第19話 大会議(ダイ・クルゲ)

「これは由々しき事態ですぞ!閣下がいくらトルク殿を高く評しているとはいえ、我が国の国益にこれまでの被害を出しておきながらこんなすまし顔でこの大会議に出席していることが私にはにわかに信じられません!処刑とは言わずとも今すぐ追放すべきです!」

ケハノ村の住人が東ノ国に避難した次の日、王宮内で最も広い大部屋で急遽開かれた大会議(ダイ・クルゲ)はチラク通商重臣によるトルク軍部重臣への糾弾から始まった。いつにも増して口うるさいチラクの言葉を、自分の長い顎髭を丹念に撫でながら表情一つ変えずに聞いているトルクとは対照的に、トルクの背後に立つセシムの顔には確かな焦りが見えていた。

(チラクめ、ここぞとばかりにトルク殿を目の敵にしやがって…。だが今回は明らかに我々の失態、『帝の足』に襲撃を許してしまった以上軍部の権威が落ちることは避けられまい…)

大会議(ダイ・クルゲ)は東ノ国における最高決定の場であり、ここでの司法や行政の制度を始めとした意思決定は絶対的である。東ノ国の兵力を統括する軍部重臣であるトルクは、皇帝直属の運び手である『帝の足』から成る商隊の護衛に失敗し、商隊と護衛兵に多大な被害を出したことについて、この大会議にてその責を問われていた。

「見苦しいぞ、チラクよ。お主の一言で事が収まるのならわざわざ大会議を開くこともない。それは己自身も解しておるだろう?」

「しかし…」

興奮気味になっているチラクを、絢爛豪華な長卓の最奥に座る男が静かに、しかし威厳のある声で窘める。この男こそ東ノ国の現皇帝であるケルレンである。奇麗に整えられた太い眉とその下にある虎のような鋭い目力は正に皇帝と呼ぶに相応しい貫禄であったが、その装いは派手な着物を着込む重臣達とは違い非常に簡素なものであった。

「だが此度の件は軍部に責任があることは明白ですぞ。よもや『帝の足』が盗賊風情に護衛の兵団ごと壊滅させられるとは夢にも思うまい。おまけに盗まれた品は大量の火豆にテルーからの宝飾品ときている。今や帝国からの品は火豆と同じように我々東ノ国が西ノ国に対して交易で優位に立つための重要品目の一つ。それが奪われたと西ノ国に知られれば彼らの信頼を損ねるばかりでなく彼らに付け入る隙を与えることになろう。この点について、トルク殿はどのようにお考えかな?」

落ち着いた声でそう話すのは火豆を始めとした東ノ国の農水産物を司るロト農水重臣であった。ロトに問いかけられたトルクはようやく口ひげの下にある唇を動かし始める。

「よくぞ聞いてくれたのうロト殿。確かにあの規模の商隊とその護衛、そしてその荷を失ったことはこの国に取って極めて大きな痛手。これに関しては我ら軍部に全面的な非があると認めよう。して、その尻ぬぐいじゃが…」

トルクはそこまで言い終えた時、彼の背後に佇む巨漢、シユウが唐突にトルクの横に立つ。

「皇帝に申し上げます。どうか我々『帝の腕』をお使い下さい。此度の失態、我らが賊どもの首を討って払拭致します」

「槍使いのシユウか。確かお前は襲われた商隊の護衛兵隊長を務めていたな」

そしてシユウはケルレンに向かって跪き、己の心の内を訴え始めた。

「は、件の襲撃で私は多くの仲間を失っただけでなく我が戦友『弓使いのナチ』をも失いました。彼女の行方をもはや知る術もなく…。襲撃で殺されたならまだしも、あの下郎共に辱めを受けているやもしれぬと考えるとそれだけで己の無力さと情けなさで腸が煮えくり返りそうになるのです」

「そうか、ナチまでもやられたか…。あれは弓の扱いは勿論のこと、並の男が束になっても敵わぬ程に秀でた女武人であったからな、お前がそこまで憤るのも道理…」

「しかしシユウ殿。その心意気を疑うわけでは無いが、お主、随分と傷が少ないのではないか?他の兵が骨折を始めとした大怪我を負っている中でお主はただ頭に包帯を巻いているだけ。兵長というものはいざという時真っ先に兵士達の前に立つものだと思っていたのだが…」

嫌味ったらしい口調でケルレンの言葉を遮ったこの男は東ノ国の外交と渉外を束ねるジロ外務重臣である。彼は非常に慎重かつ疑り深い性格で、シユウが負っている傷が他の兵士や商隊の者に比べ、あまりにも少ないことに疑問を持ったのだ。

「は、それは…」

ジロの問いかけにシユウが言葉を詰まらせていると、今度はトルクの背後で待機していたセシムがシユウと同様に跪きジロに対して口を開く。

「ジロ重臣。貴方の疑問にはこのセシムが答えます。生き残った他の兵の証言によると我が弟シユウは襲撃された直後、他の兵と共にヒヤク殿を始めとした数十人の商隊を逃がそうとしました。しかし彼らが馬に乗り、逃げ出した途端、背後から馬に乗った賊に殴られ意識を失ってしまったそうです。その後は彼の周囲にいた兵が必死になって彼を守った結果、シユウは賊に殴られただけで済んだそうなのです」

