貴族家を追放された俺がゴミスキルと馬鹿にされた『鑑定』と見下された下級職『鍛治師』で最強になるまで。

くどけん

1 追放された貴族家長男

「次の者……主はアルフォンス家の者じゃな。名は……」


「はっ!アルフォンス家が長男、 ルーデン・アルフォンス と申します」


「では、 ルーデン・アルフォンス よ、前へ」


 『神木』と称された巨大樹を囲み、神聖の空気で満ちている神殿の中、俺は神服に身を包んだ一人の老人の神父に、前に出るよう促された。


 ひとつの葉も無い白い植樹を後にして講壇に神父が立つ。

 神父の足元には一輪の花も見られない植木鉢。それに両手をかざしている。


 これから行われる儀式は『加護の儀』と呼ばれており、このハルバルーン王国では十五歳になった子供に受けさせるのが恒例だ。

 

 『加護の儀』とは、この儀式を受けるとその人物に適した『職業』と『スキル』が付与される。

 付与された職業を『天賦の適正職』と呼び、スキルを『天賦のスキル』と呼ぶ。


 まさに、天と神々から加護を授かることが出来る儀式なのだ。


 職業には、戦士や魔法使い、魔導士、騎士などの中級職から、商人や鍛治師、農民、労働者などといった非戦闘に特化した下級職。

 更には、宮廷魔導士や宮廷聖騎士、宮廷竜騎士などの戦闘に特化した上級職まで多種多様な職業が付与される。

 中には、特級職業と呼ばれる、伝説や神話の中だけで存在してそうな職業を付与された者もいるらしい。


 スキルに関しては、『天賦の適正職』に関連した『天賦のスキル』が付与されることが多く、『加護の儀』によって上級職が付与されれば、どんな劣等身分や下級身分の人間だろうが国からの優遇と、援助が約束されている。

 もっと言うと、『加護の儀』で今後の人生をも変えてしまう。そんな人生最大イベントなのだ。


 国民の大半が天と神々からの加護を望み、この儀式を待望するだろう。

 だが、この俺 ルーデン・アルフォンス は違う。

 

 ハルバルーン王国貴族家の中でも准男爵位に就くアルフォンス家は、貴族の中でも高貴な貴族である。

 代々、剣や魔法を司る職業をこの『加護の儀』によって授けられてきた家系なのだ。

 それに、この儀式の加護にあやかって、今の地位と名声を手中にしたと言っても過言では無いだろう。


 それもあって、アルフォンス家当主の『天賦の適正職』と『天賦のスキル』によって、家の権威に大きく影響を及ぼすのだ。


 父 ウリウス・アルフォンス は剣を司る職業ではあったものの、『剣弓士けんきゅうし』というアルフォンス家歴代当主の中でも下級の『天賦の適正職』を付与された。

 それがあってか、父上は適正職に対しての思い入れが強く期待も大きい。

 

 だから、次期当主でありアルフォンス家を継ぐ長男でもある俺に貴族としての振る舞いや踊り、剣技などを幼少期から父上に付きっきりで厳しい特訓を課した。


 それにだ、父上の悲願でもある公爵位に就く事、領地拡大を狙っているのだから、より長男の俺には厳しくなるのは納得だ。


 そんなアルフォンス家の期待を一身に背負わされての、この『加護の儀』。

 

 だから、今ここで父上の期待を裏切る事は絶対に出来ない。なにがなんでもだ。


 下級身分の人間からは、高貴な貴族出だけでも羨ましく、妬ましさもあるかもしれないが毎日毎日厳しい特訓と、「お前は将来、最高級称号である【剣聖】を授かる為に、そして、アルフォンス家の繁栄を胸に、この王国に仕えるのだ!」

 

 父上はこれを口癖にしては、特訓で成果を上げる事が出来ない日には、「お前はアルフォンス家次期当主なのだから、これくらい出来て当たり前だ!お前はゴミなのか?なぜ、これくらい出来ないのだ?出来るまでアルフォンス家の人間だと思うな」と、こう俺に対して罵倒をするのが日常的だ。


 だけど、この日のために全て耐えてきた。

 罵倒や厳しい訓練はこの日の為だと。そう思って今日まで耐えてきたんだ――。


 これまでのことを思い出しながら、緊張で体を震わせて何度も来る吐き気を我慢しては、生唾を飲み込んでいた束の間。

 

