第15話:「王都からの視察と貴族令嬢の誤解」

 ベルガルドの街が属する王国の首都、ラーナストールは、広大な大陸の中心に位置し、王政と貴族社会の中心地として機能していた。王都は四方を強固な城壁で囲まれており、街の中心には威風堂々たる王宮がそびえ立っていた。王国を統治するのは現王であるアルバート・ラーナス三世。彼は平和を重んじ、王都や地方の安全を確保するために様々な政策を進めていたが、その影で貴族社会は複雑な権力闘争を繰り広げていた。


 貴族制度は、王国において強固に根付いており、特に王都に住む貴族たちは強大な影響力を持っていた。貴族たちはそれぞれの領地を持ち、王国の防衛や経済を支える一方、階級意識が強く、地方の住民や下級冒険者を見下す風潮も少なからず存在した。中でも、名門貴族の家柄であるルード家は、魔法騎士団の創設者を祖先に持ち、現在でも王国の軍事に強い影響力を及ぼしていた。


 レティシア・フォン・ルードはそのルード家の長女であり、幼い頃から厳格な教育を受けて育てられた。彼女は優れた魔法の才能を持ち、王都の魔法騎士団の一員として活躍しているが、貴族としてのプライドが高く、地方の冒険者や下級職の者に対しては見下すような態度を取ることが多かった。彼女は若くして王国の視察団の一員に任命されるほどの実力を持っていたが、その実力と誇り高い家柄からくる傲慢さもまた、彼女の性格の一部となっていた。


 影氷の爪が倒された直後、王都の情報網を通じて魔族の存在が確認されたことが王宮に伝えられた。魔族が現れたとなれば、王都としてはこれを看過できるわけがなく、すぐに調査団を派遣することが決定された。特に、王国内の冒険者ギルドが魔族との戦闘に関わった以上、その詳細を確認することが急務となった。


 調査団の責任者として派遣されたのが、貴族令嬢レティシア・フォン・ルードだった。彼女は王都の代表としてベルガルドのギルドを訪れ、魔族との戦闘に関与した冒険者たちへの聞き取り調査を行うことになっていた。


 ベルガルドの街に到着したレティシアは、早速ギルドを訪れた。彼女は背筋を伸ばし、貴族特有の気品に満ちた仕草で馬車を降りた。長い金髪が風に揺れ、貴族用の豪華なドレスの上には王都の騎士団を象徴するマントを羽織っていた。彼女の到着に街の住民たちは少し緊張感を感じたが、ギルドの中はいつも通りのにぎやかな雰囲気が漂っていた。


「こちらがベルガルドのギルドですか……少々、質素ですね」


 レティシアはギルドの外観を冷たく一瞥し、内心で王都の立派なギルドと比較しながら小さく溜息をついた。


 ギルドのカウンターで、エリシアがレティシアを出迎えた。エリシアは美しいエルフの姿で、ギルドの受付として冒険者たちの対応をしていたが、その優雅さと知性は誰もが認めるものだった。


「ようこそ、ベルガルドのギルドへ。エリシア・フェルガスと申します。今日は王都からの使者としてお越しになられたとのことですが、どのようなご用件でしょうか?」


 レティシアは一瞬エリシアの姿に驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、短く答えた。


「私は王都から派遣された視察団の代表、レティシア・フォン・ルード。王都の指示により、ここで行われた魔族に関する調査を行います。特に、影氷の爪と呼ばれる魔族一派が倒された件についての詳細な報告が必要です」


 エリシアは微笑みながら丁寧に頷いた。


「もちろんです。戦闘に関与した冒険者の一人に、このギルドで長く活動しているガルドという者がいます。彼が事件の当事者として、詳細をお話しできると思います」


「ガルド? Cランクの冒険者が関わったと?」


 レティシアは一瞬眉をひそめた。彼女にとって、Cランクは低位の冒険者に過ぎず、魔族討伐のような重要な戦いに関わるとは到底考えられなかった。


「Cランク……まさかそんな者がこのような大事に関わっているとは。おそらく何かの間違いでしょう」


 エリシアはその反応に微笑を浮かべつつ、静かに言葉を返した。


「いいえ、ガルドは確かに当事者です。彼がいなければ、今回の事件は解決しなかったかもしれません」


そ の時、ギルドの扉が開き、ガルドがいつものように静かに入ってきた。彼はエリシアと視線を交わし、簡単な挨拶を交わしてから、カウンターに立つレティシアに目を向けた。


