第13話:「裏切りの予感と少女の決断」

 雪竜の月も終盤に差し掛かり、ベルガルドの街は年末に向けていつも以上に活気づいていた。冷たい風が街路を吹き抜け、家々の窓には祝祭の飾りが並び始めている。街の住人たちは、年末の雪竜の祝祭の準備に追われていた。ガルドも例外ではなかったが、彼はいつも通りギルドで新しい依頼を探していた。


「護衛依頼か……まぁ、悪くない」


 ガルドが手に取ったのは、近隣の村に物資を届ける護衛の依頼だった。この時期、村々は冬の寒さと雪の影響で物資の供給が滞ることが多く、護衛依頼は定番だ。しかし、街を出て森を通る道には、盗賊団が潜んでいるという噂もあり、警戒は怠れない。


 ガルドは依頼書を持ってカウンターに向かうと、そこにはエリシアがいつものように微笑んでいた。


「ガルドさん、最近盗賊団の目撃情報が多いみたいですから、気をつけてくださいね」


「わかってるよ。油断はしない」


 ガルドは軽く頷き、馬車の商人と合流するためにギルドを後にした。年末の仕事を淡々とこなしつつ、頭の片隅にはエリシアへのプレゼントのことがちらついていた。



 郊外の道を馬車とともに進んでいる途中、ふとガルドは森の中で何かが動く気配を感じた。周囲を警戒しながら、ガルドは馬車を止め、耳を澄ます。かすかに聞こえてきたのは、誰かが弱々しく助けを求める声だった。


「……誰かいるのか?」


 ガルドが声をかけると、木の陰から小さな姿がゆっくりと現れた。そこには、ボロボロの服を着た小さな少女が震えながら座り込んでいた。少女は10歳ほどで、全身が冷えきっており、風にさらされて唇が青ざめていた。


「おい、大丈夫か?」


「……盗賊に、追われて……逃げてきたの……」


 ガルドは慎重に少女に近づき、彼女の状態を観察した。彼女の名は「リサ」と名乗り、盗賊団に追われて森の中に逃げ込んできたと語った。だが、どこかその話には違和感があった。ガルドの経験上、何かが引っかかる。


 しかし、リサは明らかに助けが必要な状態だった。彼女を見捨てるわけにもいかず、ガルドはリサを保護し、馬車に乗せて街へ戻ることにした。



 ガルドがリサを保護し、ベルガルドの街に戻ると、すぐにエリシアに彼女の世話を頼むことにした。リサには行く場所もなければ、盗賊に追われているという話もあり、しばらく街で保護することに決めたのだ。


「エリシア、しばらくこの子を預かってもらえないか? 盗賊に追われているらしくて、街を出るのは危険だ」


 エリシアは心配そうな顔をしながらも、優しく微笑んでリサに近づいた。


「もちろんです。リサちゃん、怖い思いをしたのね……でも、もう大丈夫よ」


 リサはまだ少し怯えていたが、エリシアの優しい声に少しだけ安堵したように見えた。そして、ガルドとエリシア、そしてリサの三人で過ごす日々が始まった。



 年末が近づき、街全体が雪竜の祝祭に向けての準備で忙しくなる中、ガルドは一つの決断をしていた。エリシアに、毎年とは違った特別なプレゼントを贈ろうと考えていたのだ。


 彼は数日前、街のガラス細工の店で見つけた美しい雪の結晶を模したオーナメントを購入していた。手作りの繊細なガラス細工は、冬の冷たさと純粋さを象徴するようなデザインで、エリシアにぴったりだと感じた。


「エリシア、これを……」


 ガルドは、夕食後の穏やかな時間に、エリシアに小さな包みを渡した。エリシアは驚きながらも嬉しそうにそれを受け取り、慎重に包みを開けた。


「……ガルドさん、これ……とても美しいわ」


 ガラスのオーナメントを見つめるエリシアの顔には、感謝の気持ちが溢れていた。ガルドは少し照れながらも、口元に微笑を浮かべた。


「お前に合うと思ってな。特別な日には、特別なものを贈りたかったんだ」


 リサもその様子を見て、少し羨ましそうにガルドとエリシアを見つめていた。彼女は、この二人が夫婦であることを知って、心の中で驚きと何か説明できない複雑な感情が沸き上がっていた。


