第8話:「ガルド、Bランク昇格を回避する」
ベルガルドの冒険者ギルドは、いつものように忙しさに包まれていた。ギルドの奥から、ギルドマスターのバルモンドが大きな声で呼び出しをしていた。
「おい、ガルド! ちょっと話がある、来てくれ!」
その声にガルドは眉をひそめながらも、黙ってギルドマスターの部屋へ向かった。ガルドは一見、いつもと変わらない穏やかな態度だったが、ギルドマスターに呼び出されるのはあまり気の乗らない話題が多いとわかっていた。
ガルドがギルドマスターの部屋に入ると、バルモンドが大きな机の後ろに座り、険しい表情を浮かべていた。彼はガルドを見つめ、すぐに本題に入った。
「ガルド、そろそろお前もBランクに昇格するべき時だと思ってな。長年Cランクに居座ってるが、もう誰もお前がBランク以上の実力を持ってるのを否定しない。これまでいろんなクエストで街を守ってきたお前には、その資格がある」
バルモンドは熱心にガルドに語りかけた。ギルド内でも噂されている通り、ガルドの実力はAランクに匹敵すると考えられており、街を守る影の功労者として知られている。特に最近、若手冒険者のフォルターレクス討伐やグリードの引き起こした問題を解決したことで、彼の評判はますます高まっていた。
「お前がBランクに昇格すれば、ギルドの依頼の幅も広がるし、報酬も上がる。もっと大きなクエストに挑むこともできる。そろそろCランクから抜け出す頃だろう」
バルモンドの口調は力強く、昇格の重要性を説いていた。
しかし、ガルドはそれを聞いても、特に表情を変えることなく、少し間を置いて答えた。
「ギルドマスター、ありがたい話だが……俺は今のままで十分だ。Bランクになると、余計な責任が増えてしまう。Cランクで十分に街に貢献できてるなら、それでいいさ」
バルモンドは予想通りの答えに、少し苛立った様子で顔をしかめた。
「おい、ガルド。冗談じゃないぞ。お前ほどの実力者が、なんでCランクに甘んじてるんだ? お前がもっと力を発揮すれば、ベルガルドのギルドはもっと成長できる。若手冒険者たちの指導だって、もっと公式にやれるんだぞ」
バルモンドは、ギルド全体の成長を見据えてガルドに昇格を促していた。Bランクになれば、ギルド内での立場も変わり、若手冒険者の育成や大きなクエストの指揮を取ることもできる。だが、ガルドは依然として穏やかな表情を崩さず、やんわりと拒絶の姿勢を見せた。
「ギルドマスター、俺は目立つのが得意じゃないんだよ。Bランクになれば、街中の注目を浴びるし、大きなクエストも来る。そんな生活は俺には向いてない。俺は静かに、コツコツと小さなクエストをこなしている方が性に合ってるんだ」
ガルドは静かな声で、自分の考えをバルモンドに伝えた。その口調には強い意志が感じられ、彼が本心からBランク昇格を避けていることが分かる。
「Cランクのままでやるべき仕事はたくさんあるし、若い連中を助けるにはそれで十分だ。それに、Cランクの依頼でも街に貢献できるのは知ってるだろ? ゴブリン退治や薬草採取だって、街には欠かせない仕事さ」
ガルドは自分が小さな仕事に誇りを持っていることを言外に示していた。彼にとっては、地道な仕事こそが冒険者の本質であり、地元の街や人々に少しずつ貢献することが何より大切だと考えていた。
バルモンドは少し黙ってガルドの話を聞いていたが、納得がいかない様子で頭をかいた。
「お前は……本当に変わってないな。だがそれじゃ、せっかくの実力がもったいないんだぞ」
「俺は目立つために冒険者になったわけじゃない。今のままで十分満足してる」
ガルドはそう言い放ち、静かに立ち上がった。
「ギルドマスター、無理に昇格させるのはやめてくれ。これ以上責任を増やしたくないし、俺にはCランクでちょうどいいんだ」
バルモンドは少し驚いた表情を見せたが、最終的には大きくため息をついた。
「まったく……お前がそう言うなら仕方ないが……いつかまた考え直せよ」
ガルドは軽く頷くと、部屋を後にした。
ガルドがギルドマスターの部屋を出た後、ギルドのカウンターに立っていたエリシアが彼に気づき、軽く笑みを浮かべた。
「ガルドさん、またギルドマスターに昇格を勧められていたんですね?」
ガルドは肩をすくめながら、軽く笑い返した。
「そうだ。けど、俺にはBランクなんて大した意味がない。今の仕事で十分だって言っておいた」
エリシアはその答えに少し目を細め、優しく問いかけた。
「本当にそれでいいんですか? ガルドさんほどの人がBランクに昇格しないのは、みんな不思議がっていますよ。若手の冒険者たちも、ガルドさんをもっと頼りたいと思ってるはずです」
ガルドはエリシアの言葉に少しだけ考え込んだが、最終的には軽く頭を振った。
「俺は……ただ静かにこの街に貢献できればそれでいい。大きなクエストや注目なんて、俺には重荷だ。若い連中が前に出ればいいさ。俺は影で支える役目が性に合ってる」
エリシアは少し驚いた表情を浮かべたが、その後すぐに納得したように微笑んだ。
「ガルドさんらしいですね。でも、いつでも誰かがガルドさんの助けを必要としていることを忘れないでくださいね。CランクでもBランクでも、ガルドさんがいなければ今のベルガルドは守れませんから」
ガルドは軽く頷き、ギルドを後にした。
ギルドを出たガルドは、街の広場を歩きながら周囲を眺めた。子どもたちが元気に遊び、商人たちが忙しく働くその景色は、彼にとって何よりも大切なものだった。彼はCランクの冒険者として、地味で目立たない仕事を続けることに誇りを持っていた。
「俺にはこれで十分だ」
ガルドはそう自分に言い聞かせ、再び次のクエストに向けて準備を始めた。彼はBランクにはならない。だが、それでも街を守り、仲間たちを助けるために、自分のやり方で冒険者としての役割を果たしていくつもりだった。
静かで地道な日常を続けるガルド――それが彼の選んだ生き方だった。
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