第8話『天使たちの襲撃』
異世界から帰ってきてから一定期間は、休暇を取らなくてはいけない。
これは推奨ではなく、強制だ。
いくら複製体とはいえ、体が傷つけば痛いし、精神も疲弊する。
今回は三年ほど異世界へ行ってきた訳だが、産業医の見立てでは二カ月ほどの休暇が必要との事だった。
どうも最後の戦いで無茶をし過ぎたらしい。
まぁ片腕を吹っ飛ばされて、全身消し炭にされたからな。
そらそうもなる。
むしろ二カ月で落ち着く俺の精神状態とは……? うごご。
あまり考えない様にしよう。
「だぁー。ゆっくりするかぁー」
俺は会社に用意された自室で久しぶりに戻ってきた自分の体でだらけていた。
ソファーの上に寝ころび、全身から力を抜いて、海を漂うクラゲの様に日々を過ごしていた。
そして、やけに大きなテレビを付けて、ボーっと俺たちの冒険を編集した放送や、他の人たちの冒険を眺める。
どこも中々楽しんでいるようだ。
例の一番最初に話をしたゆるふわ女の子たちのゆるふわスローライフも、特に変わりなく、ゆるふわしていた。
画面の下に書いてあるスポンサーの満足度も概ね高い数値を維持しており、これで良いんだよ。これでという感じだった。
「神は天にいまし、全て世は事もなし。ってね」
俺は大きな口で欠伸をしながら、次の仕事が始まるまでの休暇を全力で味わっていた。
のだが、玄関の方からチャイムが聞こえ、俺はノロノロと起き上がる。
どうやら客人が来たようだ。
休暇中とは言え、対応しない訳にはいくまい。
のそのそと歩きながら、玄関へ向かい、特に確認せずに扉の鍵を開けて、扉を開けた。
まぁ、どうせ休暇中にアポなしで来る奴なんて、チャーリーくらいだからな。
イチイチ確認するのも面倒くさい……。
「お久しぶりです。森藤さん」
「え? あぁ、お久しぶりです……って!!!? 貴女は!!」
俺はボーっとした頭で、玄関の外に居た人たちを見て、一気に頭が覚醒し、その勢いのまま頭を下げた。
そして、ドクドクと早くなる心臓の音をそのままに、背中に冷や汗を流して、彼女たちを見る。
「ほ、本日はどの様なご用件で……」
「お話があってきました」
「お話、ですか」
「少し長いお話になりますので、お部屋の中に入っても」
「え、えぇえぇえぇ!! 勿論ですとも!!」
俺は玄関を大きく開き、彼女たちを部屋の中に招き入れた。
一応変な物は表に出していないし、片付けもしている。
あ、やべ! テレビで彼女たちのスローライフを流したままだった!!
「っ!」
俺は急いでテレビを消しに行こうとしたが、廊下の先に立っている彼女達の邪魔をする事など出来るハズもなく、彼女たちは自分たちが映っているテレビを見て、固まってしまったのだった。
終わった……。
全ておしまいです。
えー? 何あの男ー。気持ち悪ーい。
たった一回話しただけなのに、テレビでイチイチ見てるのぉー?
とか思われてたら、どうしよ。
「……やっぱり」
俺はとりあえず、気分を害さない様に、お茶でも飲みますか? なんて言いながら、何か用意しようとしたが、ここは男の一人暮らし。
そんな気の利いた物がある訳がない。
あるのは、湯飲み1、ビールグラス4、おちょこ4、ハイボールグラス4である。
しいて言うなら、ハイボールグラスか……?
いやいやバカかよ。アーサー達と集まって酒飲むんじゃねぇんだぞ。
しかし、ビールグラスは取っ手が無いし、確か貴族とか良い所のお嬢様は取っ手をこう掴んでお茶を飲むんだろ?