「ルディ兄さん、ほらっ、呼ばれているだろ。早く行ってくれないかな?次は俺の番なんだから」


 俺に後ろから耳打ちするのは、双子の弟の シオール・アルフォンス だ。


 弟は生れつき心臓が悪く病弱で、そのせいで医者や治癒魔法士を呼んでは、闘病生活を余儀無くされていた。


 次第に病状も安定して、俺と鍛錬を重ねる事が出来るだけに回復はした。医者は完治した訳では無いと言われ、定期的に治療は続けていた。


 だが、そのせいもあってか父上の特訓には参加出来ず、ただただ二人を見守るだけであった。周りからは、父上は俺にだけ目をかけて、弟のシオールは眼中には無いのではと思われても仕方ないと、俺でも感じてしまう事もしばじばあった。


 俺ですらこう感じているのだから、弟の本人からしたら、これ以上の事を感じているのかもしれない。


 俺とシオールは物心がつく頃から、二人の会話は無くなった。それからまともな会話すらしていない。

 本当に兄弟なのだろうかと疑ってしまうくらいに、会話は無かった。


「ごめん、シオン。じゃあ行くよ」


 耳打ちをした弟には振り向かずに、一言謝ってから鼓動の早い心臓に酸素を送り込むように大きく深呼吸をして、……きっと、大丈夫だ。


 と、俺は足早に神父が待つ講壇の前へと向かった。

 

 神父は目の前に立ったことを確認すると、置かれた植木鉢に枯れた様な両手を上に差し出しては、目を閉じて何やら呪文のようなものを口にし始める。

 

 ほんの数秒の出来事だが、俺にとっては数時間にも感じる程だった。

 

 そして……何も無かった植木鉢に虹色の花が咲いた瞬間、神々の声を聞いたが如く、神父は閉じていたまぶたを開いて、両手を下にゆっくりと降ろして、口を開けた。

 

「アルフォンス家が長男 ルーデン・アルフォンス。天と神々から与えられし適正職は下級職『鍛治師』。スキル『鑑定』」


 神父が放った言葉が耳に木霊こだました瞬間、見ている世界は大きく揺れ始めて、さっきまで激しく脈を打つ心臓は、ナイフを刺されたような痛みへと変わり、血が回る感触すらも無くなり始めた。


 かっ、かっ、かきゅうしょく?

 かじし……?

 


 神殿の空間に広がる雑踏のざわめきは耳鳴りへと変わる。


 周りの音や声すらも俺の耳には届かなくなり、全身の力が抜け切って虚無感と同時に、まるで全ての色が白に変わってしまった世界に来た感覚だ。

 


「ルディ兄さん、適正職が鍛治師なんですね!?アルフォンス家の長男が下級職なんて……。きっと神々がルディ兄さんをお救い致しますよ!元気を出してください!!」


 神殿中に響き渡るほどの大きく嬉々悠々な声の主は、俺の背後にいる弟 シオール・アルフォンス だった。

 

 俺が振り返ると、そこには歓喜に満ちた笑みを浮かべるシオールがいた。


 俺は父上とあんなにも厳しい特訓に耐えて来たのだから、この場でシオールを抑え込み、口を封じ込めて動きを止めるのは簡単だろう。

 

 だが、神殿中のざわめきが俺に注がれている事を察知出来たのは瞬時で理解出来た。


 だから、シオンの口を封じても今更遅いと、反応して動いた体を止めたのはきっと、神殿にいる全員、今の神父が放った言葉を聞いたに違いないと確信出来たからだ。

 

 すると、シオールは俺の真横に立って肩をポンっと叩くと小声で放った。


「ルディ兄さん。何もそこまで……俺だってどうなるか分からないんだ。でも……アルフォンス家として流石に兄さんみたいな下級職は無いと思うけどね!」


 弟は悠々と嫌味を言って見せながら、勇士の立ち振る舞いで神父の前に行った。

 

