しながら、花が咲くとされる場所へと向かっていた。


「この花、どうやら触れる際には慎重にしないと、毒があるらしいな……」


 依頼書に書かれていた情報を思い出しつつ、ガルドは注意深く進んでいった。やがて谷の奥へたどり着くと、そこには色とりどりの花々が咲き誇っていた。風が吹くたびに、花の香りが谷を包み込むように漂っていた。


「これがエヴァーライトフラワーか……」


 ガルドが花に近づこうとしたその時、不意に周囲の空気が変わった。風が止み、谷全体が静まり返ったかと思うと、背後から何かがゆっくりと近づいてくる気配を感じた。


 ガルドが振り返ると、そこには巨大な花のような姿をした魔物、フラワービーストが現れていた。フラワービーストは美しい花びらのような体を持ちながら、その内側には鋭い牙が並び、体から毒を放出していた。どうやら、この魔物が村の人々を襲い、体調を崩させた張本人だったようだ。


「なるほどな……この谷を守る存在か」


 ガルドはすぐに剣を構え、フラワービーストとの戦闘態勢に入った。フラワービーストは体から花びらのような触手を伸ばし、毒を撒き散らしながらガルドに襲いかかってきた。ガルドは素早くその攻撃をかわし、スティールブルーの剣を一閃して反撃したが、魔物の体は柔らかく、攻撃をかわすように変形する。


「柔らかくて素早い……厄介な相手だな」


 ガルドは冷静に相手の動きを見極め、弱点を探していた。そして、フラワービーストが再び攻撃を仕掛けてきた瞬間、その内側の核が一瞬露出するのを見逃さなかった。ガルドはその隙を狙い、一気に前進して剣を突き刺した。


「これで終わりだ!」


 スティールブルーの剣が正確にフラワービーストの核を貫き、魔物は苦しそうに叫び声を上げながら崩れ落ちた。谷に静寂が戻り、ガルドは深く息をついた。


 フラワービーストを倒した後、ガルドは再びエヴァーライトフラワーに近づき、慎重にその花を採取した。この花は、魔力を込めて扱わなければすぐに枯れてしまうため、丁寧に扱う必要があった。ガルドは依頼主に渡すため、花をしっかりと保護し、ベルガルドへと戻る準備を整えた。


「これで、依頼も無事に完了だな」


 ガルドは花竜の谷を後にし、街へと向かう道すがら、再び芽竜の月の柔らかな風を感じた。結婚記念日を無事に終え、エリシアとの日々に感謝しつつ、彼は再び次の冒険に備える決意を胸に秘めた。


「春の訪れは、いつも新しい冒険を呼び込むようだな……」


 街へ戻ったガルドは、エリシアに報告をし、また新たな冒険への準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る