第15話『護衛とお嬢様』

エリスお嬢様の護衛になってから一年が過ぎた。


俺は何が気に入って貰えたのか分からないが、エリス様のすぐ傍で、片時も離れず護衛をしている。


ちなみにこの『片時も離れず』というのは、そのままの意味だ。おはようからおやすみまで、手を伸ばせばすぐ触れられる距離にエリスお嬢様は常に居る。


本当はもう少し離れたいのだが、離れようとすると、俺の心を見透かす様なあの笑顔で、迫ってきて、脅してくるのだ。


最近は自分の体を人質にするという事を覚えてきて、非常に厄介である。


ナイフを自分の首に突きつけながら、タツヤ。お願い? なんて言われてみろ。頷く以外何も出来んぞ。


まったく。こんな幼い子相手に何をやっているのか。


と言われても仕方のない状況ではあるが、正直な所で言うと、俺はそこまで女の子と接するのが得意では無いので、気分が乗らないとこんな物である。


だから俺に出来る事は、この小さな女の子の願いを全て叶えてやる事くらいだ。


まぁ、出来る事は。という条件が付くけれども。


「タツヤ。椅子」


「……お嬢様」


「エリス」


「……エリスお嬢様」


「エ・リ・ス!」


「エリス様」


「あら? 聞こえなかったのかしら。エリスと呼べと言っているのだけれど」


「いえ。流石に貴族のお嬢様相手にその様な口の利き方は出来ませんよ」


「フン。面白くないの。じゃあ。椅子。さっさとして」


「はい」


俺はテーブルの椅子を引いて、すぐ近くで待機する。


が、エリスお嬢様は俺をジッと見つめたまま動かない。


「……」


「……」


無言の攻防戦。


が、いつもの事ではあるがエリスお嬢様が先に折れ、深いため息を共に、椅子の上に座った。


「あーあ。固ーい。お尻が痛いなぁー」


勘弁してくれ。


何が悲しくて、俺が幼女を抱きかかえて飯を食わせてやらなきゃいかんのだ。


俺の姿も子供ではあるが、罪深い絵面だ。


あー。なんか外に飛び出して魔物とか狩りてぇなぁ。


いや、それよりも酒だな。酒が飲みたい。


この前、飲んだ店の焼き鳥すげぇ美味かったんだよな。早く行きてぇな。


「タツヤ。お腹空いた?」


「いえ」


「空いたでしょ」


「いえ」


「じゃあ口開けて」


「お断りします」


「……」


「……」


毎日毎日飽きもせずに戦いを繰り返して。エリスお嬢様は本当に人恋しいんだなぁ。と思う。


まるでかつての俺を見ている様である。


まぁ、俺はこんな果ての果てまで行ったカップルの様な行動は望まなかったが。


やはり両親がエリスお嬢様を居ない物として扱うからか。


騎士やメイドの殆どがエリスお嬢様に対して冷たく当たるからか。


何もかもが上手くいかない世界への苛立ちか。


目に見えてエリスお嬢様は俺に依存していた。


んー。しんどい。


これが普通に兄妹やら親子であったなら良いのだけれど。エリスお嬢様が望んでいるのは恋人、夫婦の様な関係だ。


確かな絆が欲しいのかなと、何となく推察する。


怖いのだろう。この不確かな世界で、頼れる物が無いというのは。


だからこそ、そういう形ある物に憧れるのだ。


だから、俺が返す言葉はいつも同じだ。


「エリスお嬢様。俺の事は兄の様に思ってくださいね」


「ふん!」


「いっだぁあああ!!」


差し出した手にフォークを突き立てられ、俺は悲鳴を上げた。


どうして……どうして……。




さて。エリスお嬢様との朝食が終わったら、次は授業の時間である。


この世界の歴史、魔法、社交マナー。あらゆるものを学ぶ。


それはエリスお嬢様の両親が、娘を愛しているから……ではなく、便利な道具として使いやすくする為だ。


というか。そういう方向から考えると、政略結婚とかで使いやすくする為に、娘に近寄る害虫を排除する! みたいになりそうな物だが、その辺りは良いのだろうか。


気になった俺は、エリスお嬢様が勉強で悩んでいる隙を見て、サッと部屋から抜け出し、最近よく話すエリスお嬢様の姉君に聞いてみる事にした。


「エリスの傍に君が居てもお父様やお母様が怒らない理由?」


「はい」


しかし、何故だろうか。


ただ話を聞くだけなのに、ベッドに腰かけたエリスお嬢様の姉君の隣に座る様に言われ、やや見上げながら話を聞く事となった。