 これが現実かと受け入れ難かったが、この後、俺の身に起こった事を叩きつけられて、これは本当なのだと感じるまでにはそう時間は掛からなかった。


 まだ、体の震えは治らない。足もおぼつかない。


 それでも、父上が待つ神殿の入り口へと向かう最中だ。

 遠目からでも分かってしまうくらいの、これまでにはない怒気な表情があった。


 入り口に近づくに連れて、父上の表情は次第にはっきりと目に写る。顔は強張り、目は吊り上がっているのが分かる。そして、一瞬の油断も許さまいと、間髪をいれずに飛んでくる罵声だ。

 

「このっ恥晒しめ! お前のような出来損ないを育てたつもりはない!下級職『鍛治師』でスキルが『鑑定』とは飛んだ晒し者よ」


「ちっ、父上。申し訳ありま」


 咄嗟の判断は俺に謝罪をさせた。

 そんな俺の謝罪の言葉をかき消すように、再び罵声が放たれた。


「お前!下級職『鍛治師』と来て、スキル『鑑定』だと?『鑑定』など一度たりとも聞いた事が無い!下級職を授かったのだ、きっと下級スキル、いや、ゴミスキルでしかない!下級職『鍛冶師』の上に、最下級ゴミスキルの『鑑定』とは、もうお前はアルフォンス家の者では無い!!お前など、見たくもないわ」


「そっ、そんな―。ちっ、ちちう」


 届く距離では無いが、俺は必死で父上に手を差し伸べたところだった。そんな気持ちを切られるようにして、神殿中に轟音のような歓声と拍手が俺の言葉を遮った。


 その轟音の原因を知るのは簡単だった。

 

 振り向くと、弟のシオールが講壇の上に立ち両手を天に挙げては、歓喜の笑みをこぼしながら、雑踏の注目を一身で浴びているのだ。


「高名なアルフォンス家のご次男が、『軍神』を授かったらしいわ。ハルバルーン王国二代目剣聖様が授かったと言われる、三人目の『軍神』らしいわ」


「それって、あの伝説とも言われる『軍神』……。こりゃあ、とんでもないものを見ちまった!」


「ご次男が伝説の特級職『軍神』で、ご長男が、下級職なんてお気の毒だわ……」



 あの病弱だった弟シオンに伝説の特級職『軍神』だと?

 馬鹿な――

 そんな事があって良いわけがない。



 俺は慌てて父上の方を振り向くと、先ほどまでのこれでもかっていうほどの怒気の表情とは違い、これまた、見たこともない歓喜の表情へと一変させて、その視線は講壇の上に優雅な立ち姿をしているシオールを見ていた。



 思ってもみない光景だ―。



 その視界には俺の姿はもはや映ってはいない。

 

 ポツンっとただ一人だけの世界に転移してしまったような、そんな感覚を覚えるほどの孤独感を味わっている。


 シオンが吐いた俺へのセリフよりも、神父が俺に放った『加護の儀』での言葉がゆっくりとゆっくりと頭の中を泳ぎ回り、ボロボロと溢れ出る涙と共に、この現状を受け止めて行く。


 何のため……


 何のための厳しい特訓だったのだろうか。


 雑踏の騒ぎは次第に静粛を迎えようとしているのに気付いた時だった。


 悪魔的で妖気をも身につけながら、そして、嘲笑うかのような声は今でも覚えているし、忘れようも無い。


「ルディ兄さん。何で泣いているのかな?実の弟が特級職を授かり、兄として嬉しさで感極まってしまった涙かな?それとも……アルフォンス家長男、次期当主として期待を一身に受けての下級職を授かって、己の情けなさと怠慢、強情と後悔が相まっての涙なのかな?なんなら、兄さんが今泣いてる理由を、神殿中に響く声で皆に説明して上げようか?兄さん」


 弟の言葉に、イライラが込み上がっては空っぽの握り拳を作り、今にでも弟に殴りかかってしまいそうな感情を、押し殺すのがやっとだった。


 だか、こんなイライラも落胆に変わるのだった。


 まだ、流れる涙は止まらない俺の下に、歓喜で渦巻いていた父上の表情はまた一変され、今にでも怒号を放たれるかの顔をしながらやってくるのだ。


 そんな父上の姿を見るなり、俺の口は慌てて開いた。


「父上、僕はアルフォンス家長男として、次期当主として―」


「何を言っている?」


 まったく父上の表情とは違った返答が来て、安堵しようとした瞬間だった。


「今より、お前の弟であるシオールがアルフォンス家次期当主となったわ!下級職と最下級ゴミスキルしか持たん恥晒しのお前など、これ以上アルフォンス家に置けるか!今日を持って、即刻出て行くがいい」


