第7話:「厄介者グリードの逆襲」

 ベルガルドの冒険者ギルド内では、最近の事件が冒険者たちの間で大きな話題となっていた。冒険者グリードが無謀な実験によってシャドウビーストやダークグリムを引き寄せ、街やギルドに大きな危険をもたらした。ギルドマスターによって降格処分を受けたものの、彼のプライドは大きく傷つき、その後も自暴自棄な生活を送っていた。


「俺が……俺があんな目に遭うなんて……!」


 ギルドの片隅で、グリードは拳を握りしめ、悔しさと怒りを噛み締めていた。ギルド内の他の冒険者たちが彼を遠巻きに見ながら、ささやく声が耳に入ってくる。


「やっぱりな……あいつ、Bランクなんて大したことなかったんだよ」


「エリシアに絡んだかと思えば、今度は魔物を引き寄せて……大迷惑だ」


 そんな陰口に、彼はさらに苛立ちを募らせた。自分はBランクの冒険者で、力を持っているはずなのに、なぜ自分がこうしてギルドの片隅に追いやられ、笑われなければならないのか。その疑問は、やがて他者への憎悪へと変わり始めた。


「ガルドのせいだ……あの万年Cランクのくせに、俺の邪魔ばかりしやがって……!」


 グリードはエリシアの件でも失敗し、さらにシャドウビーストの事件で再びガルドに糾弾されたことで、自分の名誉が失われたと思い込んでいた。彼は次第に、自分自身の過ちを認められなくなり、誰かのせいにすることで心のバランスを保とうとしていた。



 ギルドでの立場を失い、追い詰められたグリードは、ついに家族に助けを求める決断をした。彼の父親は隣街で影響力を持つ商家の主であり、幼い頃からグリードはその庇護の下、甘やかされて育った。家族に頼れば何とかなる――そんな思いを抱き、彼は家へと戻った。


 数日後、グリードの実家にて――。


「お前がギルドで降格されたとはどういうことだ? 我が家の名に泥を塗ったことになるぞ!」


 グリードの父親、ベイオルドは威厳ある顔立ちに苦々しい表情を浮かべ、冷たく息子を見つめた。商家の主として、自分の家族が名誉を失うことは大きな問題だった。特にグリードは家の看板でもあり、冒険者としての地位を利用して家業に利益をもたらすことが期待されていた。


「父さん……俺だって頑張ったんだよ! あの万年Cランクの冒険者、ガルドが俺の邪魔をして……あいつさえいなければ、俺はもっと……」


 グリードは自らの失敗を言い訳し、父親に訴えかけた。彼の目には焦りが見え、プライドは崩れつつあった。


「ガルド? ただの冒険者じゃないか。お前がそんな奴に負けるのか?」


 ベイオルドは眉をひそめ、深くため息をついた。彼にとって、ガルドの存在など大した問題ではなく、むしろ息子の言い訳が気に食わなかった。


「言い訳は聞きたくない。お前が家の名を汚したのは事実だ。それをどう挽回するかだ。お前には……名誉を回復する責任がある」


 ベイオルドの声には重みがあった。彼はグリードを厳しく見つめたが、やがて少し顔を和らげ、対策を提案した。


「だが、お前を見捨てるつもりはない。次の計画がある。今回は、お前にもう一度チャンスを与えよう」


 グリードは父親の言葉に目を輝かせた。家の支援があれば、再び名誉を取り戻せる、そう確信した。


「本当か、父さん?」


「だが条件がある。次のクエストでは確実に成功し、我が家の名誉を回復するのだ。失敗は許されん。分かるな?」


 ベイオルドの言葉は冷たくもあったが、グリードにとってはその冷たさがプレッシャーとなってのしかかる。だが同時に、それは最後の救いでもあった。


「分かった……今度こそ成功してみせる」


 グリードは家の力を借りて、再び冒険者として活動する準備を整えた。しかし、今回は単なるクエストではなく、もっと危険な力に頼ることを考え始めていた。かつての失敗を挽回するため、彼は禁じられた手段に手を出そうとしていた。



