第2話:「遺跡調査とゴーレム討伐」

 ベルガルドの冒険者ギルドは、いつも通りのにぎわいを見せていた。ギルドのカウンターにはエリシアが立ち、冒険者たちに次々とクエストの説明や手続きを行っている。その一角で、ガルドは今日も淡々と仕事を終え、次のクエストを探していた。


「お疲れ様です、ガルドさん。今日も無事に終わりましたね」


 エリシアが微笑んで声をかけてきた。ガルドは軽く頷いてから、カウンターに並ぶクエスト一覧を眺める。


「次は何か面白い依頼でもあるか?」


「そうですね……」


 と、エリシアは書類を確認しながら考える。


「ちょうど今、錬金アカデミーの生徒さんからの依頼が届いています。遺跡調査の護衛依頼です。少し特殊な依頼ですが……どうされますか?」


「遺跡調査か。護衛ならいつも通りの仕事だろう。俺がやろう」


 ガルドはすぐに決断した。エリシアが渡した依頼書には、錬金アカデミーの学生が遺跡の調査に同行する護衛が必要だと書かれていた。報酬は高くはないが、ガルドにとってはその額で十分だった。


「依頼主は若い生徒さんですが、どうやら予算の都合でパーティーを雇うことができなかったようです。でも、ガルドさんなら安心ですね」


「問題ない。護衛の仕事なんて、いつもと同じだ」


 ガルドはそう言って、依頼を受け取る準備を進めた。





 翌日、ガルドは錬金アカデミーの正門で依頼主を待っていた。ベルガルドの外れにあるこのアカデミーは、若い錬金術師たちが日々技術を学ぶ場所であり、街の象徴の一つでもある。ガルドは依頼内容を確認しながら、依頼主であるアカデミーの生徒を待っていた。


「すみません……ガルドさん、でしょうか?」


 その時、背後から控えめな声が聞こえた。振り返ると、そこには錬金アカデミーの制服を着た小柄な少女が立っていた。彼女は15、6歳くらいで、茶髪をツインテールにまとめ、知的な雰囲気を漂わせる眼鏡をかけている。手には分厚い本を抱えており、真面目そうな印象を受ける。


「あなたが、今回の依頼を受けてくださった冒険者の方ですよね?」


「そうだ。お前が依頼主か?」


 ガルドが短く答えると、少女は軽く頷いた。


「はい。私はリナといいます。遺跡の調査のため、護衛をお願いした者です。でも……本当にお一人だけでいらっしゃるんですか?」


 彼女は少し不安そうにガルドを見つめていた。その目には、年老いたCランクの冒険者が一人で護衛を務めることへの疑念が滲んでいた。リナは遺跡調査という危険な仕事に、複数の冒険者が来ると期待していたのだろう。


「護衛が一人というのは……やはり、少し心配です。遺跡は危険な場所ですし……」


 リナは言葉を選びながら、やんわりとガルドに不安を伝えた。ガルドはそんな彼女に対し、淡々と答えた。


「お前が期待していたような大勢の護衛じゃないが、問題はない。俺一人で十分だ。護衛の仕事は、もう慣れたもんだからな」


 リナはそれでも少し不安げな表情を浮かべていたが、ガルドの落ち着いた態度に、少しは安心したようだった。彼女は苦笑しながら小さく頷いた。


「実は……アカデミーの生徒ですので、予算が限られていて、大勢の冒険者を雇うことができなかったんです。それでも、ガルドさんが受けてくださって感謝しています」


「気にするな。金の多い少ないは関係ないさ。俺の仕事は護衛だ。それをきっちり果たすだけだ」


 ガルドの言葉は簡潔だが、自信に満ちていた。リナはその姿に少し驚きながらも、最終的には彼の言葉を信じることにした。


「分かりました。それでは、どうかよろしくお願いします」


 リナは礼儀正しく頭を下げた。その姿にガルドは少し微笑みを浮かべ、彼女を先導するように歩き出した。



 ガルドとリナは街の外れにある遺跡へと向かって歩き出した。道中、リナは興味深そうに錬金術や遺跡のことについて話し始めた。彼女が話す内容は、ガルドには少々難しいものもあったが、その情熱は感じ取れた。


「この遺跡は、かつて錬金術師たちが研究を行っていた場所だと言われています。長い間忘れられていましたが、最近発掘されたんです。私はその歴史や技術について研究したくて、今回の調査に参加しました」


 リナは瞳を輝かせながら説明する。若さゆえの熱意が言葉に現れており、ガルドはそれを微笑ましく聞いていた。


「なるほどな。遺跡ってのは昔の錬金術師たちが何かを隠してたってことか?」


「ええ、そうです。特に、この遺跡には特殊な錬金装置や古代の技術が眠っていると言われています。もしそれが見つかれば、アカデミーでも大きな成果となります」


 リナの説明は続き、ガルドは彼女がどれだけこの調査に期待を抱いているかを感じ取った。彼女の真剣な姿勢に、ガルドは改めて彼女の護衛を全うしなければと心の中で決意した。


