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 ダンッ! 強い力で吹き飛ばされ、打ち付けた背中が一瞬呼吸を止める。吸い込もうとした空気を阻害されて軽くパニックを起こすが、それも一瞬のことで次の瞬間には肺は大きく呼吸を求めていた。

「かはっ……!」

 どさりと倒れ込んだ床は幸いにも柔らかい。それが布団だと気づいたのはシーツの手触りを掴んだから。その柔らかい感触に助かりつつも痛みを訴える背中を庇いながら起き上がろうとして、今度はグッと何かに押さえつけられる。

 求めた空気を遮られ、喉が絞まる。目の前には暗闇の中、ぼんやりと天井が見えた。その手前には、馬乗りになる先程の若い男性がこちらを睨みつけているのがはっきりと見えた。首を絞められている。

「ぐっ……! し、さき……っすけ……です、よね……」

 上手く言葉が出ない。両手で私の首を絞める白崎さんは、そのぐちゃぐちゃになってしまった口から時折肉片のようなものをボタボタと落としている。その肉片が私の胸元に落ちては消える。

 私は幼いときから生きている人間と死んでいる存在の区別がつかないくらい、はっきりと見えてしまう体質だ。普段は意図的にチャンネルを外しているが、スイッチを切り替えてしまえば――それが生前と同じ形を保っているなら――どれが生きていて死んでいるか分からない。でも、目の前で私の首を絞めている白崎さんはもう生きてはいない。彼は秋成さんの目の前で死んだ。

 首を絞めているのは名前を呼ばせないためか。そう思って私は力を入れて、少しだけ視線を外す。視界の端では立ったままの近江さんが、私のことなんか見えてないみたいに内ポケットに手を入れて何かを取り出しているところだった。

 暗闇の中でも、彼が何を取り出したのか分かる。煙管だ。外周にぐるりと細い金の装飾を巻き付けてあるようなデザインの立派な煙管だ。何度も見たそれを思い出す。彼がその煙管に火を入れる。暗闇の中、そこだけぽっと一瞬暖色が灯った。

 余裕ならこっちを助けてくれてもいいのにと内心悪態をついたが、そもそも彼は幽霊が見えない。……いや、私がチャンネルを合わせているのだから彼にも白崎さんが見えているはずだ。きっと敢えて無視してるんだ。

 本当に性格悪いなと思っていると煙管の灯りに気づいたのか、さっきまでぼーっとしていた秋成さんがハッと気づいたみたいに周りを見回し始める。その目がキョロキョロ動いて私の姿を認め、ぎょっとした。

「か、加瀬……!? どうし、――ひっ!」

 倒れ込んでいる私に近づこうとして、それから何かに気づいて浮かせた腰をまたぺたんと床についてしまった。その口が白崎、と言葉を紡ぐ。まさか秋成さんにもこれが見えているのか。

「な、なんで白崎が……どうなって……!」

 どのくらい見えているのか分からないが、秋成さんは私のちょっと上の方に視線を固定したままずりずりと後ろに下がろうとして失敗している。説明したいが、首を絞められているため今はそんな暇はない。近江さんの準備は出来ている。

 ぐっと力を入れてなんとか気道を確保し白崎さんを見た。正確には、彼の後ろだ。

「白崎、良介さん……あなたの後ろにいるのは誰ですか……その女はなんですか」

 私の目には、白崎さんの首に巻き付くように後ろから抱きついている女が見えていた。

 女はぽっかり空洞になってしまった目を細め、口の端をぎゅーっと持ち上げてニヤニヤと私を見下ろしていた。その口の中に歯はなく闇のように暗い。時折女の長い黒髪が白崎さんの頬を撫でている。

「その女、ですか……白崎さんに、石を食べ……ぐうっ!」

 白崎さんに更に首を絞められ、息が詰まる。ぐいっと彼が顔を近づけてきた。そのぐちゃぐちゃの顔から腐敗臭が漂う。肉片が頬に落ちた。後ろの女が一層面白そうに笑って、


「十分だ、加瀬」

 近江さんがそう言って、煙管を喰んだ。

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