やたらと薄着でいる姉君は、見えてはいけない部分が丸見えであるが、恥ずかしくないのだろうか。


そういう性癖なのかもしれん。まだ若いのに。可哀想な事だ。


子供はもっと子供らしい服を着た方がいいと思いますよ。


「それはね。君が強いからよ」


「強いから、ですか?」


「そう。それに頭も良いわ。忠誠心も高い。例えばだけど、エリスと貴女が恋人同士になったとして、エリスに結婚したいなら家の命令に従えと言えば、エリスは従うし、貴方だって従えばエリスと結婚させてやる。断れば、エリスを政略結婚の道具にするぞって言われたら従うでしょう? だからよ。セットの方がお徳じゃない」


「……」


思っていたよりもゲスな話が飛び出してきて、俺は言葉を失って立ち尽くした。


なんとろくでもない両親だろうか。そりゃエリスお嬢様も両親への愛情を失うというものだ。


「まぁ、でも私はそういうこの家のやり方は良いって思って無くてさ。エリスには幸せになってもらいたいって思うの」


何という良い姉だろうか。


俺は涙が溢れそうな気持になった。


「だからさ。君の力で両親を死なない程度に痛めつけてくれない? そしたらお姉さんが君のお嫁さんになってあげる。まぁ、エリスはこんな貴族の家なんて捨てて、自由に生きられる場所をあげるってことで。まぁ、君がどうしてもって言うんなら、愛人くらいにしてあげても良いかもしれないけど」


「失礼しました」


「あぁん。待って!」


俺は薄着ですり寄ってきたエリスお嬢様の姉君から逃げ出し、エリスお嬢様の部屋に戻った。


あの両親にして、この姉アリである。


何がエリスお嬢様の幸せか。


どいつもこいつも自分の事しか考えてないじゃないか。


俺が、エリスお嬢様を護る!! 兄として、父として!!


いつか、エリスお嬢様を幸せにしてくれるであろう。アーサーみたいな完璧な男を見つけ出し、幸せな終わりを見届けてからこの世界を去ろう。


そうしよう。


「……ねぇ」


「なんでしょうか? エリスお嬢様」


「さっき、どこに行ってたの?」


「あぁ……えー。少し所用がありまして」


「ふぅん」


エリスお嬢様はテーブルに向かっていた体を後ろに立っている俺の方へ向けて、ジッと見つめる。


黒い瞳がまるで泥の様に濁り、底なし沼の様に蠢いているのが見えた。


「臭いわ」


「……え?」


「薄汚い雌猫の匂いがするわ」


「いや、あの、エリスお嬢様?」


「アリヤ? アリヤでしょ」


「エリスお嬢様。姉君の事を呼び捨てにするのはどうかと思いますが」


「やっぱりそうなんだ! アイツの方がいいんだ!? 興奮したんでしょ!?」


「いえ。私からするとどちらも子供なので、何も感じません」


「~~!!?」


怒り狂ったエリスお嬢様は地団駄を踏みながら椅子から立ちあがると、俺にベッドへ行くように言い上着を脱いだ。


そして真っ赤になりながら、俺の上に乗る。


……。


虚無。


虚無だ。


これがチャーリーとよく行くサキュバスのお姉さんたちが経営しているアレな店であったなら、俺も究極進化が出来るほどにテンションを上げただろうが、今俺の視界に居るのは幼女が一人。


これで何をどうしろというのか。


「お嬢様。勉強をしましょう。今日の課題がまだ残っていますよ」


「何よ! 何よ! 私には興奮しないって言うの!?」


「はい。まるで」


「じゃあどうすれば良いの!?」


「今のままではどうしようもないかと」


「この! 不敬よ! この! このォ!!」


うーん。言葉は難しい。


子供ってどういう風に接するのが正解なのか、さっぱり分からん。


だって、ねぇ?


嘘でも魅力的ですよ。なんて言おうものなら、今すぐ牢屋に叩きこまれて懲役二万年の刑だろう。


俺はまだ捕まりたくないのだ。


嘘は吐かず、子供は子供らしくしていろと言うべきだろう。


「さ。エリスお嬢様。遊びは終わりにして、勉強に戻りましょう」


「~~!!」


エリスお嬢様はもはや言葉にならない叫び声を上げながら俺を殴りつけるのだった。

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