「俺の役割はお前を安全に守ることだ。調査に集中してくれ。危険があれば、俺が対処する」


「ありがとうございます。ガルドさんがいてくださるなら、安心して調査に専念できます」


 リナはそう言って微笑み、ガルドに感謝の気持ちを伝えた。二人は会話を続けながら、遺跡への道を進んでいった。



 やがて、二人は目的の遺跡に到着した。その遺跡は古びており、長い年月を経て苔や蔦が絡みついている。入り口は崩れかけていたが、何とか内部に入れる状態だった。


「ここが遺跡ですね……思ったよりも大きいです」


 リナは目を輝かせながら、慎重に遺跡の入り口を観察していた。彼女は錬金術の道具を取り出し、メモを取りながら調査を始めた。ガルドはそんなリナを後ろから見守りつつ、周囲の警戒を怠らなかった。


 遺跡の内部は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。石造りの壁には古代の文字や図形が刻まれており、リナはそれらを一つ一つ丁寧に調べていく。ガルドはその間、じっと護衛としての役目を果たしていた。


「何か危険なものがあるかもしれないが、俺がいる。お前は気にせず調査を続けろ」


 ガルドの言葉にリナは頷き、さらに奥へと進んでいった。やがて、遺跡の奥深くにある広間にたどり着いた。その中央には巨大な石像が鎮座しており、リナはそれを興味深そうに見つめていた。


「これは……おそらくゴーレムの一種だと思われます。古代の錬金術で作られた自律型の守護者ですね」


 リナは興奮した様子で石像を調べ始めた。しかし、その時、広間全体に不穏な振動が走った。ガルドが素早く剣を構え、周囲を見回す。


「リナ、少し離れろ。何かが起こるぞ」


 ガルドの言葉が響いた瞬間、石像がゆっくりと動き出した。目が赤く光り、ゴーレムが徐々に起動し始めたのだ。



「ガルドさん! ゴーレムが動き出しました!」


 リナは驚きと恐怖を隠せず、ガルドの後ろに下がった。ゴーレムはその巨体を持ち上げ、重厚な動きでガルドたちに向かって進んでくる。石造りの体は堅固で、普通の攻撃では傷つけるのは難しそうだった。


「分かってる。お前は下がっていろ」


 ガルドはそう言うと、リナを後方に避難させ、自らゴーレムに立ち向かった。ゴーレムが大きな腕を振り上げ、ガルドに向かって振り下ろす。だが、ガルドは冷静にそれをかわし、素早く反撃を開始した。


「さすがに硬いな……だが、俺の仕事はこれくらいじゃ終わらない」


 ガルドはゴーレムの動きに合わせ、的確に剣を振るう。硬い石の表面に少しずつヒビが入っていくが、ゴーレムの攻撃もまた強力だった。大きな腕が地面に叩きつけられるたびに、地面が震える。


 リナはその様子を恐怖と驚きの入り混じった目で見守っていた。彼女はガルドの実力に半信半疑だったが、今その目の前で、彼が確実にゴーレムと互角に戦っている姿を目の当たりにしていた。


「す、すごい……」


 リナは小さくつぶやき、ガルドの戦闘技術に見入ってしまっていた。彼は老いた体でありながらも、素早い動きと正確な判断で、巨大なゴーレムに立ち向かっている。


 やがて、ゴーレムの動きが鈍り始めた。ガルドはその隙を逃さず、剣をゴーレムの急所に向かって振り下ろした。ゴーレムの体が大きく揺れ、最終的には崩れ落ちるように動きを止めた。


「ふぅ……終わったか」


 ガルドは深く息をつきながら、剣を鞘に収めた。リナは目を見開きながら、無事にゴーレムを倒した彼の元へと駆け寄った。


「ガルドさん……本当に一人で倒してしまったんですね! 信じられません……」


 リナは感嘆の声を漏らしながら、彼に感謝の気持ちを伝えた。ガルドは軽く肩をすくめ、特に誇ることもなく、静かに答えた。


「仕事だからな。お前が無事ならそれでいい」


 リナはその言葉に感動し、彼の背中に頼もしさを感じた。そして、この護衛がただの「Cランクの冒険者」以上の存在であることを強く感じ取っていた。



 ゴーレムを倒した後、リナは再び遺跡の調査に戻った。ガルドの護衛のおかげで、彼女は安心して研究に専念することができた。古代の錬金術に関する貴重な資料や、未知の技術に関する手がかりを見つけることができた。


 遺跡での調査が無事に終わり、二人はベルガルドへと戻った。リナはガルドに深々と頭を下げ、感謝の意を表した。


「ガルドさん、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、調査は大成功です!」


「気にするな。仕事をしただけだ。それに、お前の熱意があったからこそ、ここまでうまくいったんだろう」


 ガルドは淡々とした口調で答えたが、その言葉にリナは微笑んだ。


「またいつか、もし護衛が必要になったら、ぜひお願いしたいです」


「その時はまた考えよう」


 二人は和やかに会話を交わし、別れを告げた。ガルドは再びいつもの日常へと戻り、リナは新たな成果を胸に、錬金アカデミーへと帰っていった。


 そして、ガルドの背中には、遺跡調査を無事に終えた冒険者としての誇りが、静かに漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る