そこまで言い終えるとセシムは、今度はケルレンが座る方向に体を向ける。

「皇帝閣下、私からも具申致します。我々『帝の腕』をお使い下さい。いくら数百人規模の商隊を壊滅させたとはいえ、所詮相手は盗賊。護衛する者達が居ない状態であるなら私もシユウも一騎当千に値するその力を遺憾なく発揮出来ます。必ずや下郎共を打ち破り、平穏な交易を取り戻してみせましょう」

二人の言葉を静かに見守っていたケルレンは、僅かに目線を上げ、跪く二人の横でこちらをじっと見るトルクの顔を見る。何を語るでもなく、ただじっと皇帝を見つめるトルクの目から何かを感じ取ったのか、ケルレンはほんの僅かに首を縦に動かした。

「…私の優れた猟犬達はこのように言っているが、お前はどう思う?『帝の腕』は優れた武人のみから成るこの国における最強の矛。それを駆り出すその決定権は私にあるが、その指揮を行うのは軍部重臣であるお前だ」

トルクは静かにその場に立つ。その様を、他の全ての重臣が怪訝そうな顔で見つめる。

「私は既に老体故、此度の尻ぬぐいを己の肉体でもって行うことは叶いませぬ。しかし皇帝自らこの国最強の矛を使うことを私にお許し下さるのであるなら、ここに控える二人の言うような功を必ずや上げてみせましょう」

その言葉を聞いたケルレンはその目を僅かに緩めたが、直ぐに元の鋭い視線を取り戻すとトルクに命じた。

「承知した。ではトルクよ、お主に我が『帝の腕』を使うことを許す。東ノ国と西ノ国、その両国の滞りない交易とそれに携わる者達の平穏を脅かす下郎共を見事討ち取ってみせよ」

それに応えるようにトルクは両手を合わせて深い礼をする。その様を確かめたケルレンはトルクの足元で膝をつくセシムとシユウに再び目線を戻す。

「セシム、シユウよ。お主らはもう外れてもよい。ここから先は政の話、武人には関わりの無いことだ」

『承知しました』

セシムとシユウはケルレンの言葉に短く応えるとその腰を上げ、己が身に着けている黒塗りの鎧をカチャカチャと鳴らしながら従者が開けた大部屋の扉をくぐり大会議を後にした。扉が完全に閉まり、二名が部屋の外に出たと同時にトルクがゆっくりと腰を下ろす。が、その瞬間彼の反対側に座すチラクが顔を赤くし、再びケルレンに対して抗議を始めた。

「閣下っ!!またしてもトルク殿に一任するおつもりですかっ!?彼は平民の出、いくら頭が切れるとはいえここまでの厚遇はいかがなものかと存じます!!」

「確かにトルク殿はかつての『風狩り』で多大な戦果を残した人物。が、それだけで軍部重臣としての信頼に足り得るとは私も思いませんな。まぁ、それは此度の件に限った話ではありませんが」

チラクに続き、ジロも皇帝の決定について疑問の声を上げる。

「お前達がそう言うのも良く分かる。だが、知っての通り我ら東ノ国は『戦を知らぬ国』。故に国防を担うに相応しい人間は世襲ではなく修羅場を潜り抜けた、死合いの何たるかを知る者でなければならぬというのはお前達でも分かることではあろう?」

「まぁ、それについては同意致しますが…」

「それよりもチラクよ。此度の件で奪われた荷をどうすべきか、通商重臣としてのお主の意見を聞きたい。皆が既知の通り、我が『帝の足』が運んでいた荷は全て西ノ国の皇帝に両国の友好の証として謹呈するはずであった品々。その埋め合わせを直ちにしなければ、西ノ国の信頼を著しく損ねてしまうことは自明の理、それだけは避けねばならぬ」

その瞬間チラクはぴょこんと背筋を伸ばすと、それまでの態度を急に改め仰々しい様子で

「その言葉を待っておりましたぞ、閣下」

と、トルクを必死に非難していた声と同じは思えない程自信に満ちた声を上げると、それと同時に両手をパンパンと叩く。それに合わせて彼の背後に控えていた従者が長卓に座る者達に何かが細かく書き込まれた紙を手渡す。

「これは…?」

手渡された紙を一瞥し、皇帝は首を傾げる。それには皇帝の知らない個人の名と、その横に火豆、干し魚といった形で、行商が運ぶような品がいくつも箇条書きで書き連ねられていた。

「荷が奪われたと耳にした時、私はすぐさまその対処を行いました。その目録に載る品々は全て、襲撃を受けた商隊が運んでいた品々と同じでございます」

「それは分かる。だがその横に並ぶ名は…」

「はっ。それは昨日その品々を買い付けた行商の名でございます。私は昨日、役人達を『市の円』に放ち、その目録に載る行商達に秘密裏に密命を施しました。『その荷を西ノ国の皇帝に向けた謹呈品として無事に西ノ国まで届ければ褒賞を与える』、と。彼らが無事に荷を運べば埋め合わせにはなるかと思います」

