第10話:「霧竜の月の護衛依頼」
霧竜の月も後半に差し掛かり、ベルガルドの街はさらに深い霧に包まれていた。朝晩は特に霧が濃く、視界はわずか数メートル先しか見えない日が続いていた。街の外れに住む人々や、近隣の村々への物資輸送も、この霧によって難航していた。
ガルドは、いつものようにギルドの掲示板を見ていると、一件の新しい依頼が目に留まった。
「護衛依頼か……」
今回の依頼は、隣村の村長が街の商人と重要な取引を行うためにベルガルドを訪れることになったが、霧が深い中、安全に街まで護衛してほしいという内容だった。この時期は霧影などの霧魔物だけでなく、盗賊や野盗が霧に乗じて活動を活発化させることもあるため、危険が増していた。
「Cランクの護衛依頼か……霧の中じゃ油断はできないな」
ガルドは静かに依頼書を手に取り、すぐにギルドのカウンターに向かった。そこにはいつものように、エリシアが微笑んで待っていた。
「ガルドさん、この依頼、霧が深いので危険かもしれませんね。大丈夫ですか?」
エリシアは少し不安そうな表情でガルドに尋ねた。彼女は、霧竜の月に頻発する霧影や盗賊の襲撃を心配していた。
「心配するな。霧影も出るだろうが、大したことはない。霧の中での護衛なんて、いつも通りの仕事さ」
ガルドは淡々と答え、エリシアを安心させようとした。エリシアは彼の自信に少し笑みを浮かべたが、それでもどこか不安を抱えている様子だった。
「……気をつけてくださいね。霧影以外にも最近、盗賊が出るという噂が広がっていますから」
「了解だ。しっかり護衛するさ」
ガルドはエリシアに軽く頷くと、依頼を受け、すぐに準備を始めた。
ガルドはベルガルドの街を出て、隣村へ向かうために霧の立ち込める道を進んでいった。道中は霧が濃く、時折聞こえてくる鳥の鳴き声すら、どこか不気味に感じられるほどだった。
「これだけ霧が深ければ、盗賊も動きやすいだろうな」
ガルドは周囲に気を配りつつも、特に大きな問題もなく、隣村へとたどり着いた。そこには、依頼主である村長デラモンドが待っていた。デラモンドは年老いたが、堂々とした風格を持つ男性で、重要な取引を行うためにベルガルドへ向かうことを非常に慎重に考えていた。
「おお、ガルド殿。来てくれてありがとう。こんな霧の中での移動は一人では到底できぬから、助かる」
デラモンドはガルドに深々と礼をし、その後護衛の準備を整えた。彼は取引のために重要な品を持っており、これを無事にベルガルドに届けることが今回の任務だった。
ガルドとデラモンドは、霧に包まれた道を慎重に進んでいった。街道は見慣れているはずだったが、この霧の中では方向感覚が狂いやすく、道を間違えることも多い。ガルドは常に周囲に目を光らせ、霧影や盗賊の気配を探っていた。
「ここから先、霧がさらに深くなる。もしも何か見えたら、俺の後ろに下がってくれ」
「了解だ……こんな濃い霧の中では、何が出てくるかわからんからな」
やがて、ガルドの予感が的中した。視界の端に、霧の中に揺れる影が見えた。霧影だ。
「来たか……デラモンド、下がれ!」
ガルドはすぐに剣を抜き、デラモンドを自分の後ろに隠すように動いた。霧影は徐々に形を成し、姿を現した。その影はまるで人影のように揺らめいているが、実体はない。攻撃を仕掛けようと動き始めた瞬間、ガルドは冷静に剣を振り下ろした。
「これで終わりだ……!」
一瞬で霧影を切り裂き、霧の中に再び静けさが戻った。ガルドは剣をしまい、デラモンドに声をかけた。
「心配するな。大したことはない」
デラモンドは驚いた様子でガルドを見つめていたが、すぐにその表情を引き締めた。
「お見事だ、ガルド殿……だが、これで終わりではなさそうだな」
ガルドは周囲を見回し、気配を感じ取った。今度は霧影ではなく、もっと現実的な脅威――盗賊の気配だった。
ガルドとデラモンドが少し進んだところで、道の脇から数人の盗賊が現れた。彼らは霧に乗じて、街道を通る旅人や商人を狙っていた。
「そこのお二人さん、いい荷物を持っているようだな。全部置いて行ってもらおうか?」
リーダー格の盗賊がニヤニヤしながら剣を抜き、ガルドたちに近づいてきた。彼らは数こそ多いが、ガルドにとっては大きな脅威ではなかった。むしろ、霧影よりも扱いやすい相手だ。
「悪いが、通してもらうぞ。お前たちにくれてやるものは何もない」
ガルドは静かに言葉を放ち、剣を抜いた。その冷静さに、盗賊たちは少し動揺したが、すぐに攻撃を仕掛けてきた。
「面倒だが、仕方ないな」
ガルドは盗賊たちの攻撃を軽くかわし、一人ずつ的確に倒していった。短時間で盗賊たちは戦意を失い、霧の中に逃げ去った。
「やれやれ、これで一段落か」
ガルドは剣を鞘に納め、デラモンドに振り返った。
「無事か?」
「いや、さすがだな……あんな盗賊ども、何事もなく倒してしまうとは。お見事だ」
デラモンドは感謝の意を込めて深く礼をした。
ガルドとデラモンドは、無事にベルガルドの街へとたどり着いた。取引も滞りなく行われ、依頼は成功に終わった。ギルドに戻ったガルドに、エリシアが声をかけた。
「無事で良かったです、ガルドさん。やっぱり盗賊が出たんですね……」
ガルドは軽く頷き、いつも通りの穏やかな表情で答えた。
「霧の中では何が起こるかわからない。だが、特に大きな問題もなく済んだからな」
「さすがですね。お疲れさまでした」
エリシアは笑みを浮かべ、感謝の意を伝えた。ガルドはそれを軽く受け流すように、静かに街の外を見つめた。
「霧竜の月は、まだ続く。これからも気を抜けないな」
そ う呟きながら、ガルドは次の依頼を探すため、再び掲示板に目を向けた。霧竜の月の間、街とその周辺の平穏を守るため、彼の仕事はまだまだ続いていく。
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