「君が王都からの視察団か。俺がガルドだ。Cランクの冒険者だけど、魔族と戦った一件なら話せるよ」


 ガルドは軽い調子で自己紹介をしたが、その落ち着いた態度にレティシアは少し苛立ちを感じた。彼女はCランクという言葉を何度も頭の中で反芻し、無意識のうちにガルドを見下すような視線を送った。


「Cランク……あなたが魔族と戦った? それは驚きです。どうやってそんな下級の冒険者が魔族に勝てたのか、正直信じがたいですが……」


 彼女の口調には明らかな軽蔑が含まれていた。彼女は魔法騎士団の一員として、自分より格下の者が重要な戦いに勝利することなどあり得ないと考えていた。


 しかし、ガルドはレティシアの挑発的な態度にもまったく気にする様子はなかった。彼はただ肩をすくめ、笑みを浮かべながら答えた。


「まぁ、運が良かっただけさ。俺の実力なんて大したことはない。でも、仲間や運があれば、時には奇跡も起こるもんだろ?」


 その答えにレティシアは不満を隠せなかった。彼女は厳しい訓練と貴族の誇りを背負ってここまで来ており、単なる「運」で勝利を手にすることなど到底受け入れられなかったのだ。


「運だけで魔族に勝てるとは到底思えません。もっと詳細な報告をお願いします。あなたが本当にその戦いに関与していたのか、私が確認する必要があります」


 レティシアは冷たく言い放ち、ガルドにさらに詳しい説明を求めた。


 ガルドはレティシアの態度にも動じず、静かに影氷の爪との戦いについて説明し始めた。彼は魔族との遭遇、リサとの出会い、そしてアジトでの戦闘までを淡々と語った。彼の話は無駄がなく、感情を大きく揺らすこともなかったが、それがかえってリアリティを感じさせた。


「……それで、ヴォルフガングって魔族のリーダーを倒したのは、俺じゃなくてリサのおかげでもある。あの子が最後には魔族の支配から逃れて、一緒に戦ってくれたんだ」


 ガルドは自分の功績を誇ることもなく、リサを含めた他者の力を評価することを忘れなかった。その誠実な語り口に、エリシアは誇らしげに微笑んだが、レティシアはまだ疑念を抱いていた。


「そんな話、信じるに値するかどうかは私が判断します」


 レティシアは高慢な態度を崩さずに言い放った。彼女にとって、ガルドがどれほど真実を語っていようとも、それがCランクの冒険者である限り、評価には値しないという思いがあったのだ。


 ガルドはレティシアの態度を見ても、特に怒りを感じることはなかった。彼は昔から、自分が万年Cランクの冒険者であることに対して他人がどう思おうと、気にしない性格だったからだ。自分のために冒険をしているわけではなく、この街を守るために、自分ができることをやっているだけだという信念がある。


「まぁ、信じるかどうかは君の自由さ。俺はただ、この街が少しでも平和になればいいと思って動いてるだけだ」


 ガルドはあっさりとそう言い、エリシアに目配せをして、彼女もまた頷いた。


「ガルドさんの言葉を信じるかどうかは、最終的にあなたの判断次第ですが、彼がこの街を守ってきたことは、ベルガルドの住人なら皆知っていることです」


 レティシアは何も答えずにガルドを見つめていたが、結局はその報告を記録に残すことにした。


「……わかりました。報告はこれで終わりです」


 彼女は少しの間無言で考え込んだ後、視察を終了する旨を宣言した。そして最後に、視察団の一行を率いて王都へと戻る準備を始めた。


「次に会うときは、もう少し私が信じられる証拠を見せてもらいたいものですね」


 そう言い残して、レティシアはギルドを後にした。ガルドは肩をすくめながら、その後ろ姿を見送り、静かに呟いた。


「貴族ってのは、ほんとに面倒だな」


 エリシアはその言葉に微笑みながら、同意するように小さく頷いた。


「そうですね。でも、ガルドさんが誠実であることは、私たちには十分伝わっていますよ」


 こうして王都からの視察は終わりを迎えたが、ガルドにとってはいつもの日常が続くだけだった。ベルガルドの街は一時の平穏を取り戻し、彼もまた静かに次の依頼へと向かう準備を始めた。

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