 父上の言葉を受け止める間もなく、肩の力は脱力して、吐き気と頭痛が襲うと、俺はそのまま膝から床に倒れ込んだ。


 伏せる俺に、シオールが注ぐ目はヒタヒタと蔑んでいると

、これからやってくる罵声がそう察知させる。


「兄さん、考えてみなよ!俺だって辛いんだ。これから国中の人間からゴミ扱いされる兄さんを見て、俺は『軍神』としての役目をこなして行くのがさっ!分かるだろ?……でなければ……今ここでコロスヨ?『軍神』の力を試せるチャンスなんだからね」


 これは嘘で現実ではないと、そんな期待を込めて父上の方に向き直す。

 

 だが、これまで以上に俺を軽蔑けいべつし見下す目。


 こんなに冷たい目をした父上を見るのは初めてだった。

 今までどれだけ叱られても、どれだけ罵声ばせいを浴びせられても、『長男として期待』があったから。そう思っていたのに――。


 ――この場から離れたい!


 ――逃げたい。


 そんな感情が湧き出たと思うと、無我夢中で走り出していた。父上とシオールの軽蔑してさげすむ目に追われている、そんな恐怖をも感じながら、神殿に集まった雑踏ざっとうくぐり、後ろを振り向く事なくひたすらに走り続けた。よく分からないけど、体は自然とアルフォンス家に向かっていた。

 

 自分でもよく分からない感情が溢れ出てくる。こうなることを知っていて、日々の厳しい鍛錬に耐えてきたわけじゃない。ゆくゆくはこの家は俺が継いで……まったく哀れなものだな――。

 

 下級職『鍛治師』と……最下級でゴミスキルと罵られた『鑑定』。


 ――ほんと情けない。


 無我夢中で家中にある物の中で、使えそうな物をかき集めた。


「薬草は必要だ。それに着替、それと……食料だって必要――。なっ、何だ?」


 目を疑った。それにこの感覚はなんだ?

 

 これまでに体験したことの無いくらいの頭痛と、さっきまで必死に我慢していた吐き気が襲って来た。


 痛みをけながらまぶたをしっかり見開いて、俺に起こっている違和感を確認し始める。


 家中からかき集めた道具ひとつひとつに、文字と数字の羅列られつが投影されているのだ。


「――っつ!」


 どうしよう。どうしたら――。

 

 今、父上とシオールが帰って来たら?

 

 これ以上の哀れみはごめんだ。もうあの目は見たくない。

 

 かき集めた道具を鞄に放り込んで、アルフォンス家から飛び出そうとした時だ。


「ルディよ……」

「――はっ!父上……?」


 いや、違う。

 まだあの二人が帰って来た気配は無い。それに聞き覚えのない声だ。

 その声は俺の頭の中で低く木霊した。


「私を置いて行くのか?」


 この声はどこから?

 誰かに呼ばれているような――。


 そんな声に導かれて部屋に向かった。なにか呼ばれている気がしたからだ。


 曖昧だけどなんとなくその声は胸を打って、溶け込んでくるような感覚。


「今日まで長年共にしたのだ。お前の手に私の感触が刻まれているはず。私の声を聞くのは、彼奴あやつと同じ『鍛治師』と『鑑定』を授かる者としての宿命……」


 父上と弟がここに帰って来るのは最早時間の問題だ。

 もし今、あの二人が俺の前に……俺はどうなるんだ?どうなってしまうんだ?

 豹変した弟の嘲笑と見下したあの目、そしてなにより父上の怒号と「今日を持って、即刻出て行くがいい」の言葉が頭から離れず、込み上げてくる何かを必死で抑え付けて、吐き気と共に流れてくる大量の涙も拭わず無我夢中で駆け出した――


 部屋に木霊した声の正体は不確かだったけど、俺の手には一振りの木剣が握られて、黄金色に輝く小麦畑の横を強く息を切らしながら走り駆けていた。


 こうして、俺は准男爵の貴族アルフォンス家本家を追放されて、次期当主としての身分も失落した。

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