「……ガルドさんとエリシアさんが、夫婦だったなんて……」


 リサは、魔族から命じられた「任務」のことを思い出しながら、心の中で葛藤していた。彼女の任務は、エリシアに近づくことであった。しかし、エリシアがガルドの妻であることは計画にはなかった。



 リサがガルドに保護された背景には、実はもっと深い理由があった。彼女は魔族に囚われ、彼らの命令に従わざるを得ない状況にあった。リサの家族は魔族に捕らえられており、彼女は家族を救うため、エリシアに接近するように命じられていたのだ。


 魔族たちは、ベルガルドのギルドで強い影響力を持つエリシアを標的にしていた。彼らはエリシアを捕らえることで、ギルド全体に揺さぶりをかけようとしていた。リサはそのための「駒」として利用されていたのだ。


 リサ自身は、エリシアがガルドの妻だとは知らなかった。彼女にとって、ガルドはただのCランク冒険者に過ぎず、エリシアと何の関係もないと思っていた。だが、二人が夫婦であることを知ったことで、リサの心はさらに揺れ動いた。


「どうすればいいの……私は、裏切るしかないの?」


 心の中で葛藤しながらも、リサは魔族との取引を守るために、エリシアを裏切る計画を進めざるを得なかった。



 年が明けて、穏やかな日々が続く中、リサはついに行動に移すことを決断した。彼女はガルドに対して、感謝の言葉を口にしながらも、心の中では重い罪悪感を抱えていた。


 ある日、ガルドとリサが街の外れに出かけた時のことだった。突然、リサはガルドの後ろに隠し持っていた短剣を突きつけ、冷たい声で言った。


「……ごめんなさい、ガルドさん。でも、これが私の役目だったの」


 ガルドは一瞬の動揺も見せず、落ち着いて短剣をかわした。


「最初から気づいていたよ、リサ。お前が何かを隠していることにはな」


 リサは驚いた顔を見せたが、その表情にはまだ戸惑いと苦しみが残っていた。


「どうして……どうして気づいていたの?」


 ガルドは静かに彼女の手から短剣を取り、優しく語りかけた。


「お前が誰かに命令されているのは分かっていた。でも、お前自身がその命令に従っているのは、自分の意志じゃないだろう?」


 リサはガルドの言葉に涙をこぼしながら、声を震わせた。


「……魔族……魔族が私に命じたの。私の家族を人質にして……どうしても、エリシアさんを……」


 リサはエリシアを害するためにガルドに近づいたのだが、エリシアがガルドの妻であることを知った時から、計画は彼女にとって耐え難いものになっていた。



 ガルドはリサの事情を理解し、彼女を責めることなく、彼女と共に家族を助けるための行動に出ることを決めた。魔族が拠点としている隠れ家に向かうことを決断したのだ。


「俺がついている。リサ、もう一人で戦う必要はない」


 ガルドはリサに言い、二人で魔族のアジトへ向かった。そこには、リサの家族が捕らえられており、魔族たちがエリシアに接触するための策を練っていた。


 ガルドとリサは、アジトの前で立ち止まり、息を整えた。


「リサ、俺が先に行く。お前は後ろから援護してくれ」


 ガルドは剣を抜き、リサに指示を出す。二人は慎重にアジトの中に踏み込み、魔族たちと対峙する。



 魔族の一派は、ガルドとリサの急襲に驚き、慌てて応戦するも、ガルドの剣技とリサの援護に次々と倒されていった。最終的にリサの家族を無事救出し、アジトの魔族たちは完全に壊滅した。


「これで……家族は無事だ。リサ、お前の戦いは終わった」


 ガルドは優しくリサに言った。リサは泣きながら感謝の言葉を述べたが、同時に自分がガルドやエリシアを裏切ろうとしたことに対する罪悪感が消えなかった。


「ガルドさん……本当にごめんなさい。でも、あなたのおかげで、私……」


 ガルドは微笑んでリサの頭を軽く撫でた。


「いいさ、リサ。お前が選んだ道は、最終的に家族を救うことだった。それが本当のお前だ」


 リサは最後にガルドに別れを告げ、家族とともに新しい生活を始めることとなった。ガルドは静かに彼女を見送り、エリシアの元へと帰る道を歩き始めた。


 街の冬は、まだ冷たい風とともに続いていたが、ガルドの心は少しだけ暖かくなっていた。

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