「…!するとお主はこの私の許し無く、『帝の足』でもない行商達に、国益に関わるような重責を負わせたというのか…?加えてこの品の量は…お主は行商達に多少の犠牲が出ても良いと考えておるのか…?」

そこでケルレンの声が険しくなる。

(やはりお気づきになられたか…)

その様にチラクは、一瞬嫌な汗が流れるのを感じたが、すぐさまそれを悟られまいとして椅子から立ち上がると両手を合わせ、先程トルクとシユウがそうしていたようにその場で跪いた。

「閣下。貴方の許し無くこのような行為に及んだこと、お許し下さい。もし不服であるなら容赦なく私を通商重臣の任から下すか、或いはこの首をはねて下さい。これは閣下の信頼、そして何よりあなたの信条に背く行為、その罪は甘んじて受けましょう。しかし仮にそうするとしても、どうかその目録に載る行商達が無事に西ノ国まで荷を運んだ折には、必ずや約束した褒賞を与えることをお約束下さい。褒賞があったとはいえ彼らは国の大事に、その危険も顧みずに快く引き受けてくれました。その心に報いるのがこの東ノ国の通商を司る者としての礼儀であると存じます」

そこまで言い切ったチラクはぎゅっと目をつぶる。ケルレンはそんな彼の様と手に持った目録を少しの間交互に見ていたが、やがて大きくため息をついた後チラクに対し

「顔を上げよ、チラク」

と促す。それに合わせてチラクはケルレンの様子を伺うようにおずおずと顔を上げる。

「私の許し無く行商達に任を負わせたことに関しては気にするな。この判断がこの国の通商を司る者として出来る最善であるとして己の身を厭わずに行った以上、私はそれを尊重しよう。それにロトの言う通り、謹呈品を西ノ国に届けることは我らの国の信頼と威信に関わる事柄。この国の皇帝としては、方法はどうあれ品が西ノ国に届く、それが重要なのだからな」

ケルレンのその言葉を聞いたチラクは深く頭を垂れつつ、彼に対し問いを投げかける。

「ありがとうございます、閣下。それでは行商達への褒賞も約束していただけるということでよろしいでしょうか?」

「当然だ。加えてお主の処遇についても今回は喫緊の対処として不問としよう。お主を含め、今ここにいる優秀な者達を失うわけにはいかぬ」

「ありがとうございます…!私には勿体ない言葉でございます…!」

チラクは再び仰々しい様で深く頭を垂れる。

「だがチラク殿。そなたが密命を託した行商達が無事西ノ国に着いたとして、聞いた限りでは彼らはただの行商。西ノ国に対して予め何かしらの伝をしておかなくては向こうの王宮に取り合っては貰えぬでしょう」

チラクが頭を垂れた直後、三度ジロ外務重臣が口を挟んだ。

「その点については問題ございません。これを…」

チラクはそう答えると、今度は自分の懐から十数枚の紙を取り出した。

「これらは行商達の運んだ荷が正式にこの私、チラクの命によって西ノ国王宮への謹呈品として届けられたことを証明するための書簡でございます。既に私の署名はされておりますので、こちらに閣下とジロ殿の署名をしていただければ外交上の効力のある証明書となります。密命を託した行商達にはこの書簡が完成して彼らの下に届けられるまでそれぞれ都の、所定の場所で待機するよう命じておりますので直ぐにでもご署名を頂きたい所存ではありますが…」

チラクは取り出した紙を持ちながら続ける。

「そしてこの書簡達が行商達に全て届けられた折には、私目の鳩を用いて西ノ国の王宮へ向けて商隊が襲われ荷を失ってしまったこと。そしてその埋め合わせとしてこの書簡を持った行商が代わりの品を送り届ける予定であることをお知らせ致します」

「…なるほど、確かにそれなら何とか帳尻は合いそうですが…。皇帝閣下、あなたは如何様にお考えかな?」

チラクの言葉に対し、少し慎重な様子で顎を撫でながらジロはケルレンに問う。

「既にチラクが行商達に働きかけている以上、今から代替の案を講じる暇は無かろう。それに加え、新道の使用とケハノ村の立ち入りを禁じている以上、西ノ国に現状をいち早く伝えなければ、それこそ向こうの信用を損ねることに繋がる。チラクよ、この大会議(ダイ・クルゲ)が終わり次第その書簡を私に寄越せ。外務重臣の署名も必要であるからジロも同席願うぞ」

「ははっ!重ね重ね私目の勝手をお許し下さりありがとうございます」

「仰せの通りに、閣下」

彼らの同意を確かめたケルレンは大きく頷き、続いて

「では次に今王宮に退避しているケハノの者達の今後の処遇について話そう」

と大会議の継続を重臣達に伝えた。


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