 数日後、ベルガルドの冒険者ギルドに再びグリードが姿を現した。今回は豪華な鎧を身につけ、さらに自信満々な態度でエリシアに話しかけた。


「エリシア、また新しいクエストを回してくれ。降格なんてもう関係ない。俺には力があるんだ」


 エリシアは冷静にグリードを見つめ、慎重に対応した。


「グリードさん、前回の件もありますので、ギルドとしても慎重に対応しなければなりません。まずは報告書を確認し、問題がないかを判断させてください」


「いいからさっさとクエストを出せ! 俺には証明しなきゃならないことがあるんだ!」


 グリードは苛立ちを隠さずにエリシアを急かしたが、その時、ギルドのカウンターに再びガルドが現れた。


「またお前か。エリシアに無理を言うな」


 ガルドの声が響くと、グリードはすぐに顔をしかめた。彼はガルドの存在が目障りでたまらなかった。


「またおっさんか……いい加減、俺の邪魔をするのはやめろ!」


 グリードは怒りを抑えられず、ガルドに向かって一歩踏み出した。しかし、ガルドは冷静な目を彼に向けたまま、声を落ち着かせて答えた。


「お前が何をしようと構わないが、エリシアに迷惑をかけるな。それに……お前が計画していること、俺には分かっている」


 その言葉に、グリードは一瞬戸惑った。ガルドはすでに、彼が何か危険な計画を進めていることを察知していたのだ。



 実は、グリードにはさらなる問題があった。彼は家の力を借りて、錬金アカデミーの裏ルートを使い、禁じられた力――魔物を操るための秘術を手に入れていた。その魔物は、通常の冒険者では対処が難しいほど強力で、ナイトテラーと呼ばれる存在だった。


 ナイトテラーは、恐怖を増幅させて人々の精神を弱らせ、その恐怖心を利用して支配する力を持つ。グリードは、この魔物を操ることでギルド内での地位を取り戻し、さらには自らの力を証明しようとしていた。


「これさえ手に入れば……俺は最強の冒険者だ」


 グリードは、禁じられた秘術を用いてナイトテラーを召喚する準備を進めていた。しかし、その力を制御することは容易ではなく、次第にグリード自身がナイトテラーの呪いに飲み込まれ始めていた。


「ふん、これくらいの代償は……」


 彼は力を過信し、呪いの影響を軽視していた。だが、ナイトテラーの呪いは彼の精神を徐々に蝕み、支配しつつあった。



 その頃、ガルドはギルド内で異変を感じ取り、すぐに調査を始めていた。シャドウビーストの事件の余波を感じていた彼は、今度の異変がグリードの無謀な行為によるものであると直感していた。


 彼は錬金アカデミーの生徒、リナに協力を依頼し、ナイトテラーに関する古文書や魔物の情報を集め始めた。リナはかつてガルドと遺跡調査を行い、彼に信頼を寄せていた。


「ナイトテラーは非常に危険な魔物です。精神的に不安定な状態で接触すると、呪いに飲み込まれてしまいます。制御は……ほとんど不可能です」


 リナは資料を調べながら、ガルドに警告した。


「奴がそのナイトテラーを操ろうとしているのなら、完全に失敗するだろう。俺たちで対処しなければならない」


 ガルドはそう断言し、リナとともにグリードの居場所を突き止めるために動き出した。彼らは森の奥深く、グリードが禁じられた儀式を行っている場所に急いだ。



 森の奥で、ガルドとリナは狂気に囚われたグリードと対峙した。グリードはすでにナイトテラーの呪いに飲み込まれ、正気を失っていた。


「おっさん……俺が最強になるんだ……邪魔をするな……!」


 ガルドは冷静にグリードを見つめ、ナイトテラーの呪いの力を感じ取った。


「もうお前には制御できていない。これ以上は無理だ」


 リナはガルドに、ナイトテラーを封じ込めるための方法を提案した。


「ナイトテラーの力は恐怖を利用して増幅されます。逆に、恐怖がなければ力を弱めることができます。何か……恐怖に打ち勝つ力を!」


 ガルドはそれを聞き、冷静に自らの心を静め、ナイトテラーの呪いに対抗するため、正面から向き合った。彼はリナに指示を出し、封印の準備を整えるよう促した。


「恐怖に飲まれることはない。お前の力は、ただの幻影だ」


 ガルドの冷静な言葉と、リナの魔法が連携し、ついにナイトテラーの呪いは封じ込められた。グリードはその呪縛から解放され、気を失った。



 ギルドに戻った後、グリードは再びギルドマスターから処分を受け、今度は降格ではなく追放処分が下された。彼の無謀な行動が再び街を危険にさらしたことで、もはやギルド内に彼の居場所はなかった。


「グリード……お前はもう二度と冒険者としてこの街には戻れない」


 その宣告を受け、グリードは完全に姿を消した。


 一方で、ガルドはエリシアやリナとともに、再び街の平穏を取り戻すために日々の仕事をこなしていた。


「やれやれ、また厄介なことにならなければいいが……」


 ガルドはそう呟きながら、いつものように静かにギルドを後にした。

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