第19話:「結婚記念日への準備と新たな依頼」

 風竜の月も終盤に差し掛かり、ベルガルドの街は寒さとともに少しずつ春の兆しを感じ始めていた。ガルドは日々の依頼を淡々とこなす中、心の片隅にはある大切な日がずっと気にかかっていた。それは、彼とエリシアの結婚記念日だ。


 ガルドとエリシアの結婚は、ギルド内では公然の秘密となっていたが、二人は特にそれを大々的に表すこともなく、静かに日常を過ごしていた。だが、結婚記念日が近づくと、ガルドはいつもより少し気を遣い、何か特別なプレゼントを贈ろうと考えるのが恒例だった。


「エリシアはいつも俺を支えてくれてる。せめて、この日くらいは何か特別なことをしてやらないとな」


 ガルドはギルドでの依頼を終えるたび、街の商店を回りながら、エリシアに喜んでもらえるものを探していた。特に、今年はスティールブルーの剣を手に入れたばかりで、自分自身も新たな力を得たと感じていたため、特別なものを贈りたいと思っていた。


 ベルガルドの街の商店街は、少しずつ春の準備を始めていた。冬の寒さを耐え忍んだ商人たちは、新しい商品を並べ、街の住民たちに喜んでもらうために工夫を凝らしていた。


 ガルドは、エリシアに贈るものとしてまず最初に考えたのは、ガラス細工のオーナメントだった。彼が以前贈ったガラスのオーナメントは、エリシアが非常に気に入ってくれていたからだ。今年も同じ職人の店を訪れ、特別なものを探すことにした。


「ガルドさん、今年も奥さんへのプレゼントですか?」


 ガラス職人の店主は、笑顔でガルドを迎えた。ガルドは少し照れながらも、店主に促されて店の中を見回した。


「そうだ。今年はもっと特別なものをと思ってな。何かおすすめはあるか?」


「そうですね……今年は少し春の訪れを感じるようなデザインのオーナメントも作りましたよ。こちらは、氷と風をモチーフにしたものです。風竜の月も終わりが近いですし、冬から春への移り変わりを表現してみました」


 ガルドはその説明を聞き、青と透明のガラスが繊細に組み合わされたオーナメントに目を奪われた。それは、風と氷が混ざり合い、まるで自然そのものが作品に宿っているかのようだった。


「これにしよう。エリシアにぴったりだ」


 ガルドはすぐにそのオーナメントを購入し、慎重に包んでもらった。エリシアに渡す日を思い浮かべながら、胸の中で少しだけ安堵の気持ちが広がった。


 結婚記念日の準備を進める中でも、ガルドには依頼が続けられていた。ある日、ギルドに戻ると、エリシアが彼を見つめて微笑んだ。


「ガルドさん、今日は少し変わった依頼が来ていますよ。どうやら近くの村で、古代遺跡が突然現れたという話なんです」


「遺跡? この時期に?」


 ガルドは興味を持ち、エリシアが差し出した依頼書に目を通した。依頼によると、ベルガルドから南東にある小さな村の近くで、最近雪解けによって埋もれていた古代の遺跡が姿を現し、その内部で奇妙な現象が起きているという。


「どうやら、村の住民たちは中に入ると気分が悪くなるとか、急に力が抜けるとか、そういう現象が起きているみたいです。冒険者たちにも少し調べてもらいましたが、遺跡の奥に何か封印されたものがある可能性があると」


 エリシアは少し不安そうな表情で続けた。


「遺跡調査か……面白そうじゃないか」


 ガルドは少し考え込んだが、結婚記念日までまだ数日あったため、依頼を引き受けることにした。彼はエリシアに微笑んでみせ、少し軽い口調で言った。


「大丈夫、遺跡の中で何があろうと、俺がちゃんと片付けてくるさ。それに、記念日までにはちゃんと戻ってくる」


 エリシアはその言葉に笑みを返し、ガルドを送り出した。


 ガルドは遺跡の場所に向かい、村人たちの案内で入り口にたどり着いた。遺跡は風竜の月の冷たい風にさらされながらも、氷や雪に覆われていた部分が崩れ、地中に隠されていた建物が露出していた。


「ここか……なかなか古い遺跡のようだな」


 ガルドは遺跡に足を踏み入れた。内部は古代の石造りの廊下が続いており、ところどころには古代文字が刻まれていた。気温は低く、空気も冷たいが、妙な魔力の残滓が漂っているのが感じられた。


「これは……ただの遺跡じゃないな」


 進むにつれて、ガルドは徐々に異変を感じ始めた。周囲の温度がさらに下がり、風がどこからともなく吹きつけてくる。彼は慎重に進み、遺跡の奥へと向かっていた。


 やがて、ガルドは遺跡の中心部にある一室にたどり着いた。そこには古びた石碑があり、その前には奇妙な装置が置かれていた。


「どうやらここが遺跡の核心部分らしいな」


 ガルドがその装置に近づこうとした瞬間、突然強い風が吹き荒れ、目の前に青白い霧のようなものが現れた。霧は次第に凝縮され、ガルドの前に実体を持つ風の精霊となって姿を現した。


 風の精霊は、古代の遺跡を守護する存在だった。青白い霧のような体は自由自在に風と共に動き、その周囲には強力な風圧が渦巻いていた。


「……なるほど、この精霊が村の人々に影響を与えていたのか」


 ガルドはすぐに剣を構え、風の精霊に向かって対峙した。精霊は風を操り、鋭い風の刃をガルドに向かって放ってきた。ガルドは素早くそれをかわし、スティールブルーの剣を振るって反撃を試みたが、精霊は風の流れと共に素早く姿を変えて攻撃をかわしてきた。


「厄介な相手だが……」


 ガルドは冷静に精霊の動きを観察し、風の流れに集中した。風の精霊は物理的な攻撃が効きにくいため、相手の動きに合わせてタイミングを見計らい、精霊の本体を狙うしかないと判断した。


 そして、次の瞬間、精霊が攻撃に移る隙を見逃さず、ガルドは一気に前進し、剣を風の本体に突き刺した。スティールブルーの剣が精霊に突き刺さると、風の流れが急に弱まり、精霊はかすかな悲鳴を上げながら消えていった。


「よし、これで終わりだな」


 ガルドは剣を収め、遺跡の異変が収まったことを確認した。


 遺跡の問題を解決したガルドは、無事に村に戻り、すぐにベルガルドの街へ帰還した。風竜の月の終わりが近づき、冷たい風がまだ街を吹き抜ける中、彼はギルドへと戻った。


 エリシアは、ガルドの帰還を温かく迎えた。


「おかえりなさい、ガルドさん。無事に戻ってくれて嬉しいです」


「大丈夫だよ、エリシア。遺跡の問題も片付けたし、ちゃんと間に合った」


 ガルドはエリシアに向かって、こっそりと準備していたプレゼントを手渡した。


「これ、結婚記念日のプレゼントだ。遅れなくてよかった」


 エリシアは驚いた表情を浮かべながら、包みを開けた。中には美しいガラスのオーナメントが輝いていた。


「ガルドさん、ありがとう……とても素敵です」


 ガルドは照れ隠しに、少しぶっきらぼうな口調で言った。


「まぁ、俺もエリシアにはいつも世話になってるからな。それくらいしないとな」


 二人は笑顔で結婚記念日を迎え、街には春の訪れが少しずつ近づいていた。

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