何となく知ってるぞ。
「あ。カップでしたら持ってきましたので、お台所を少し貸してください」
「あー! もう! どうぞどうぞー!!」
俺は台所から一瞬で退散し、リビングへ戻り、驚愕した。
俺のシンプルという名の味気ないテーブルに、何かピンク色のヒラヒラした何かが掛かってる。
あぁ、あれだ。これ、テーブルクロスって奴だ。
俺らの集まりじゃあ絶対に登場しない奴出てきたな。
そして、もう一人の方は手持ちのバッグからどうやっても入らないであろうクッションを取り出して床に置いてゆく。
申し訳ございません。なんて言っていたが、むしろクッションという気の利いた物が無いウチが悪い。
てか、空間拡張収納バッグってこうやって使うのね。
今まで酒とツマミとゲーム類しか入れた事無かったわ。
漫画は手持ちの小型端末で見れるし、後はテレビで何でも見れるからな。
クッションね。タツヤおぼえた!
今度チャーリーの家行くときに座布団でも持って行こ。
そして現実逃避する俺を置き去りにして、前回より悪化している天国と書いて悪夢と読むお茶会が始まった。
参加者は超絶可愛い女の子四人と、平民の俺である。
顔? モブ。体系? 普通。頭? 普通。センス? カス。
はい。負け。来世からやり直してね。
という訳で改めて、俺は正面に座る真剣な表情をしたお菓子の国のお姫様方に視線を向けた。
「えと、改めてになるのですが、本日はどの様なご用事で」
「昨日から配信されておりましたタツヤさんの物語を拝見させていただきました」
「……はい。えと。ありがとう、ございます?」
「後、私たちの物語も見て下さったんですね。ありがとうございます」
「あぁ、いえ! いえ! それはもう! 同じ会社に所属する人間として当然と言いますか。なんと言いますか!」
ってぇ!! なんで俺の言葉を聞いて、すんごい不満そうな顔してるのォ!!?
やっぱり見てんじゃねぇぞ! カスって事ォ!?
「……どう、でしたか?」
「どうと言われましても、とても素晴らしいなと」
「本当の事を言ってください!」
「いえ、本心から話をしているのですが……」
何!? 会話すればするほど不機嫌になっていくんだけど!!
何の罰ゲームなの!?
もしかして、知らない間に三千年前の砂の国の王との決闘に負けて、罰ゲーム受けてる!?
「タツヤさんが入る前、アーサー君たちの第三異世界課は、満足度がそれほど高くは無かったんです。三十点くらいで。それでも、難しい世界を救うのだから、満足度より、救う方を優先するから当然だとみんな話していました。でも、でも! 昨日の配信は、どうでしたか!?」
……満足度、確か70くらいだったな。
100点満点だから、正直かなり高い数字だと思う。
しかし、それが彼女たちにどんな関係があるというのだろうか。
彼女たちの満足度80点台だぜ? 向こうのが立場は上なんだが。
「えと、満足度はそれなりに上がってきたので良い事だと思っております。ボーナスも出ますし」
「私たちの方がお給料はいっぱい貰えますよ!?」
え? 何の話?
突然のマウントに、オラ困っちゃったぞ。
「そ、それは……おめでとうございます?」
「……ありがとうございます」
「……」
「……」
きっつい。
きっっっっっっつい。
正直、今すぐトイレに行って、朝食と感動の再会をしたいくらいだ。
彼女たちは何が目的でここに来たんや!! 俺をどうしたいんだ!!
教えてくれ!! 神よ!!
混乱の極致に居た俺だったが、不意に玄関のチャイムが鳴り、直後扉が開いて誰かが部屋に入ってくる気配がした。
いや、誰だよ。
勝手に入ってくるなよ。
と思いながら、俺は死んだ顔で、廊下の方に視線を向けると、そこには目を見開いて驚愕しているアーサーと、親の仇とでも言うような険しい顔をしたチャーリーと、頭を抱えているハリーが居るのだった。
よし。ハリー。今から二人で飲みに行こう。
美味しい店を見つけたんだ。
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